7、お母さんは、ゆうととお父さんが楽しく遊べたのか気になるようです

 お母さんは、電車で一時間近く離れている職場から帰宅するところです。今日は、お父さんが早帰りの日だったので夕食当番はお父さんです。こういう日は、お父さんからお母さんへ「今晩のおかずが何か」そして「今日、ゆうととどんな話をしたのか」をチャットで送ってくれるのです。


 今日もそろそろチャットが来ている時間だと思い、お母さんは電車の中で吊革につかまりながら、スマホを取り出しました。案の定、お父さんからの通知が五件届いていました。


(あれ、今日は多いな)


 お母さんはちょっと首をかしげます。いつもはお母さんをねぎらう言葉、今日の夕食の報告、ゆうとの様子で三件くらいが普通なのですが、ふだんより二件多いのです。なぜだろうと思いながらメッセージを開き、上から順に読んでいくことにしました。


『お母さん、お仕事お疲れさま👜』


『今日の夕飯はグラタンにするよ。ゆうとと話していて、グラタンが食べたくなったんだ』


『ゆうとと、さっきまで『AIが作った詩を解釈する遊び』をしていたんだ。けっこう盛り上がったんだよ』


 そこまで読んで、お母さんは思い出しました。この前の日曜日に、「ゆうとと生成AIを使った遊びをする」とお父さんが言っていました。今日はお父さんが早帰りの日だったので、さっそく試してみたのでしょう。つまり、残り二つのメッセージの内容はその遊びが楽しめたかについて、に違いありません。盛り上がったと言っているのだから、きっとゆうとは楽しく遊ぶことができたのでしょう。お母さんはわくわくしながら画面をスクロールしました。


『まず、AIはけっこうちゃんと詩を作ってくれたよ。お母さんと一緒に見たときみたいにね。ただ、五行って指示をしているのに六行書いてくることとかはあったけど。でも、ゆうとと遊ぶうえでは五行でも六行でも別にいいかなと思って、指示を出し直すことはしなかった。ゆうとに見せて問題がある文章は出てこなかったよ』


 チャットアプリにしては長いメッセージを読んで、お母さんはほっとします。お母さんは、お父さんほど生成AIについて詳しくありません。ニュースで聞く情報ばかりなので、生成AIは「差別を助長するコンテンツを表示することがある」という印象がありました。だからお父さんがゆうとと一緒に生成AIで遊ぶと提案したときに、その点をとても心配していたのです。

 しかし、お父さんの使い方が上手だったのか、あるいは尖った質問をしない限りは大丈夫なのか、今回の遊びではお母さんの心配は杞憂だったようです。ゆうとが遊びの中で、嫌な思いをしてほしくはありませんから。また、お母さんはゆっくり画面をスクロールします。


『今日は三つ詩を作ったのだけれど、どれもけっこう盛り上がったよ。一個目ではお掃除ロボットをお題にしたんだけど、ゆうとが『韻』に気づいて、びっくりした。韻を踏むことを理解できたら、言葉遊びの幅がぐっと広がるよな。二個目は冷蔵庫をお題にしていたから、内見のときにお母さんがわくわくしていたのを思い出したよ。三個目は電子レンジで、出てきた詩から連想して、グラタン作ろうっていうことになったんだ。詳しくは今日の夜話すよ。

とにかくゆうとも楽しんでくれたんだけど、『今度はお母さんと一緒にやりたい』って言っていたから、次のお母さんの時短勤務の日、ゆうとと一緒に遊んでみてくれないか?』


 ゆうとだけでなくお父さんも、AIの詩を読むのは楽しかったようです。詳しくは帰ってから話してくれると書いてありますが、短いチャットの文章だけでも、それはよく伝わってきます。


(詩を鑑賞する楽しさを教えたいと思って、こういう遊びがいいんじゃないかという話をお父さんとしたけれど。詩を楽しむだけじゃなくて、ふたりの会話の潤滑油になったみたいだね)


 ひとりで頷くお母さんは、最後の一文に目を留めました。今度はお母さんと一緒にやりたいと、ゆうとはリクエストしているようです。しかしお母さんはまだ、生成AIを使うことが少し心配でした。お父さんのように、うまく使いこなすことはできるでしょうか。


(でも、せっかくゆうとが楽しみにしてくれているのだから、できれば一緒に遊びたい。帰ってからお父さんに聞いてみよう)


 お母さんは自分で自分を納得させると、お父さんに短いチャットを返信しました。


『ありがとう。あと二十分くらいで帰ります。ゆうとの話、楽しみにしてるね。あと、生成AIの使い方も一緒に教えてほしい』


 グラタンを焼くタイミングを見計らっていたのでしょうか。お父さんからはアザラシが大きくOKマークをしているコミカルなスタンプが返ってきました。

 お父さんがよく使うスタンプですが、お母さんはそれを見るといつもふふっと笑ってしまいます。今日もマスクの下で口角を上げながら、お母さんは穏やかな気分で家に帰るのでした。

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