コボルト(獣人)

「はぁ……、良いかと思ったがやっぱり獣は獣だったな。臭くてとてもやる気にならん」



 第一王子ルーベルトは何をしにきたのか、すっかり忘れ相変わらず女性遊びに勤しんでいた。


 しかし、獣人は彼の好みには合わなかったようで、自身のハーレムメンバーといちゃつきながらラフィス大森林を進んでいた。



「……仕方ない。たしかこの近くにエルフの集落があったな。一匹二匹ほど捕まえに行くか」



 面倒そうに頭をかきながら呟く。

 既に数え方からして彼がエルフのことを人として見ていないことは容易に想像が付くというものだった。



「ルーベルト様~♪ この辺りは木が多くて虫が鬱陶しいですわ」

「んっ? お前は……?」



 ハーレムメンバーの中に一人、あまり見覚えがない女性がいた。

 ただ日替わりどころか、半日ごとに相手を変えるルーベルトからしたら過去の相手なんて禄に覚えていないので、その中の誰かなのだろう。


 顔は良く、スタイルも良い。


 しかも無理やり命令する必要もなく従順な態度を取っているところがなお良い。



――今晩はこいつにするか。



 そんなことを思いながら腕にしがみついてくるこの女性に鼻の下を伸ばしながらもそんなことまるで表情に出さない。



「確かにこの辺りは鬱陶しいな。どうせ獣しかいないんだ。……燃やすか?」

「それはいいですね。この辺りで火を使えば良く燃えるでしょう」

「よし、それなら一旦大森林ここから離れるか。さすがに森の中で火を使えば俺たちも巻き込まれかねない。そんなことをする馬鹿はいないだろう」



 ルーベルトが高笑いをする。

 それがフラグになっているとは思わずに。




◇◇◇◇◇◇




 ルーベルトたちより先にラフィス大森林へとやってきた聖女一行。

 何度も王都から南の辺境へ移動していたこともあり、散々逃げ回っていたとはいえ、それなりに能力が上がっているようだった。


 とはいえ、ラフィス大森林へ挑むには明らかに能力が足りていなかったが。

 それでも能力が上がったらそれを誇示しないといられないのがメインキャラたちである。



「ふっふっふっ……」



 メガネを持ち上げながら意味深に呟いているミハエル。



「どうした? 腹が痛いなら帰っていいぞ」

「そんなわけないでしょ!? 道に落ちているものすら食べるあなたじゃないのですから!」



 突っかかるジークハルトに反論するミハエル。

 普通、第二王子にそんな言い方をすれば不敬罪扱いされてもおかしくないのだが、そこはゲーム的要因なのだろう。


 聖女パーティーにいる間は全くそんなそぶりがないのだ。


 何度も旅をしていてそれも見慣れたのか、聖女もただ微笑んでいるだけだった。



「それならなんで気持ち悪い笑いをしていたんだ?」

「気持ち悪くなんてありませんよ!! ついに新しい魔法が使えるようになったのですよ」

「それはおめでとうございます。ミハエルさん、毎晩遅くまで頑張っていらっしゃったですもんね」



 聖女ミリアが褒めるとミハエルは嬉しそうに口元を一瞬緩めたが、すぐさま冷静を装っていた。



「ふっ、僕にかかればこの程度、造作もないことですよ」

「それより早速その魔法を使ってくれよ」

「そのために周囲を探っているわけですよ」



 大森林の中を歩いているのにずっと騒ぎ続ける彼ら。

 ただ、運だけはすごく良いようで致命的な状況に追い込まれることはなかった。



「……見つけたよ?」



 ミハエルたちが言い争っていると眠そうなキールが言ってくる。



「どこだ?」

「……眠い」

「寝るな!!」



 無理やり揺さぶってキールを起こすジークハルト。

 すると、寝ぼけ眼で指を差していた。


 そちらを見ると確かに犬のような、人のような相手が歩いている。


 戌人族の獣人であった。

 親子三人でいるようで、楽しげに笑い合いながら木の実なんかを集めていた。


 ただ、彼らがいた場所が問題になったのだ。


 ゲーム中にはフィールド上でランダムエンカウントする住民キャラはいない。

 稀にダンジョンの中にそれらしい住居が用意され、そこで暮らしているキャラはいるが、あくまでもそれは少数。


 そもそも数人で徒党を組んで歩いているキャラは出てこない。つまり……。



「魔物か……」

「コボルトとかですかね?」



 明らかに見た目からして違う上に、普通に言葉を話しているのだが思い込みの激しい彼らにはそんなことは通じない。



「それなら先手必勝ですね。ふふふっ、ついに私の真価を発揮するときですね」



 メガネをくいっと上げるとミハエルは手を突きつける。



「食らいなさい、初級火魔法ファイアーボール!!」



 森の中での戦闘にも関わらず、ミハエルは迷うことなく火の魔法を放つ。



「な、なんだ。うわぁぁぁぁぁ!!」」



 突然襲撃された戌人族は驚きの声を上げるが、その瞬間に火の玉がぶつかり、炎に包まれる。



「あ、あなた……」

「ぱ、パパ!?」

「お、お前たち……、私は良いから早く逃げ……」

「はははっ、逃がすと思うのか、魔物コボルトめ!」



 戌人族の母親が子供を連れて逃げだそうとしたので、それをジークハルトが襲いかかる。



「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「ま、ママぁぁぁぁ」



 獣人族の少女を庇うように母親が覆い被さる。

 その状況にも関わらず、ジークハルトは容赦なく彼女の母親を切りつけていた。



「み、ミューは……、逃げなさい……」

「いや……、ママ……。ママぁぁぁ」

「早く!!」



 母親に背を押されて、少女は必死になって逃げ出す。



「……逃がさない」



 素早い動きでキールが少女に斬りかかる。

 ただ、少女も動きの素早い戌人族の獣人である。


 寸前のところでキールの斬撃を躱す。



「っ!?」



 ただ、完全には躱せきれずに背中を切られる。

 それでも逃げることを優先する。


 痛みと理不尽さで歯を噛みしめる。



「ちっ、一人逃がしたじゃないか」

「……眠い」

「とりあえず全滅させたわけですからお金と道具をいただきましょうか」



 もはや行動そのものが盗賊のそれとかわらないのだが、彼らからすれば魔物を倒したのと同じ事だったため、何にも感じることなく持ち物を漁るのだった。



「って、ミハエル! お前の放った火が木に燃え移ってるぞ!!」

「火の魔法ですしね。そういうこともあるでしょう」

「あるでしょう……、じゃないだろ!? ちっ、逃げるぞ!」

「で、ですがこの辺りにいる獣人のみなさんを魔族から守らないと……」

「獣人よりミリアの方が大事だ!」

「そうですよ。聖女の力がないと魔王は退けられないのですよ!?」

「……逃げる」

「わ、わかりました。ですが、獣人の集落があったら警告だけはさせてください」

「仕方ない。それで手を打つか」



 そういうとジークハルトたちはラフィス大森林から逃げ出すのだった。

 警告をすべき相手である獣人に攻撃をして、火事を引き起こして周辺に大被害をもたらしただけで――。




◇◆◇◆◇◆




 ミューを背負い、最短ルートを案内してもらう。



「こっちなの」

「わかった。一応俺たちにも能力向上の支援魔法を使っておくから周囲には注意してくれ」



 ミューを襲ったという人間の襲撃者が近くにいるかもしれない。

 剣士二人と炎の魔法使い、ということらしい。


 こんなところでわざわざ襲うと言うことは盗賊なのだろうけど、おそらく自分たちも隠れているであろう森に火を放つのがよくわからない。


 全てを奪いきって、証拠を隠すために火をつけたのならあるかもしれないが、ミューの話を聞く限り、初手で火をつけたらしい。


 あまりにもおかしい行動である。


 何をしてくるのかわからない相手なので、いくら警戒してもしたりないということはないだろう。



「領主様」



 ルーウェルが俺の目を見てくる。

 おそらくは何かを見つけたのだろう。


 敵か味方か……。

 でもその場に行かないことには誰がいるかわからない。


 ただ気配があるということはまだ息があるということだ。

 もしそこで倒れているのがミューの知り合いならばまだ助けられる、ということだ。



「行くぞ!」



 リフィルにも視線を向けて確認をしたあと、俺たちはルーウェルが見つけた気配の方へと向かうのだった。




◇◇◇◇◇◇




「パパ、ママ!!」



 ルーウェルが見つけた気配というのはどうやらミューの両親だったようだ。

 父親の方は火傷が酷く、母親の方も意識がない様子だった。


 更に周辺を炎が囲っている。



「ゆっくり回復してる時間はないな。最低限治したら、すぐさま安全圏まで離脱するか」



 一旦回復魔法を使う。

 どれだけ助けないといけないかわからないためにある程度魔力を温存しておきたいというのもあった。



「た、助かるの? パパとママ……」

「大丈夫だ。なんとか助ける」

「……あ、ありがと」



 恥ずかしそうにぎゅっと俺の体を強く抱きしめてくる。



「ルーウェル、さすがに二人運ぶのはキツくないか?」



 さすがにリフィルに運べるとは思えず、俺がミューを運んでいたために、二人をルーウェルに任せるしかなかったのだ。



「このくらい大丈夫ですよ。領主様の支援魔法のおかげです」



 支援魔法はあくまでもフォロー程度だし、元々細身であるルーウェルがかなり無理をしてくれているのがよくわかる。


 エルフの隠れ里のように彼女たち獣人も助けたいと思っているのだろう。



 確実に彼女たちを助けるためには仕方ないことなので、俺は更にルーウェルに支援魔法を使う。



「領主様……」

「これで頑張ってくれ。安全圏まで行ったら確実に助ける」

「はいっ! わかりました!」



 こうして俺たちは火除地ひよけちを超えるまで走り続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る