3 カレーライスと終末論



「ちょっ、なんですかさっきの……! エンジンあったまるの早すぎじゃないですか!?」


 「空き家があるので泊まるならそこで」と、不気味な老女に案内されたのはいかにもなボロ家。住みたくない家ランキングがあるならばランク入りは固い。

 しかし今はそんなことはどうでもいいと、ユユは初手で計画を崩壊させかねなかった危険人物に詰め寄った。もちろん声量は抑えめで。一方の君月きみつきはしらっとした顔で、


「僕、スタートダッシュに命かけるタイプだから」


「そういうの今いらないです。すっごいいらない」


「僕いつでも全力だから」


「あもういいです。っていうかなんかギリギリ怒られないで済みましたけど、止めません!? 普通、」


 早々に見切りをつけたユユに、代わって矛先を向けられた大人二名は顔を見合わせる。短時間で行われた無言の押し付け合いに、大人の汚さを感じたユユだった。

 そうして向き直ったけいの取りなすような曖昧な笑みに、いやその手には騙されないぞとユユはかえって警戒心を強め、


「すいません。俺からは、慣れた方が早いとだけ」


 穏やかに愛想よく放たれたのは、身も蓋もない降伏勧告。

 そこには諦めゆえか、半ば潔い割り切りの気配が漂っており、ユユはつんと口を尖らせるだけで飲み込むことを余儀なくされた。


「むー……」


「そうそう、今に始まったことじゃないんだから。慣れだよ慣れ」


「あ、ならこういうのも無視します。けど」


「そうよ? 話、四分の一くらいでちょうどいいの。ミツキのは」


「もしかしてその残り四分の三って全然聞いてなかった? 今までずっと?」


 当たり前という顔をした美曙みあけ、それに対する不必要なまでの大げさな反応に、強制的に場の雰囲気がなごまされる。

 ──毎回こうやって流して許されてるんだろうな、という辛辣な憶測はおくびにも出さないユユであった。


「──誰?」


 ふと顔を上げたかと思うと、何の前触れもなく美曙が声を発した。決して音量は大きくなく、警戒というほど張りつめてはいないが鋭さを秘めた声。

 それに釣られた面々が一斉に──鼎だけはちろりと視線を動かすのみに留まった──その視線を辿って戸口に目を向けるも、そこには誰もいない。


 やや動物じみた反応だったが、気のせいだったのかととユユは眉をひそめた。

 実際に男が一人、戸口から顔を出すまでは。


「……え、うわっ」


「失礼します、丹羽清次郎にわ せいじろうと申します。村の代表みたいなものをやっておりましてね、ちょっとご挨拶に」


「代表ですってよ、ミツキ」


「はは。すいませんね、うちの野生が。久野ひさのです」


 全員に視線を向けられ、待ち構えられていた格好となった男が気恥ずかしそうな素振りで頭を搔く。ユユの、思わず口に出たとはいえあんまりな反応はどうやら聞こえてはいないようだった。横では「野生?」と美曙が首をかしげている。


「まさか、この時期に訪れる方がいるとは思いませんでしたよ。皆さんどちらから?」


「や、僕らは訪問客ってわけじゃなくってですね、」


「聞いていますよ。峰岸みねぎしさんのとこの葬式でしょう」


 田舎は情報が早いというのは本当だったようで、早くも自分たちの来訪とその理由までもが知れ渡っている様子に、都会育ちのユユはちょっとした緊張感を覚える。

 表情からボロが出ることを危惧してか、先んじてユユを男から遮るように移動した景が──もしくは君月に余計なことを言わせないためか──「ええ、まあ」と端的に応じると、続けて、


「勝手にことを進めてしまい、申し訳ありません。この家をしばらく使わせていただきたいのですが、よろしかったでしょうか?」


「ああ全然、構いませんよ。本当にただ、挨拶を済ませておきたかっただけですんで」


「それは──、」


「なるほど! ご丁寧にどうも」


 そのやり取りを遮って君月が声高らかに言い放ったために、その気遣いは一瞬で無に帰した。明らかに瞼を重くした景と涼しい顔の君月が、見つめあうことコンマ数秒。

 案の定、主導権の握りあいに負けたのは景だった。口角は緩く弧を描いたまま、目を瞑るその姿からは「好きにしてください」と投げる声が聞こえてくるよう。台詞はユユの想像だが。


 ──何してるんだろう、と思わずにはいられない光景だった。


 はたして戸口で佇む丹羽にはどう映ったのやら、「先ほども少々盛り上がっていたようですが」と彼は笑みを含ませた。釘を刺すような発言に、一番盛り上がっていた自覚のあるユユがしまったという顔。


「喧嘩にはどうかお気を付けください。クエビコ様が罪と判断されるかもしれませんから」


「ああ……山の神。でしたっけ。罪を判断、と」


 景がわざわざ立ち位置を変えたことがやはり功を奏し、隙間から見る、狭い視界に映る丹羽はこちらに気づいた様子はない。見られていなくてよかったと細い息を吐くユユをよそに、二人のどこか探るような会話は続いていく。


「ご存じでしたか? いや、路代みちよさんと話されてましたね」


「それもありますが、生前の教授から少し聞いてまして。確か、一年にたった一度だけ姿を現すとか」


「いいえ」


 それはこの上なく、はっきりとした否定だった。明らかな事前情報との食い違いに君月が目を瞬かせ、と不審に思われたことを察知したのか、丹羽がごまかすように笑い、


「ああ、はは。すいません。確かにそうなりますね、今年までは」


 ──依頼にあったのは「神の復活の阻止」。


 そこから分かることは、少なくとも彼は依頼人ではないということ。


 そしてこの村には、万が一にも実情を悟られてはならない、明確な敵が存在しているということだった。それも恐らくは、彼だけでなく。


「あら? 聞いた話と──」


「なるほど、では罪と判断されたら、その人はどうなるんです?」


「────」


 フラグを一瞬で回収しかけた美曙の口を手で塞ぎつつの、君月に問われた丹羽は突然口を閉ざした。


 線を一本引いたようにキュッと細くなる目、ギュッと不自然なほど固く組まれた両手。

 あえて笑顔とは呼ばない。無理やり貼り付けたような、ひどく人工物じみた表情は、誰であろうとこれ以上の追及を断念するであろう奇怪さに満ち溢れており。


 伏せられた回答のその先も相まって、ここは「そういう」村なのだと、今一度ユユに実感させた。


「それと、夜の外出は避けることをお勧めします」


 そうしてまた、何事もなかったかのように丹羽は言った。


「ほう。理由は?」


「決まりです。クエビコ様が仰るので」


「ほーう。夜っていつぐらいですかね」


「日が暮れたらですね」


「じゃ、それまでにするんですけど。──ちょっと外で、火って使っても?」


 ひょっとすると、ユユも気圧されたこの雰囲気に何も感じていないのか。突拍子もない、話の流れからしても意味不明なその発言に、丹羽がここにきて初めて虚を突かれた表情を見せた。


 「まあほどほどに……」という微妙な感じのする許可をもぎとった君月が、そうして幾分かの社交辞令の応酬後、丹羽のいなくなった部屋をぐるりと見回す。


 頭にハテナマークを浮かべるユユの前で、彼は子供が良くできた企みを発表するかのようににんまりと笑うと、


「──カレー作ろう!」


 と、そう宣言した。



 ◆



「野菜担当。美曙!」

「切ればいいのね?」

「切るだけね。切るだけ」


「米担当。甘蔗くんとそこのそいつ!」

「あ、はい。え?」

「はァー?」


「ルー、あとその他残り担当。景!」

「はい」


「よーし、各自作業始め!」


「──だから修学旅行ですって! これ!!」


 おおざっぱかつ、ひどく既視感を覚える割り振りに拳をグーにしたユユが叫ぶ。


 手際の良さを遺憾なく発揮した景の手により──他の二人は本当に、本当に何もしていなかった──あれよあれよという間に準備された、鍋等の調理道具と食材。それらがずらり居並んだ光景を前に、ああそういえば車の後ろにクーラーボックスが積んであったなと妙な感慨を得たユユだった。


 怠そうにしている鼎と予想の範疇だった景はさておき、意外だったのは美曙だ。「前から聞いてた感じですか……?」とユユが恐る恐る聞くと、


「あら、カレー嫌いだった?」


「あ、いえ、好きです全然」


 と明後日の方向から心底気遣わしそうにされ、申し訳なくなった。別に嫌いではなかったのでそう言うと、「女子旅よ、ユユちゃん」と微笑まれた。


「はいそこ、日の入りまであと一時間なんだ、ちゃっちゃとやる!」


 と、意気揚々と仕切り始めた君月に檄を飛ばされたユユが、


「ちょっ、と説明ください! っていうかなんでカレー、」


「楽しそうだから。ちなみに僕は火い起こす担当」


「えっと、こういうのいつもだったり?」


「や、そんなに? 一回かまど作ってみたかった。ブロック式っていうのがあってね、結構いいらしくて」


 調理実習のような光景自体に疑問を唱えたのであり、役割分担の理由について聞いたつもりはなかったのだが、ユユは無理に訂正はしなかった。

 その言葉通り、彼が本心から楽しそうにしていたのが見てとれたから、というのが一つ。


 ──二つ目は、ああだこうだ言いつつも、それにユユもちょっと同意してしまったから。


「見張ってくれるんだろ? 頼むよ」


 村に来てからというものめっきり静かになってはいたが、嫌そうにしつつも妙に粛々と米まで引きずりだした鼎を君月が顎で示す。

 どきりと心臓が跳ね上がる。まだ誰にも言っていないユユの葛藤を、あのとき整理もつけないままとりあえずで告げた言葉の真意を、見透かされた気がした。


「~~っ、お米引きずんない! 破れる!」


 半分逃げるように、鼎の方に向かっていったのは否定しない。「ああ?」と咎められた人相の悪い面が返ってきて、だけどもうそれで怯むユユではないのだ。気まずくはあるけど。


「ユユがやる。ヘタに一人暮らししてないから。……貸して」


 投げやりながらも差し出した手を、鼎は感情の読めない瞳でじっと見つめ、


「──中学ンとき、林間学校で材料ごと川に落っこちたやつは誰だっけなァ」


 と、意地悪く口を歪めてみせた。「昔の話!!」と土埃の付いた袋を奪い取ったユユが、顔をぎゅっとして精一杯の威嚇。残念ながら、けらけらと笑う鼎には効果はなかった様子。


 ──全く、しかめっ面は似合わないし好きじゃないのに、先ほどからむくれてばっかりで嫌だった。本当の、本当に。


「落ちたって何? なんで?」


 という背後で聞こえた困惑の声も置き去りに、ふんすと息を吐いて萌え袖丈のセーターを捲ったユユだった。



 ◆



 その後、飽きただのなんだの言った君月がかまど作りをさっさと景に放り投げて。

 結構早い段階で火の中に飯盒を落っことしたユユがあわあわして──我ながら綺麗な放物線だったし、蓋が開かなかったのは不幸中の幸いだった──、さっきの態度は何だったのかと思うくらいに鼎が大爆笑し。

 その対応に景が駆り出され、その間、鍋の番をしようとした美曙に、君月の「美曙に刃物以外握らすな!!」という聞いたことのない絶叫が響いたり。


 色々あって最終的に八割がた景によって作ったカレーライスは、野菜がしっかりと煮込まれていて、こちらに配慮してか少し甘口で、どこか懐かしい感じがして美味しかった。



 ──ユユが皿洗いに自ら名乗り出たのは、溢れ出る勤労意欲が抑えられなくて、などといった理由でないのは前提として。

 「せめて片付けくらいやりなさい。いいわね」と、有無を言わさぬ表情の美曙に駆り出された君月がいたというのが理由だった。


 ──本当この人、口だけで全然仕事しないなともユユは思った。


「なんでここに来るの、いいよって言ってくれたんですか。役立ちませんよ、ユユ」


 水のいらないタイプの洗剤をティッシュに吹き付け、「ここ」と村ではなく、相談所のことを指してユユは言った。

 無茶を言った自覚はあって、ダメ元でわざと何も考えていない風で言った要求を聞き入れてくれた、その真意も聞かずにユユはここまでやってきた。


 ──けれど、というか多分、頑張って隠す意味もないなと思ったのだ。


「相談所を開業したのが、十八のときでね」


 のそのそと至極面倒くさそうに食器を拭きながら、彼は語りだした。

 そんなにやりたくなかったのだろうかという、そっちの方がユユには気にかかったが一旦置いておく。


「多分ダメって言わないだろうから言っちゃうと、中学も卒業してないんだ、僕も景も」


 何でもないような顔で言うそれが、並大抵の理由によるものでないことくらいすぐに察しはついた。君月だけでなく、いかにも品行方正そうな景もそうだった、という発言が一番の理由だったが。


 けれど、彼らがどういう人生を送って、どのような経路を辿ってここまできたのかは、ユユには想像もつかなかった。


「だから小卒」


「小卒」


 わざわざこちらに顔を向けて、車中での意趣返しのような、自慢げな表情と口ぶりだった。多分、手がふさがっていなければVサインでもしていただろうという具合の。

 持ちネタ被ったなあ、という感想は引っ込めることにした。


「今更あれと、素知らぬふりして日常なんか送れやしないだろう?」


 視線を手元に戻し、訳知り顔で彼は言った。


 先ほどは図々しくおかわりを要求し、美曙と残りのカレーを賭けて視線で火花を散らしていた鼎の姿を、ユユは思い起こす。ちなみに押し負けていた。

 なんのつもりかと問いただしたくなるような拍子抜けする言動を見せたかと思いきや、前日のような釘の刺し方をするのだから、その意図は一向に見えない。


 最初こそ驚いた、というか唐突すぎて慄いたカレー作りだったが、結局楽しんでしまった。あの絶叫にはつい吹き出してしまったし、会話も思いのほか弾んで、なんならよく考えると状況からして面白かった。


 なにせ、いい歳をした大人三人と似非女子高生、それに中身が人外の女子高生が修学旅行のようなことをしているのだ。まともな参加者は一人もおらず、これで笑えないわけがない。

 トラブルすら心地よかった。自分が引き起こしたものは忘れるとして。

 ──「学校」の経験に乏しいのは、ユユも同じだったのだ。


 そうして話せば話すほど、鼎はこの六年間を実感させてきた。本人曰く猫を被っていたという、言動こそかつてと全く違うものだが、その芯の部分は共通しているのだと考えてしまうほどに。


 だから、


「無理です」


 と、自分でもびっくりするくらいにすんなりと、ちゃんとした弱音でユユは答えた。


 ──あれ・・の全部が、ユユにはひどく気味が悪かった。


「じゃ、ここで慣れたらいい。なんのために探偵じゃなく、相談所を名乗ってると思うんだい? ──場所と経験なら、いくらでも貸したげようじゃないか。それに、僕は意外と君を買ってるよ。GPSとスタンガンくん」


「セーラー服と機関銃みたいに言わないでください」


「けど持ってきてるんだろ?」


「持ってきてますけど」


 後半はともかく、打てば響くように小気味良い、まるで聞かれれば最初からそう言うと決めていたかのような発言だった。というか実際そうなのだろう。

 珍しくユユが変に疑わず考えられるほどには、彼の──恐らくは彼らの、人となりというものが分かってきた自信もあった。


「罪人の村、ってなんだと思ってます?」


 村の入り口で最初に遭遇した老女が言った、自虐ともつかない言葉。誰が罪を犯したのか、それは一体何の罪なのか、いずれにせよ穏やかではない肩書き。


「誰か特定の人物を指してるとかじゃない、気がしてる。──。あとはクエビコ。確か古事記にあったと思うんだけど、思い出せなくてね」


「なんですかコジキって」


「昔あった本」


 本当に聞き覚えがなかったのだが、さらりと返された。これは多分、ユユに学がないだけ。


「──キャンプファイヤーやりたかったなあ」


 切なげに零しながら、手に持ったスプーンの汚れをちまちまと落とす君月。あからさまに鍋などの手間のかかるものを避けている姿を見ながら、ユユは思った。


 ──やっぱり口は上手いんだよなと。仕事しないけど、と。





 男は一階、女子は屋根裏部屋。鼎は一応女子にカウントした。雑魚寝で何事もなく一夜明けて、明くる日、本格的に調査が始まった。


「二手に分かれる。僕と景が『教授』──故・峰岸すすむ氏を名目に話を聞きに行くから、君らは村全体を回って調べてもらいたい。クエビコ様、罪人、果ての二十日、そこら辺のワードを中心にして聞き込んでくれ」


「聞き込み、って怪しまれません?」


「そこはほら、女子高生パワーで」


「真っ当なの一人もいませんけど」


「大丈夫よ。ユユちゃん可愛いから」


「ですよね! あ美曙さんも、キレイです、」


「ちょれエ」


 というやり取りも間にはさみつつ。喪服を身に纏った君月と景に見送られ、コートを着込んでもひしひしと感じる、染み渡るような十二月の寒さに身震いしながらの聞き込みとなった。



「──知らないんですか? 来年、世界が終わるんですよ」


 農作業中だった薄い髭が特徴の男性が、いかにも痛そうな音とともに腰をねじりながら片手間に言っていた。作っているのは雪下野菜らしい。来年収穫する予定だから、無駄になるのは困るんだそう。


「彗星がね、落ちてくるんですよ村を潰しに! あーそうそう、そうですね、年の立春頃って」


 古民家カフェを経営する恰幅の良い女性が、「わーって!」と大きく手を振りながら話していた。彗星のジェスチャーのつもりらしい。

 ユユは和風ハンバーグ定食を頼み、三人ともそこで昼を済ませたのだが、見た目通りの素朴な味で悪くなかった。


「だからそうなる前に神様をお呼びしましょうってことです」


 老人を乗せた車椅子を押す介護士が言っていた。早口で、投げやりな感じのする口調だった。老人は認知症を患っているようで、どこか遠くを見つめてばかりで会話はできなかった。


「神様に村を守ってもらわんといけんでしょう。……なんだ、外じゃ聞いとらんのですか?」


 大工だという、作業着を着た中年の男性が心底不思議そうに疑問を口にしていた。あの空き家に関しては、「爺さんも亡くなったんだ、あっこも早く取り壊してんだけどなあ」とぼやいていた。


「そうしないと村がなくなって世界が終わって、私たちは死んでしまうんですから。分かりました?」


「──あ、はい。なんとなく」


 聞き込みを続ける中で、いかにも不審そうな顔をして近づいてきた女性だった。割烹着を着たひっつめ髪の女性の、理解を強制するような詰問を、へへ、という愛想笑いでごまかしたユユ。去り際にこちらを一睨みし、女性は家に戻っていった。


「今の人。初めてだったわね、警戒されたの」


「はい。あの人以外、すっごい普通そう、っていうか」


 以上の発言、その全てが日常会話の間に挟まれたさりげない一言だったこと。

 まさにのどかな田舎暮らし、冬ということもあってか何をするにも焦ったり急いだりする人が誰もいない緩やかな日々、その一端を隅々から感じる日で。


「世界、終わるんですって。知ってた?」


「全然知らないです。あとユユ、村苦手かもです」


 遠ざかる割烹着をなんとなしに眺めながら、ぽつりと美曙が言う。声をぎりぎりまで小さくしてユユは返事した。


 ──朝からずっと、絶えずどこかから纏わりつくような視線を感じていた。動物的な勘を持つ美曙に言われずとも、鈍いことに自覚のあるユユですら気づくほどの。


「なんか雰囲気、ねちょってしてます」


 来て早速、怪しい雲行きの予感をたっぷりと感じた日だった。

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