第15話 炊き出し成功

Side:アルミナ・オルタネイト


 わたくし、アルミナ・オルタネイトと申します。

 オルタネイト伯爵の3女です。

 6歳ですが、侮ってもらっては困りますわ。

 脳力強化の特殊能力を持っていますの。


「お父様、スラムでの炊き出しを許可して下さいませ」

「アルミナや、何でかな?」

「利点ならございます。まず、オルタネイトに対する風当たりを弱めます」


 オルタネイトは呪符と魔道具の商売で潤っています。

 商売敵のバリアブルと共に。

 出る杭は打たれるというもの。

 古くから呪符と魔道具を扱っているバリアブルに勝っているのは、オルタネイトが自ら商売をしてコストを下げているからです。

 バリアブルは出入りの商人に扱わせているので、どうしても利幅が少なくなります。

 価格が上がります。

 商会を立ち上げるように進言したのは私です。

 領地の経営に四苦八苦しているお父様が見ていられなかったからですわ。


 最近、風当たりが強いのを感じます。

 侍女からの情報ですが、夜会などでお供して他家の侍女と交流があるそうです。

 領地経営や投資ならともかく、自ら大々的に商会を立ち上げ商売をするなど貴族に相応しくないと。

 これでは商人から成り上がった貴族ではないかと。

 どこの領地も家計は火の車。

 わたくし達が妬ましいのでしょうね。

 かと言って自分で商会を経営する手腕はない。


 ただ、嫉妬だと一概に言ってしまうのもいけません。

 貴族間の評判というのは馬鹿に出来ませんから。

 敵をたくさん作るのは得策ではありませんので。

 オルタネイトに伯爵が良い人という印象付けは必要ですわ。

 慈善事業に感動して味方になってくれる貴族も現れるに違いありません。


「ふむ、それだけだと弱いな」

「さっきのことと関連ありますが、名を上げます」


 名を上げる。

 名士という風評を勝ち取れます。

 貴族や平民にも一目置かれるということですわね。


「それだけではないのだろう」

「お金ができたら、やってみたいことがありました」

「言ってみろ」

「諜報組織を作りたいのです。バリアブルは影の者を多数抱えていると噂ですわ。そういう人達を刺客として送り込まれると困ります。人材をスラムで発掘したいのです」

「防御するにも人員は必要か。スラムで人材を確保するなら、金が安くて済むな」

「ええ」

「よし炊き出しを許可しよう」


 そして、裏の理由。

 密偵をスカウトするのです。

 スラムの住人を懐柔して、これはと思った人間を密偵に仕立て上げます。


 色々と理由付けしましたが、本当の理由は私がしたかったからですわ。

 それが富める者の義務であり、貴族の誇りだと思うのです。


「鍋と食器は廃業した定食屋から買い上げて下さい」

「お嬢様、言葉の意味は分かりますが、何ででしょうか?」

「反感を買わないためです。新品を揃えるのは容易い。ですが、それを見た感じはどうでしょう。成金貴族が金に飽かせてやっていると思われます。昔から炊き出ししてましたよという感じを出すためにも古い鍋が必要です」

「ご明察、恐れ入りました」


「野菜も市場で売れ残りを買いなさい。朝一番で良い物を仕入れて他の人に反感を持たれるのを防ぎます。農家にも優しいですし、懐にも優しいです」

「かしこまりました」


 炊き出しの準備が整っていく。

 炊き出しのスタッフに男手が必要ですわね。

 冒険者は駄目です。

 いかつい感じが、スラムの人達に警戒感を持たせます。

 屋敷の使用人は、礼儀正しくて所作が美しい。

 きっと、スラムの人間に反感を持たせますね。


 スタッフは街の人を雇いましょうか。

 ですけど、炊き出し以外で使わないのであれば無駄です。


「スタッフは市場で農家の方を雇いましょう。売り上げが少なくてアルバイトしたいと思っている方はいるはずです」

「はい」


 体裁は整った。

 スラムに入ると異様な匂いがした。

 臭い。


 鼻を摘まんでいると、男が一人やってきた。

 スラムの住人ね。


「匂いを気にならなくさせてやろうか」

「ええ、できるものなら」


 草を差し出されました。


「折って汁を鼻の内側に塗れ」


 侍女に目配せすると、侍女が言われた通りにして目が丸くなりました。


「お嬢様、匂いがするというかしません。スーッとした匂いで誤魔化されるというか」


 私もやってみました。

 気持ちいい匂いですね。

 男は手を差し出しました。


「払ってやりなさい。銀貨3枚で良いでしょう」

「太っ腹だな」


「あなた名前は?」

「ない。捨てた」

「ではハッカ草と名乗りなさい。スーッとしますから」


 ハッカ草は頷くと金を手に去って行った。

 何となく使えそうな男ですね。


 正午の時間に炊き出しを始める。

 匂いに釣られて、スラムの人間が遠巻きにする。


「オルタネイト家が無料で食事を振る舞います。どうぞ食べて下さい」


 来ませんね。


「お嬢様、どう致しましょう」

「スタッフの皆さん、料理を食べて下さい」


 スタッフが料理を美味そうに食べる。

 耐えきれなくなったのか、スラムの住人が一人近寄ってきた。


「本当にただか」

「ええ、家名に誓って」


「1杯くれ」

「ほいよ。大盛りだ」


 農家のスタッフの方が料理を盛る。


「はふはふ、美味いな」

「俺にもくれ」

「私にも、子供が2人いるの」


 やりました。

 第一段階成功です。

 これで徐々に慣れて貰えれば。


 使い終わった食器が山と積まれます。

 皿洗いも農家の人に手伝ってもらいましょうね。


 食材がなくなりました。


「終わりましょう」

「炊き出しは終りだ。明日もやるから、今日食べれなかった奴は明日来い」


 さあ、撤収です。

 家で反省会を開きます。


「何か気づいたことはございますか」

「最初に食べた時の料理が美味しかったです」


「それですか。大人数用に作ると美味しくなるようです。それと安ワインを入れました」

「隠し味ですね」


「ええ、他には?」

「スラムの住人の警戒感は少し薄まったように思われます」

「さりげない感じでひと言を話すようにして下さいませ。天気の話でもいいですし、料理の話でもいいです。顔なじみをたくさん作ることです。スカウトするためには仲良くならないと。褒めるのも良いですね」

「媚びを売るのですね」

「ええ、難しいですが、やってみます」


「他には?」

「浮浪児達の姿もいくつかありました。数は多くないですが」

「諜報員として仕込むのなら若い人も良いですね。諜報員には無理でも使用人にしたりできるかも知れません」

「浮浪児にも積極的に声を掛けることにします」


 問題点はあまりありませんね。

 第1回目としては上出来ですか。

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