元賢者

王国の円舞曲キングダムワルツ』における賢者の役割は主にメインキャラたちに魔法を教えるという役目であった。


 彼らに特訓をつけ、最上位魔法を使えるようにする。


 大事な役目ながらも必ず会わないといけないかといわれるとそうでもなかった。


 見た目少女の姿をした賢者は身の丈以上の杖を持ち、顔をローブに隠している。

 そのために実際の顔はゲーム中には見られなかった。


 だからこそ俺はメインキャラの他に誰が来ているのかわからなかった。


 でも、他の人物たちはわかる。

 カインとバーンズとユミルである。



「それで誰が殺気を出しているんだ?」



 クロに問いかける。



「あの子にゃ」



 クロが指をさしたのはメインキャラ三人の誰でもなく、明らかに場違いな小さな少女であった。



「本当なのか?」

「嘘はつかないにゃ」



 クロのその言葉は信に値する。

 半信半疑ながらもしっかりと準備したうえで彼らの前に向かうことにする。



「ルーウェル、一応戦闘になった時のために領民たちには避難の準備を。あとはガンツ……はいなかったな。グリムを呼んでおいてくれ」

「かしこまりました。すぐに呼んでまいります」

「テオドール様、私も」



 リフィルが同行しようとしている。




「もしかしたら危険かもしれないんだぞ?」

「重々承知しています」



 リフィルが強い視線で見てくる。

 こうなると梃子でも動かなくなるのだ。


 俺はため息交じりに承諾する。



「わかった。その代わりに常に俺の傍にいることだ」

「はいっ!」

「それとクロ、お前は周りに他の怪しい奴が隠れていないか調べてきてくれ。もし領地を襲うつもりならたった四人で来るはずがない。たった四人で……」



 そういえばどうして四人なのだろうか?

 まさかこの四人もパーティーを組んでいるつもりなのか?


 確かに一応メインキャラではあるし、アルムガルドの人間である。


 そう行動をしてもおかしくないともいえるが……。



「と、とにかく念のために調べてくれ。あとはスズ、いるのはわかっている。肉をやるから他の猫人族を集めてくれ」

「……おにくくれるなら」



 どこからともなく姿を見せるスズ。



「今準備させる。だから先に頼む」

「……んっ」



 一度頷くとスズは瞬く間に姿を消していた。



「あとは……」

「アミルちゃんも連れて行った方が良くないですか? バーンズさんも戻られているのですよね?」



 一番肝心なことを忘れていたようだ。

 あと相手も殺気を向けてきているだけで問答無用で襲ってこようとしているわけではないのだがら、ここまで身構えなくていいのかもしれない。


 対策は取っているのだから。



「では私が呼んできますね。少しだけお待ちください」



 リフィルが大急ぎでアミルを呼びに行く。

 そして、準備が整ってから俺たちはメインキャラたちの前へと向かうのだった。




 ◇◇◇◇◇◇




「テオドール……」



 バーンズは硬い表情をしながら俺の名前を呼んでくる。

 するとすぐさまアミルがバーンズの下へと駆け寄る、

 そして……。



「お兄様!? テオドール様にはちゃんと敬意を払ってくださいって言いましたよね!?」

「いや、俺がいいって言ってただろう? そこは気にしなくていい」

「そ、そうですか……。わかりました」



 シュンと落ち込むアミル。



「それよりもテオドール、お前が奴隷を買った、という話を聞いたぞ! どういうことだ?」



 そういえば孤児たちを買った話をバーンズにはしていなかった。

 そもそもアルムガルドへと戻っていたので連絡手段がなかったともいえるが。



「間違いない。まぁ、奴隷じゃなくて職業斡旋料らしいけどな」

「どうしてそんなことをしたんだよ!? あいつらはただ親に捨てられて食べていけなくなっただけの優しい子たちなんだぞ!?」



 どうやら俺が孤児たちを文字通り奴隷のごとく働かせている、と思っているようだな。

 あながち間違いではないが。



「どうして、って言われてもその詳しい話はそこにいる奴隷商の方が詳しいんじゃないか?」



 俺は視線をカインへと向ける。

 ただ、カインは涼し気な顔をしていた。



「いったいどういうことでございますか? 私はこの領地に来たのは初めてでございますよ?」



 一切表情を変えずに言ってのけるカイン。



 なるほど。こう来るのか……。



 俺はどのように対応をするか考える。

 おそらくは俺たちとバーンズを仲違いさせようとしている策なのだろう。

 孤児や実妹を抱えている状態では、俺たちがバーンズを攻撃できないと考えてのことだと想像がつく。


 そして、殺気を向けてくる少女。


 俺を悪に仕立てあげた上であの少女に襲わせる算段なのだろう。


 仲間思いなのは良いことだが、直情的過ぎて頭に血が上ると周りが見えなくなるのがこいつの欠点だな。

 俺はため息交じりに言う。



「それならあいつらの様子を見てきたらいいんじゃないか? 仮設住宅に全員いるんだよな?」

「あっ、はい。今日はまだどこにも行ってませんので」



 アミルの言葉にすぐ返事をしようとしたバーンズだったが、隣にいるユミルが口を挟んでくる。



「騙されたらダメだよ。奴隷相手ならいくらでも言うことを聞かせる方法はあるのだからね」

「くっ、お、俺はどっちを信用したら……」



 バーンズが頭を抱えて悩んでいる。

 何を企んでいるかは知らないが、どうせメインキャラ。ろくなことを考えていないのだろう。



「別に信用できないならあいつらと共に帰ってくれてもいいぞ? 無論、あいつらが承諾したら、だけどな」

「そ、そうだな。まずはあいつらと話してみてそれから……」



 ここで話し合っていてもらちが明かないと思ったのだろう。

 バーンズがようやく俺の言葉に耳を傾けてくれるようになった。

 ただその瞬間にバーンズの脇腹に短剣が突き刺さっていた。



「な、なにを……」

「ユミル、お前の洗脳足りてないんじゃないか?」

「馬鹿には効きが悪いんだよ。だから最初から奴隷落ちさせろって言っただろ? そいつみたいに」



 倒れるバーンズをよそにユミルとカインは言い争いをしていた。



「男の奴隷なんていらねーよ。よく食うくせに労働奴隷にしかならないんだぞ。しかも孤児を匿ってる奴なんて買いたたかれるだけだ」

「あははっ、なるほどね。まぁここだと色々と奴隷おたからの山みたいだしね。稼ぐにはもってこいなわけだ」


 カインとユミルが剣を構えてくる。

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