第13話 気になるあいつ

Side:マイラ

 私はマイラ、浮浪児。

 浮浪児という言葉に対して誇りを持っている。

 誰にも頼らないで生きる存在。

 社会から孤立している個。

 私の能力は、流れが分かり、自分の肉体の中なら操れるということ。

 その能力は多岐に渡る。

 頭の回転さえ能力で速くなる。

 視線を読むなんてお茶の子さいさい。


 他人の死角がはっきりと分かる。

 それに力の入れ具合とかも。

 攻撃が来る場所が分かれば避けるのは容易い。

 自分の筋肉の力の流れも制御しているから、素早く動ける。


 フローという気になる存在ができた。

 元浮浪児らしいが胡散臭い。

 言葉が子供らしくないのよ。

 私が言うことじゃないけど、私と同じで何か特殊な能力を持っているに違いない。


 呪符10枚を銅貨1枚で買った。


「いい。偽物が混ざっているかも知れないから、売る時は気をつけるのよ。逃げ道は常に確保しておきなさい」


 浮浪児に呪符を配りながらそう言った。


「うん、上手くやるよ」


 呪符を貰った浮浪児が散って行った。

 かなり早い時間で戻って来た者がいる。


「どうだった?」

「ばっちり、こんなに食べ物が買えた」


「呪符は本物だった?」

「本物だったみたい。1枚しか試しに使ってないけど」


 5枚ほど渡して、1枚が本物なら、全部が本物の可能性は高い。

 呪符を作るのは意外に難しい。

 書いたのが分からないからだ。

 書いているうちに自分でも忘れるらしい。

 呪符作りの職人がそう話しているのを聞いたことがある。

 1枚の札に50文字も書き込めばそうなっても不思議ではない。

 こんなに大量の呪符をどうやって作ったの。


 どんな能力か分からないけど便利な能力ね。


 帰って来た仲間で偽物をつかまされた奴はいない。

 全部本物ね。


 フローは何を考えているのかしら。

 私みたいに仲間を守りたいなんて考えていると思うほどおめでたくはない。

 きっと、浮浪児をまとめ上げて組織を作るつもりね。

 私がそうだから。

 仲間を数多く救うには力が必要。

 私の能力でも零れていく仲間の命は多い。

 だって、浮浪児の数は1000人を超える。


 彼らの胃袋を盗みで全て賄うことはできない。

 やり過ぎれば私に賞金が懸けられる。


 悔しい。

 あんな、のほほんとした奴に負けるなんて。

 フローの後をつけた。

 そうしたら、家に入っていった男の人と一緒に。

 家の中から笑い声が聞こえる。


 くそっ。

 悔しい。

 違う。

 嫉妬。

 違う。

 羨ましい。

 ちょっと近い。

 私も昔はああだった。

 それを思い出した。


 いつの間にかフローが前にいた。

 不覚。


「魔法で探知したら、いたから。一緒にご飯食べる?」


 笑顔が眩しい。

 私は頷いていた。

 3人で囲む食卓は楽しかった。

 3人の知力レベルが高いということもあるのだろうけど、話が合った。


 いつの間にか私は笑顔だった。

 路地裏では見せない表情。

 何だがフローに対して見つめてほしいような、見つめられると恥ずかしいような気がする。

 この気持ちは何なの。


 フローは呪符を作る所を見せてくれた。

 魔道具で呪符を作っているようね。

 【呪符100枚作製】こんな魔法では物凄く魔力が要る。

 1枚作る呪文でもかなり魔力を使うのに。

 どういう呪文なのかしら。

 それは教えてくれないのね。

 当たり前ね。

 これは凄い技術よ。


 少し考えただけで無敵の軍隊ができ上がる。

 魔王という言葉が浮かんだ。

 この歳でこれだけのことができるのならきっと魔王になれる。


「泊って行く?」

「なんてことを言うのよ」

「俺らの歳なら一緒に寝ても別におかしくないだろう。一緒には寝ないけど」

「私は軽い女じゃないのよ」


 失礼しちゃうわ。

 これでも乙女なのよ。

 乙女心が分からないのは減点ね。

 誘うならもっとロマンチックにしないと。


 ねぐらに帰る前に浮浪児達の様子を見回る。


「マイラ、呪符ありがとう」

「いいのよ。たまにはみんな食べないと力が出ないから」


 やっぱりフローは嫌な奴。

 感謝されるのはフローであって私じゃない。


「こんなに腹いっぱいになったのは久しぶり」

「馬鹿ね。こんなことぐらいでは泣かないの」

「でも、幸せだったから」


 幸せの涙か。

 そんなもの私にはない。


「マイラ、笑っている」

「えっ」


 いつの間にか笑ってたの。

 気をつけないと。

 一瞬の油断が命取りよ。

 フローがいけないのよ。

 フローが。

 みんなあいつのせい。

 モヤモヤさせるのは全部あいつのせい。


 寝たら、船に乗っている夢を見た。

 お父さんとお母さんが船の上で元気に働いている。

 私はただ河の流れを見ていた。

 そうそう、こういう毎日だった。

 お父さんとお母さんが笑う。

 私も釣られて笑っていた。


 幸せな気分で目覚めた。

 でもあの後の続きは、ワニのモンスターが船を割り、人間を何人も一飲みにする。

 お父さんとお母さんもその犠牲になった。

 でも夢の中とはいえ幸せな時間が過ごせた。

 頬が冷たい。

 泣いてなんかいないんだから。

 これもフローのせい。

 フローは許せない。

 あんな奴。

 今日も呪符を売るのなら顔が見られるわね。

 私も盗みをしないで済む。


 全く。

 勝手に人の生活を壊して。

 責任を取ってもらわないと。


「マイラ、おはよう。昨日からずっと笑顔だね」


 仲間の一人に言われて、洗面器を覗き込む。

 笑っている私の顔が映った。


「もう、全部フローのせいなんだから」

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