第23話 初めての妄想
「
「おはようございます、
俺が入院してから数日が経った。
木井さんは父さんの説得もあってうちで暮らしているようだ。
そこに俺がいないのがとても残念だけど、それも後数日で解決する。
「来週退院できるんだよね?」
「はい、まあ今まで以上な無理は厳禁ですけど」
「じゃあずっとお部屋でおしゃべりしてよ」
「それは魅力的なお誘いですね」
木井さんの父親は未だに見つかっていない。
あの人が見つかるまでは木井さんはうちで暮らすので、俺が退院すれば一緒に暮らせる。
ずっと一緒に……
「強一くん、えっちなこと考えた?」
「いえ、木井さんと毎日一緒に居られるなんて幸せだなって」
「私も、あの家に居るのと比べたら雲泥の差だよ」
「難しい言葉をよく知ってましたね」
「強一くんは私のことを馬鹿にしすぎだからね?」
木井さんが俺にジト目を向けてくるが、別に木井さんを馬鹿になんてしていない。
むしろ木井さんは頭がいいのではないかと思っている。
「木井さんって、わざと補習になろうとしてました?」
「なんで?」
「帰らなくていい理由になるからです」
「バレたか。まあそうだね、家に帰りたくなかったから、夏休みは嫌だったの。ずっと外に居るわけにもいかないし、それなら補習受けてる方がいいかなって」
「つまり、木井さんに勉強を教えてた人が悪いんじゃなくて、木井さんが教わる気がなかったんですか?」
木井さんは中間テストの時に友達から勉強を教わっている。
だけど木井さんの覚えが悪くて諦められたと言っていた。
だけどそれは木井さんが最初から赤点を取るつもりだったから、そもそも勉強する気がなかったのかもしれない。
「それは違うかな。別にわざとできないフリをしてたわけじゃなくて、ほんとに他の人の時は理解できなかったの。確かにテストはわざと赤点を取るように間違えたけど、それだってある程度は勉強できないと取り返しのつかない点数になったら危ないでしょ?」
「それはそうですね」
「だから強一くんの教え方が上手かったから赤点を回避できたのはほんとだよ」
それなら良かった。
だけどそれなら一つ引っかかることがある。
「それならなんで赤点回避をしたんですか?」
「それは前も言ったでしょ? 強一くんと夏休みを過ごしたいから」
「それは俺もですから嬉しいんですけど、そもそも俺に勉強を教わる必要はあったんですか?」
木井さんはわざとテストで赤点を取っていたのだから、わざわざ俺に勉強を教わらなくても自力で赤点回避ぐらいはできたはずだ。
結果的には俺の方が総合点は高かったけど、大して変わらなかったし、俺が教える必要性はなかったと思う。
「それはまあ、帰らない理由作りと……もう一個は教えない」
木井さんが俺の顔を見てからぷいっとそっぽを向いた。
「まあ木井さんが話したくないなら聞きませんけど」
「強一くんってほんと聞き分けいいよね。だけど女の子ってめんどくさいから、聞いて欲しくないフリして、実は聞いて欲しい時もあるんだよ?」
「今の木井さんはどっちですか?」
「聞いて欲しくない方」
「確かにめんどくさいですね」
それなら最初から言わないで欲しい。
だけど確かに木井さんの意見を尊重してると言えば聞こえはいいけど、木井さんの本心とは向き合ってなかった。
「これからはちゃんと聞きますね」
「ほんとにまじめさんだよね。そういうところが強一くんのいいところだけど」
「木井さんに嫌われたくないので」
「そういうところもいいところだけど、悪いところでもあるんだよねぇ……」
木井さんにジト目を向けられた。
俺はまた何か悪いことを言ったのだろうか。
「まあいいや。それよりね、
木井さんはそう言ってワンピースのポケットから綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。
「花火大会ですか?」
「うん、八月の真ん中辺りでやるみたいなの。近くだから強一くんでも行けるんだって」
「行けるでしょうけど、人混みに押しつぶされて死にませんかね?」
「強一くんが言うと冗談にならないからね?」
別に冗談で言ったわけではなく、ほんとにそう思ったのだけど。
前に木井さんと夏らしいことを挙げていったときにも花火大会は候補にあったが、人混みが危険ということで行けるか微妙ということになった。
「茂さんも会場に来てくれるんだって。だから何かあったら駆けつけてはくれるみたい」
「なるほど、木井さんはどうしますか?」
「私? あー、ごめん、勝手に一緒に行くつもりだった」
木井さんが恥ずかしそうにほっぺたをぽりぽりとかく。
「行ってくれるんですか?」
「強一くんがいいなら行きたいな。花火大会なんて行ったことないし」
「俺はもちろん初めてですし、どうせなら木井さんと行きたいです。というか木井さんとしか行きたくないです」
木井さん以外に友達のいない俺が他の誰かと花火大会に行く可能性なんて元からないが、それでも行くなら木井さんとがいい。
それに、木井さんがいないのなら行っても面白くないだろうし。
「木井さんが行かないなら俺も行く気はないです」
「強一くんはなんでそう私を喜ばせるのかなぁ」
「喜んでくれるんですか?」
「喜ぶさ。よし、約束だからね、当日になって『やっぱり一人で行く』なんて言われたら私は泣きながら帰りたくない実家に帰るから」
「言わないですし、絶対に言えなくなりましたよ」
木井さんを家に帰すことは絶対にしない。
多分帰ってもあの人が帰って来るとは思わないけど、それでも可能性はある。
それにうちでも木井さんとずっと一緒に居たい。
「そういえば俺が退院したら一緒に寝ますか?」
「それね、私も思ったんだけど、どうしようか」
「寝ませんか?」
「寝れないでしょ。主に私が」
木井さんに真顔で言われた。
別に二人ぐらいなら俺のベッドでも寝れると思うが、木井さんが嫌と言うなら仕方ない。
「一つ言っとくけど、嫌とかじゃないから。私がドキドキして寝れないってだけ」
「じゃあ俺も無理ですね」
「ドキドキしてくれるの?」
「するんじゃないですかね?」
正直わからないけど、木井さんと同じベッドで寝ることを想像してみると、ドキドキ……
「いや、しますね」
「何を想像したの?」
「目が覚めると隣で可愛い寝息を立てている木井さんが居て。それを起こさないように眺めているんですけど、木井さんは起きちゃうんです。そして微睡みながら『おはよ』って言ってきて……ってなんで木井さんが真っ赤になってるんですか?」
こういうのは言ってる俺が照れる方な気がする。
正直言ってて結構恥ずかしかった。
だって木井さんにそんなことされたら当分は目が合わせられない気がしたから。
「強一くんって意外とむっつりさんだよね」
「木井さん限定です」
「そういうこと言うし……」
木井さんにため息をつかれてしまった。
むっつりと言われても自覚がないからわからないけど、そういう妄想ができる相手が木井さんだけなのは事実だ。
「もういいや、強一くんには勝てないし」
「つまり一緒に寝てくれると?」
「なんでそうなるのかわからないけど、その時に考えよ。私が言えた義理じゃないけど、早く良くなってね」
「なります。木井さんとずっと一緒に居る為に」
俺がそう言うと、真っ赤になった木井さんに頬をつねられ、うにうにされた。
痛くはないけどくすぐったいからやめて欲しい。
だけど嫌ではないから続けて欲しい自分もいる。
(こういう時間がずっと続けばいいのに)
そんなことを思いながら、木井さんに微笑みかけるのだった。
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