13

 やがて、木蔭はそこで涙を流し始めた。

 透明な大粒の涙を。

 とても悲しかったから。

 とても悔しかったから。

 なにもできない自分が。飾の抱え込んでいる悲しみが、自分にもたくさん、たくさん伝わってきたから。

 だから泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。

 ……飾と一緒に。

 その手を(やっぱり透けてしまって重ねることはできなかったけど)だまし絵のように、飾の手と重ねながら。木蔭は泣いた。ぽろぽろと涙を流し続けた。

 ……私はなにをしているんだろう? 私はなんて無力なんだろう? (本当に、本当に強く)そう思った。私は飾と一緒に泣いてあげることすらできないのだ。

 ……飾。飾。ごめん。本当にごめんね。

 木蔭は言った。

 すると、その瞬間、木蔭の涙でにじんだ世界になにかの光が見えた。その不思議な光に、輝きに、木蔭は見覚えがあった。あの光はあのときに、飾と一緒に悪い幽霊退治をしたときに見た光だ。と木蔭は思った。

 その不思議な淡い光は木蔭の流した涙がおぼれおちた真っ黒な大地の上で光っていた。すると、目の前にいる飾に変化がおきた。

 飾が泣くのをすこしだけやめて、とてもおどろいたような顔をして、その『木蔭の見ている不思議な光のある大地の上を木蔭と一緒に見ていた』のだ。

 木蔭は驚いた。この光は自分にしか見えていないのだと思っていらからだった。(木蔭は今、目の前にいる生きていたころの記憶の飾になんの干渉もできないのだと思っていた)

 飾はまだ(かわいい目を大きくして)とても信じられないといったような顔をしてその光をじっと見ていた。木蔭はそんな飾の顔をずっと、じっとただ見つめていた。

 すると少しして飾の顔がゆっくりと前を向いて、飾をみている木蔭の目と目が空中でしっかりと重なった。

「……木蔭?」

 その飾の声を聞いて、木蔭の体は(魂は)ぶるっと震えた。

「飾!! 私がわかるの!?」

 思わず大きな声で木蔭は言った。(さっきまで声にならなかったのに、今度はちゃんと声になった)

 目の前で言ったはずなのに、飾に変化はなかった。どうやら木蔭の声はやっぱり飾には聞こえていないようだった。

 木蔭は飾の体に触れようとする。でも、やっぱり木蔭の手は飾の体にふれることはできずにすり抜けてしまった。

「ちくしょう!!」木蔭は思わず力いっぱいそう叫んだ。

「木蔭。そこにいるの?」

 きょろきょろと周囲の真っ暗闇を見渡しながら飾は言った。

「いるよ!! 飾! 私はずっとここにいる!!」と泣きながら木蔭は言った。その大粒の涙は真っ暗な大地の上で弾けてまた光が輝いた。

 その光を飾はもう一度、見つめる。

「木蔭。そこにいるんだね」

 飾は言った。

「……いる。いるよ。ずっといる!!」と木蔭は言った。

 いつの間にかそこには幽霊の飾がいた。髪の毛をポニーテールにしている翡翠色のワンピースを着た木蔭と同じ十二歳の女の子。木蔭のよく知っている東雲飾がそこにはいた。

「飾!! 木蔭! 木蔭だよ!! 飾に会いにきたんだよ!!」と涙を流しながら笑顔になって木蔭は言った。

 その木蔭の声はやっぱり飾には聞こえていないようだった。でも飾はいろんな今の不思議なことばかりがおこってるこの世界のことをすべてわかっているような顔をして「はぁー。木蔭。ここまできっちゃったんだ。ばかだな。せっかくぼくがきみのために、だまってきみのそばを離れてあげたっていうのにさ。自分からきちゃうなんてさ。木蔭は本当にばかだね。おおばかさんだよ」とふふっと笑いながら(いつもの生意気な声で)飾は言った。(飾はおてあげのポーズをしていた。顔は笑っていたけど、目は赤かったし、そのほほにはたくさんの涙のあとがしっかりと、木蔭と同じようにちゃんと残っていた)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る