第20話 忌々しい

Side:タンタル・バリアブル


 わしは、バリアブル公爵、タンタル。

 最近気掛かりなことがある。

 バリアブル領の産業は呪符と魔道具の作成。

 王都の生水と点火の呪符の売り上げが下がったのだ。

 調べさせたところ、すぐに判明した。

 浮浪児達が安値で売りさばいていたのだ。


「浮浪児達を拷問してでも吐かせますか?」


 側近の質問にどうしようかと考える。


「浮浪児達が言うには魔王が作っているらしい」

「ええ。しかし、魔王の称号を持つ者など今の世にはいません」


「どうせ偽名だろう。自分を大きく見せたい輩が考えそうなことだ。浮浪児を締め上げても恐らく魔王以外の名前は出ない。王都で殺人は不味い。王家の影の者がいるからな。嗅ぎ付けられると厄介だ」

「ご推察、恐れ入ります」


「ふむ、それよりも、浮浪児からオルタネイトが買い上げて地方で売りさばいていることだ」

「そちらは手を打ちました。オルタネイトがやっている炊き出しにサクラを混ぜて、暴動を起こさせる計画です」


 吉報を待つか。

 しばらくして、から報告を受ける。


「どうだ、上手く行ったか」

「暴動は不発に終わりました。何者かが偽金貨をばら撒いたようです」


「そんなのオルタネイトの手の者に決まっとる」

「そうでしょうね」


「偽金貨と言ったな。金貨鋳造は大罪だ。死刑と決まっている」

「それが。銅貨に金メッキを施したようです。これだと罪に問えるかどうか。たまに銅貨に錆防止の何かを塗ることはあります。この場合罪には問えません」


「そんなことは分かっとる」

「金メッキだと錆びるのが嫌でそうしたと言い張られれば通ってしまいます。かなりグレーですが。この銅貨を金貨だと言って使えば罪に問えます。ですが拾ったのはスラムの住人。オルタネイトがこの偽金貨を金貨だと言って使うなど考えられません」


「だろうな」

「それに暴動で傷ついたスラムの人間を介抱して、さらに人気を得たようです」


「忌々しい。浮浪児から呪符を買い取るのはどうなっている?」

「銅貨1枚の買値を提示したのですが断られました」


「銅貨1枚でも寛大過ぎるというのに。忌々しい」

「輸送費を見直してみてはいかがでしょう。そうすればもっと高値で買い取れます」


「バリアブルは荷物持ちの仕事などせん。地方に売りに行くのは、雇った商人。今まではそれで上手く行っていた。輸送費の値段を下げるように言ったら、商人達はなんと言うかな」

「応じないでしょうね」


「くう、忌々しい」

「浮浪児が扱う呪符の種類と量が増えると、いよいよ苦しくなります」


「分かっとる」


 くそっ、こうなったら同じかそれよりも性能の良い呪符を作らせよう。

 お抱えの呪符職人を呼んだ。


「何か御用で?」

「あの呪符のことは何か分かったか?」


「呪符に使われている紙とインクは通常の物です。どんな呪文が書き込まれているのかは分かりません。呪文と台紙の色が同じなので」

「再現できそうか?」


「1万字ぐらいの呪文を書けば、叶うかも知れません」

「馬鹿にしているのか! そんなの出来ないだろう!」


「ですが、それが事実です」

「下がってろ」

「へい」


 本当に魔王が作っているのか。

 それは上手くないな。

 魔王でなくても、オルタネイトと手を結ぶと厄介だ。


 猶予がないな。


「父上」


 息子のニオブが入ってきた。


「おお、ニオブ。魔力の上昇はどうだ?」

「10万を超えました」

「でかした励めよ」

「はい。成人までに100万を達成するつもりです」


 ちらりとタイトのことを思い出した。

 奴が生きていて復讐のために何かした。

 いやないな。

 自身を生贄に古の魔王を復活させたなどという夢物語は、荒唐無けい過ぎる。


 第一、魔法の使い方さえ教えてないのだぞ。

 やれるものか。

 できるとしたら我が家を呪って死ぬぐらいだ。

 呪いなど迷信だ。

 わしは信じん。


 呪いがあるならタイトの母親がわしを呪っているに違いない。

 犯して産ませて、産んだ後に放り出したのだからな。

 産後で体調を崩していたので、わしに対する呪いの言葉を吐きながら死んだと聞いている。

 4年経ったが、呪いなどない。


 あんなのは気の弱い奴が掛かる精神の病気だ。

 タイトのことを調べさせるか。

 いや、もしタイトが魔王を呼び出していたら、藪蛇になる。

 だが、妙に気になる。

 音が鳴らない笛を吹いた。


「お呼びで」


 我家に仕える影の者が音もなく現れた。


「タイトが生きているか調べろ」

「かしこまりました」


 お茶を飲んで書類仕事をしていると紙がひらりと降って来た。

 紙にはタイトはアノードという男に拾われて元気に暮らしていますとある。

 ちっ、生きていたか。

 アノードが呼び出された魔王かとも考えたが、紙にはアノードはただの学者と書いてある。


 うむ、タイトを殺すべきか。

 だが、万が一がある。

 魔王が本当に呼び出されていたら、タイトを殺したら逆鱗に触れるかも知れん。

 手が震えているのに気づいた。


 わしが怖がっている。

 そんな馬鹿な。

 だが、タイトを殺すのは不味いような気がする。

 何となくだが、殺すのに失敗したら、禁忌の魔道具を使ったことがばれるかも知れん。

 それに、ニオブへ付与されている効力が消え失せることも考えられる。

 あの時に殺さずに、路地裏に捨てたのもそれが理由だ。


 しばらく経てば殺しても問題ないと禁忌を施した者は言っていたが、どうも信用ならん。

 あの禁忌の魔道具には、わしの知らない何かがあるのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る