第7話 初めての来訪
「おじゃまします」
「こういう時はいらっしゃいませ?」
玄関の扉を開けて
そんなに気にすることでもないんだろうけど。
「おかえりなさい。大丈夫だった? 具合悪くなってない?」
靴を脱いでいると、来るとは思ってたけど母さんがやってきて心配をする。
「大丈夫だよ。それよりお客様がいるんだからね?」
「あ、ごめんなさい」
俺が言うと、母さんが慌てて木井さんに頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそいきなりおじゃましちゃってすいません。
木井さんが『お友達』を強調しながら自己紹介をする。
「えっと、強一のお友達でいいのよね?」
「はい。まさか強一くん、お母さんにクラスの子とか言ったの?」
木井さんが拗ねたように俺へジト目を向ける。
違う。
俺は木井さんを友達だと説明している。
ただ性別を伝えてないだけだ。
「母さん、木井さんが友達で何か問題あるの?」
「ううん。女の子だったからびっくりしただけ。夢奈ちゃん、強一のことをこれからもお願いしてもいいかしら?」
「はい! 私は強一くんに学校を楽しいって思ってもらうのが夢なので」
木井さんが満面の笑みで答えると、母さんが少し驚いたような顔になったけど、すぐに笑顔になった。
「私ったら、強一がお友達を連れてきたのが嬉しくて長話しちゃった。上がって」
「はい」
木井さんが靴を脱いで自分の靴のかかとを揃えてこちらに向ける。
次いでに俺のも。
「すいません」
「別に大丈夫だよ。慣れてるし」
木井さんは笑顔で答えるけど、靴を揃えるのに慣れるとはどういう意味なのだろうか。
「とってもいい子。ほんとに良かった」
母さんが今にも泣き出しそうな顔になる。
確かに木井さんはいい人だけど、そういうのはやめて欲しい。
「そうだ、母さん」
「なに?」
「結構真面目に勉強するから何もしないでいいからね?」
そもそも今日は木井さんの勉強を見る為の集まりだ。
母さんのことだから、昨日も一応言ったが、色々と構いそうなので先に何もしないように再度伝えておく。
「でもせっかくの強一のお友達だから……」
「俺はその大切な友達に夏休みをプレゼントするって約束してるの。木井さんと夏休みを一緒に過ごしたいから」
これはあくまで建前だ。
こう言っておけば母さんは絶対に引く。
「……そうね。夏休みをプレゼントの意味はわからないけど、それが大切なことなら私が邪魔したら駄目よね」
「うん。だから母さんは寝てて」
「それは……」
「いいから寝なさい。何かあったら起こすし、外に出る時も絶対に起こすから」
母さんに今一番必要なのは睡眠だ。
俺に何かあるのが心配なのはわかるけど、そろそろほんとに寝ないと母さんが倒れる。
いくら言っても聞かない母さんだけど、今日は俺が何かあった時に起こしに行ける木井さんもいる。
「夢奈ちゃん」
「はい」
「強一に何かあったら私を起こしに来て欲しいの。お客様である夢奈ちゃんに頼むようなことじゃないんだけど、強一にそろそろ本気で怒られちゃうから」
まあ今までも本気で怒ってたことはある。
どうせ後少しでいなくなる俺を心配して、母さんが先に倒れでもしたら意味がない。
父さんも心配しているので、父さんが居る時だけが母さんが少し寝られる時なのだ。
だから木井さんという、もしもの時に起こしてくれる人が居れば母さんも少しは安心できると思う。
「強一くんはお母さん想いなんだね」
「別にそういうわけではないですよ。俺を心配して倒れられたら本末転倒だからです」
「照れちゃってー」
木井さんが俺の肩をつんつんと指でつつく。
ちょっと鬱陶しいのでデコピンでその指を弾いた。
「強一はなんで敬語なの?」
嫌なところをつかれた。
「そうなんですよ! 強一くんいくら言っても敬語やめてくれないんです!」
木井さんが「好機!」とでも言いたそうな勢いで母さんに言う。
「そうなの? でも強一にとっても、同年代のお友達どころか、同年代で話したことがある子もほとんどいないから仕方ないのかしら」
「話したこともですか?」
「えっと、強一はどこまで話したの?」
「ずっと入院してたことは話してる」
詳しくは話していないけど、小さい頃から入院してるとは言ってるから、同年代と話したことがないのはおかしくはないはずだ。
実際俺と同室だった人はほとんどが年上だったので、同年代と会う機会すらほとんどなかった。
たまに同年代の人が入院してることもあったけど、わざわざ話すことはしなかった。
「強一はシャイだから自分から話に行くことなんてしなかったの」
「シャイ……シャイ?」
木井さんが俺の顔を見て何かを考えるように視線を前に戻し、また俺の顔を見る。
「それは意味がわからないってことですか?」
「さすがにわかるよ! 強一くんがシャイってことに驚いてるの」
「どっからどう見てもシャイですよ?」
俺がそう言うと、木井さんの首がコテンと傾く。
「何か言いたいならどうぞ?」
「いや、特にそういうのはないけど、強一くんって私ともだけど、普通にクラスの人と話してたよね?」
「俺だって話しかけられたら返すぐらいはできますよ。現に今は木井さん以外の人と話してないですし」
俺だってさすがに話しかけられて何も返せないほど人見知りではない。
ただわざわざ人と話すことは思いつかないし、話しかける理由もないから話さないだけだ。
木井さん相手ですらたまに無視はするけど、俺から話しかけることはほとんどない。
でも話が続くのは木井さんだけだ。
「確かに私以外の人と話さないね」
「わざわざ俺に話しかける人なんて木井さんだけなんですよ」
「そう? 強一くん、話しかけても相手のことを見てないからじゃない?」
「……」
どうやらバレていたらしい。
確かに話しかけられたら返すことはできる。
でも、別に話したいわけではないから、早く終わらせようとしている。
木井さんは「見ていない」と言うけど、木井さんに見られていて少し困惑してしまう。
「別に責めてないよ? 話すのが苦手な人だっているからね。でも私とばっかり話してると、いつか噂になっちゃうよ?」
木井さんがなぜか嬉しそうに言ってくる。
確かに人気者の木井さんとだけ話しているのだと、好意を寄せていると思われてもおかしくない。
今は適当に話しているから何も言われないけど、遅かれ早かれいつかはそういう噂が流れてもおかしくない。
「木井さんが嫌なら控えます」
「大丈夫、私は控えないから」
「何が大丈夫なんですかね?」
よくわからないけど、木井さんがいいなら俺が無視する必要もないようだ。
もしもの時は柳先生にでも相談すればなんとかしてくれそうだし。
「……」
「あ、長々と話しちゃってすいません」
母さんがジッと俺と木井さんを見ていたので、木井さんが母さんに頭を下げた。
「あ、違うの。ほんとに仲がいいんだなぁって思って」
「はい! もうすっかり仲良しです」
「木井さんは誰とでも仲良くなれるから」
「むぅ、強一くんとは特別仲良しだもん」
「誰にでもそう言ってますよね?」
「酷いよ……」
木井さんが俯きながら俺の袖をつまんだ。
「きょうい──」
「ごめんなさい」
母さんが何か言おうとしてたけど、そんなの今は関係ない。
俺は木井さんの手を優しく握って謝る。
「俺にとって木井さんは唯一無二の友達ですけど、木井さんは俺以外にも友達はいて、しかも俺との付き合いなんてまだ数日程度じゃないですか。俺は木井さんが大切です。でも木井さんにとって俺がどんな存在なのかはわからないんです」
木井さんがいくら俺のことを友達と言っても、木井さんには俺以外にもたくさんの友達がいる。
俺にとって木井さんは代わりのいない大切な友達だけど、木井さんにとって俺は代わりの効く友達の一人だ。
木井さんがそんな考えをしないのはわかっているけど、それでも俺と木井さんは付き合いが短い。
だから俺が特別なんて言葉を信用できない。
「強一くん……」
「はい」
「とっても嬉しいんだけど、恥ずかしいです……」
気づけば木井さんは耳まで真っ赤になっていた。
意味がわからない。
意味がわからないし、なぜか木井さんが俯いているのをいいことに俺の胸に頭突きをしてくる。
不可解過ぎてその可愛らしい光景を眺めていると、母さんから呆れたような視線を受けているのに気づいた。
俺が母さんに視線を向けると「私は少し寝てくるね。胸焼けしそうだから」と言って自分の部屋に歩いて行った。
こんなにすんなり寝に行ってくれたのは初めてだ。
これが木井さん効果なら毎日でも来て欲しい。
それはさすがに木井さんに迷惑だから頼まないけど、テストまではできるだけ来てもらうことにしたい。
そうしてしばらくは木井さんの頭突きを受け続けるのだった。
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