14

「さあ、帰ろう。木蔭。二人で一緒にさ。みんなのところに帰ろう」とにっこりと笑って飾は言った。

「みんなのことろに?」木蔭は言う。(でも、やぱっり木蔭の声は飾には聞こえないようだった)

「木蔭。ぼくの手に君の手をかさねて」飾はそう言って自分の手をそっとの木蔭の前に差し出した。

「うん。わかった」まるで(仲直りの)握手をするように木蔭はその飾の手をしっかりと握りしめる。(ようにする)

「……どう? にぎった?」飾は言う。「にぎったよ。しっかりとにぎった」と木蔭はいう。

 それから少しの間時間をおいてから、「よし。じゃあ、いくよ。木蔭。そのまま目をとじて」と飾は言った。木蔭は言う通りにする。

「木蔭。想像してみて。自分の帰る場所のことを。木蔭。思い出してみて。自分の愛している人たちのことを。……木蔭。忘れないで。君のことを大切に思っている人たちがこの世界にはたくさん、たくさんいるってことを。それは今まで君が出会ってきたたくさんの人たちがいて、それから、これから君が出会っていくたくさんの人たちがいるってことを。忘れないでほしい。木蔭。君はね。ちゃんと愛されている。愛されているんだよ」

 木蔭は飾の言う通りにする。(なんだか胸の奥があったかい気持ちになった)

「……木蔭。目をあけて」

 木蔭はゆっくりと目を開ける。するとそこには飾がいる。泣いている顔の飾。でも、なんだかすごくうれしそうな顔をしている飾がいた。

「……木蔭。ありがとう。今の言葉は木蔭だけじゃなくて、自分自身にも言い聞かせるつもりで言ったんだ。なんだかひさしぶりにさ、みんなのことを思い出すことができた。本当にありがとう。全部さ、木蔭のおかげだね。本当に、本当に、……どうも、ありがとう」と(最後のところでまた泣き出しながら)飾は言った。

 二人の涙がこぼれ落ちて(飾に泣きながらそんなことを言われて、木蔭はもらい泣きをしてしまった)大地が光る。その不思議な光は今度はだんだんと大きくなっていった。そのあったかい光は二人の体を包み込むように大きくなった。

 ……帰ろう、と木蔭は思った。飾と一緒に、いつもの平凡で退屈だけど、とても幸せな、楽しい時間のある、いつもの自分たちの世界に私たちは帰れるんだと思った。(なんだか、不思議と体から力がぬけて、すごく眠くなってしまった)

 目を開けると、そこは東雲神社の古い鈴の下のところだった。(幽霊の黒猫を木蔭がしっかりと捕まえた場所だった)

 そこに黒猫の姿はない。でも代わりにそこには飾がいた。東雲飾はそこにいて、そこからしっかりと木蔭のことを見つめていた。

 いろいろと言いたいことがあってのだけど、飾の笑顔を見ているとそれもどうでもよくなってしまった。(もちろん、いきなりなにも言わずにいなくなってしまったことについては、どんな理由があるにせよ、どこかでちゃんと怒るつもりだったけど……)

 それよりも、なんだか安心してすごく眠たくなってしまった。

 木蔭は「ふぁー」と、とても大きなあくびをした。(そんな木蔭をみて飾はくすっと楽しそうに笑った)

「木蔭。眠っても大丈夫だよ。ちゃんとさ、君を迎えにきてくれる人がもうすぐ近くまできているからさ」と飾は言った。

 飾の言葉を聞いてそれはきっとお兄ちゃんのことだと思った。

「わかった。じゃあ、少しだけ眠るね。……でもさ、飾。飾は、もうどこにもいかないよね? このまま私が眠ってさ、起きたら、また飾がどこにもいなくなってしまうなんてことはもう絶対にないよね?」と不安そうな顔をして木蔭は言った。

「ないよ。絶対にない。約束する」と木蔭の手をぎゅっと(今度は本当に触れ合いながら)握りながらそう言った。

「……本当に?」飾の手をしっかりと握り返しながら木蔭は言う。

「本当だよ。本当に本当」と飾は言った。木蔭はそれでもすごく心配そうな顔をしている。(お母さんから一人でお留守番をたのまれた小さな子供みたいな顔だった)

「会いにいくよ。今度はちゃんとぼくから木蔭に会いに行く。木蔭がぼくを見つけてくれたようにさ、ぼくが木蔭を見つけてみせる。約束する。だからぼくを信じて待っていて」

「……うん。わかった。寂しいけど。まってる。でも、『絶対だよ。約束だからね』」と目を赤くしている木蔭は言った。

「ありがとう。木蔭」飾は言う。

「……君に会えてさ、本当によかった」

 飾の体が不思議な淡い優しい光に包まれていく。……あ、飾はこのまま消えてしまうんだと木蔭は思う。……でも、大丈夫。大丈夫なんだ。私たちは。だって、飾は約束してくれたから。私に絶対に会いにきてくれるって、私をちゃんと見つけてくれるって、そう約束してくれたから、だから大丈夫なんだ。そうだよね。……飾。

 だから木蔭は飾に笑ってさようならをしようと思った。飾は大切な友達だから。『世界で一番の、ただ一人の友達』だから。笑顔でさようならがしたかった。(笑顔の自分の顔も飾にずっと覚えていてほしかった)

 飾はそのまま優しい顔をして木蔭にばいばいと口だけを動かしてそう言って、……たくさんの淡い光の粒になって、ゆっくりと上に上に昇って行って、やがて空の中に消えてしまった。

 そんな飾をちゃんと最後まで頑張って見送ってから、木蔭はゆっくりと気を失うようにして、……とても深い、深い眠りの中にひとりぼっちで落ちていった。

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