第8話 初めての感謝
「お恥ずかいところをお見せしました」
「ちょっと可愛かったですよ」
「バカにして……」
結構長い時間頭突きをしていた
するといきなり木井さんが土下座をしてきたので、思ってたことをそのまま伝えたらジト目で睨まれた。
「攻撃手段が頭突きってところがまた」
「
「冗談ってなんですか?」
「だって私を照れさせて楽しんでるんでしょ。学校でみんなが私に告白してるみたいに」
木井さんが拗ねたように俺の腕をぐりぐりとする。
木井さんに告白してる人達は純粋に木井さんが可愛くて好きなんだと思うけど、木井さんはからかわれてるとしか思っていないようだ。
「他の人は木井さんの顔が可愛いのと、明るい性格が好ましいのがあって告白するんですよ。まあそれは木井さんの上辺だけを見ただけなんですけど」
顔が可愛いとか、性格がいいとか、それだけで人を好きになれるものなのか俺にはわからない。
でも実際木井さんに告白してる人達はそういうものらしい(木井さんの友達らしき女子が言っていた)。
「俺の言う『可愛い』は、他の人のとは少し違いますよ」
「そ、それはつまり……」
「慣れてないと言ってたので」
「からかってるじゃんか!」
木井さんが顔を赤くして俺の肩をポカポカと叩く。
さっき俺からの『可愛い』に慣れてないと言っていたので、俺は仕方なく言っているのだ。
決して思わず口を出たわけではない。
正直に言うなら木井さんのこういうところを可愛いとは思う。
ほんとに可愛い。子供らしくて。
「今バカにした?」
「してません。とりあえず木井さんは可愛いので安心してください」
「もう強一くんの言葉なんて信じないもん」
木井さんはそう言ってそっぽを向いてしまった。
「そうですか……」
「あ、でも、強一くんを嘘つきとか思ってるわけじゃなくてね、ただ、私が可愛いなんて絶対に嘘だから、その……」
俺が少し悲しげな顔をしてみると、木井さんが慌てたように言う。
そして逆に木井さんが悲しげに俺のパーカーの袖を握る。
「木井さんの方がよっぽど優しいですよ。まあ自分のことを可愛いなんて普通は思えないですよね。なので木井さんが自分を可愛いと思えるまで俺が言い続けますね」
「あれ、なんか悪化した気がするぞ?」
「気のせいですよ。さて可愛い木井さん、勉強を始めましょう」
「くっ、覚えてろよ強一くんめぇ……」
木井さんからまったく身に覚えのないジト目を貰った。
そういうことをするから……
「ずっと思ってましたけど、そのジト目可愛いです」
「なんだ、私は拷問でも受けてるのか……?」
木井さんが顔を赤くしてソワソワしだした。
「あ、じゃあこうしませんか?」
「やだ!」
「まだ何も言ってませんよ?」
「絶対に私が不利になること言うもん」
「それは木井さん次第ですよ。安心してください、木井さんが頑張れば俺は二度と木井さんをからか……わないことができるでしょうか?」
勉強を頑張ったらからかうのをやめると言おうと思ったけど、多分俺は木井さんをからかうことをやめることができないので、よくよく考えてみると、木井さんをからかわないことなんてできる気がしなかった。
「私に聞かれても困るんだけど……」
今の俺の生きがいは木井さんをからかうことだ。
もしもそれができなくなったら、冗談抜きで余命を待たずに死ぬ可能性がある。
(ん?)
少しだけ引っかかった。
何やら俺は木井さんがいないと駄目みたいな、俺には木井さんだけが必要みたいな……
「強一くん?」
「うん、気のせいかな。大丈夫です、それよりも木井さんのジト目以上に気になってたことを聞いていいですか?」
とりあえず引っかかりは置いておいて、今日木井さんと会ってからずっと気になってたけど、なんとなくスルーしてたことを聞く。
「勉強道具はどこですか?」
「それね。私も持って帰ろうとは思ってたんだよ。でもさ、教科書とかノートを持って帰るのってめんどくさくない?」
「言いたいことはわかります。それで?」
「強一くんの笑顔が……真顔だった、真顔が怖い」
木井さんに勉強の意志があるのはわかっている。
そうでなければ放課後に教室に残ってまで俺と勉強なんてしないはずだから。
だから何かしら理由があるはずだから別に責めているわけではない。
ただ……
「俺と勉強するのが嫌だったなら言ってくれれば良かったんですよ?」
「嫌じゃないよ! 勉強道具を持ってこなかったのは確かに私が悪いけど、強一くんとお勉強するのはとっても楽しいの」
木井さんが俯きながら弱々しく言う。
「別に責めてないですし、怒ってもないですよ。そもそも木井さんは何かしらの理由があって持ってこれなかったんですよね?」
木井さんが俯いて答える。
木井さんは一度も『忘れた』とは言っていない。
学校から持ち帰るのがめんどくさいとは言っていたけど、それは嘘だ。
それならわざわざ休みの日にまで勉強をするとは思えない。
だから、今日の約束をした時点では教科書やノートなどを持ち帰る気でいたけど、いざ昨日の放課後になった時に、何かしらの理由から持ち帰れなかったんだと思う。
「素直に最初からそう言ってくださいよ」
「だって信じられないでしょ?」
「俺は木井さんはくだらない嘘なんてつかないのは知ってます。木井さんはいい人なので」
「……ずるいなぁ」
俺がそう言うと、木井さんが俺の肩に自分の顔を埋めた。
何がしたいのかはわからないけど、なんとなく木井さんのやりたいようにさせてあげることにした。
「頭撫でましょうか?」
「いいの?」
「いいですけど、そこは否定しません?」
「今は撫でられたい気分です」
よくわからないけど、俺から言ったことだし、木井さんが望むなら撫でさせてもらう。
木井さんの髪はとても気持ちいい。
女の子にしては短い髪も木井さんには似合っているし、触り心地もいいときた。
「これで中身も良かったら……」
「強一くん。悪口は相手に聞こえないように言うんだよ」
「それだと陰口になるので嫌です」
「いやいや、それで私の残り少ないライフを削るのはどうなの?」
「ちょっと元気になってません?」
「強一くんのばか」
木井さんの声が弱々しいものからいつもの元気なものに近づいてきた。
やはり木井さんは元気でないと嫌だ。
弱々しい木井さんも可愛いけど、心がチクチクする。
「木井さんは元気でいてください」
「強一くんがそうさせて」
「俺じゃ役不足では?」
「そうでもないよ。強一くんは私をいつも元気にしてくれるんだから」
いつもと言っても、まだ一週間と少ししか出会ってから経っていない。
まあ木井さんが元気でいられる為になら、やれることはやるけど。
「でも教科書とか持ち帰れないならなんで言ってくれなかったんですか?」
最初は持ち帰る気があったとしても、元々持ち帰ることができない理由があるならそれを言ってくれれば良かった。
そうしたら他に方法を考えられたのだけど。
「……教えない」
「何かやましいことでも?」
木井さんがゆっくりと後ろを向いて答えるので、何かしらの企みがあってうちに来たのかと疑う。
有り得ないけど。
「……」
「無言はやめてください。何かやましいことがあるなら言って欲しいです。先に言っておきますけど、俺はお金とか持ってないんで」
「私って強一くんからお金を盗むように見える……?」
木井さんが悲しげな表情を俺に向ける。
「言ってくれないと何もわかりません。俺と木井さんはまだ出会ってから少ししか経ってないんですから」
木井さんがそんなことしないのはわかっている。
ただ『絶対』かと言われたらそこまでの確証はない。
俺と木井さんはまだ圧倒的に付き合いが足りてないのだから。
「俺に木井さんをたくさん教えてください。そして手放しで全部信じられるようにして欲しいです」
「強一くんのえっち」
「理不尽すぎて怒りますよ?」
木井さんが頬を膨らませて俺をジト目で睨む。
もう見慣れた光景だけど、今回は意味がわからない。
「いつかは私のほくろの数まで知ろうとするんだ」
「……」
「無言はやめて! だ、だめだからね? 私と強一くんはまだお友達であって、そういう関係はまだ早いと言うか、そもそも高校生だし、あ、でも高校生でそういうのも……いや、あるかもだけど、私達にはまだ早いよ! そ、そうだ、まずはお話しよ。たくさん、たくさんお話して、それから……」
「それから?」
「……強一くんのばか」
木井さんが今度は耳まで真っ赤にしてうずくまる。
この子はなんでこんなにも自滅して可愛いところを見せてくれるのだろうか。
もっと追い詰めたくなってしまうではないか。
「木井さん、それからなんです? 話して仲良くなって、その後に俺と何を望んでくれてるんです?」
「知らない! いじわるな強一くんには何も教えない!」
「知らないのに教えないとはこれまた。木井さん、俺は木井さんと出会えてほんとに良かったと思います」
「え?」
木井さんが涙目になりながら不思議そうに俺の顔を見る。
「俺に生きがいをくれてありがとうございます」
「……それって私をからかうこと?」
「はい!」
「生き生きした顔で言うなー」
木井さんが拗ねたように俺の頬をつねり、うにうにしてきた。
実際ほんとに感謝している。
やっと両親を困らせるだけの人生を終わらせることができると、喜び、全てを諦めた。
だけどそんな俺が毎日を楽しみだと思えるようになったのは確実に木井さんのおかげだ。
終わるのが決まっている俺だから、これが良かったのか悪かったのかはまだわからない。
でも、今がとても楽しいのは事実だ。
だから俺の最期の時まで、木井さんへの感謝は忘れない。
感謝の気持ちを込めて、毎日木井さんをからかうことを決めたのだった。
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