一目惚れなんて存在しない。だからこれは恋じゃない。

ハンバーグ

一目惚れなんて存在しない。だからこれは恋じゃない。

―─どんなことにも終わりは来る。


 だったら、何かに本気で向き合う意味って、あるのかな?


「んん~……はよう奏汰そうた。良い匂い!」

「おはよう百華ももか、ごはんできてるよ」


 奏汰というのは俺のことで、百華は姉。彼女はおそろしくダメ人間。例えば今”おはよう”と言ったが、時刻は昼の一時。腰あたりまである金色に染められた髪はぼさぼさで、着ているパジャマもしわしわでなんかシミみたいなのもあって汚い。そして先ほどの会話で解った人もいるかもしれないが、家事は全て俺がやってる。


「相変わらずうちの弟は料理上手だねえ。家事も出来るし」

「俺は出来ることしかやらないんだよ。レシピのまんまやっただけだし、苦でも何でもないよ。逆にこれでおこずかい貰っちゃっていいの? って感じなんだが」


 独り暮らししていた姉の部屋に訳あって居候させて貰っている。家賃は姉と父の折半と決まった時に、”住まわせてもらってるんだから家事くらいしよう”と決意。そしたら姉が給料と言ってまあまあな額をくれた。父からも生活費を貰っているので、お金はかなり余裕ある。


「私お金はあるの。あと奏汰はわからないだろうけど、家事してくれる母親みたいな人がいるのはすごくありがたいんだよ?」

「……それはよくわかってるよ」

「あ、ごめ……」

「大丈夫だよ。わざとじゃないのも良くわかってるから」


 辛いのは百華も同じだしな、とか考えていたら突然インターフォンが鳴る。少し古いアパートなのでモニターが無く、ドアに付いた小さいガラス越しにしか相手は見えない。ところでこれなんていう名前なんだろ。


「百華今出れる格好じゃないし、俺出るよ。」

「ああ……うん。よろしく」


 ガラスで相手を確認せずに、ドアを開ける。


「はい、なんでしょう……か?」


 その姿見た瞬間、全身に衝撃が走る。サッカーで相手の蹴った玉がみぞに入った時みたいに息が上手くできない。瞬きする時間すら惜しい。そう思えるに程釘付けに成っていた。


「あ、えっと……すみません! 間違えました!」


 それに対しては何も言えず、何時までも彼女の去っていった方向を見てい……ってあれ? 三個隣!?


「どしたん……」

「いやなんか……俺より少し背の低い茶髪の人が来たんだけど、何か去っていった。三個隣の部屋に」

「ああ! それ私の友達の梓だよ! 白石梓しらいしあずさ可愛かったでしょ?」

「そう...だね」


 まさかドキドキしてたなんてなんて言えず口籠る。すると百華のスマホが鳴った。俺のことなど気にせずにすぐ隣で電話に出る。


『もしもしもも? あなた彼氏いたの!?』

「いやいやそんなわけないでしょ。わたし梓一筋だし」

『真面目な話! ももの部屋行ったら知らないイケメンが出てきたんだけど!?』

「部屋間違えたんじゃない? もっかい来てみ?」


 百華は気持ち悪い笑みを浮かべ、リビングへ戻る。一方俺は、さっきから止まってくれない心臓に手を当てながら考え事を。


「俺は一目惚れをしてしまったのだろうか?」


 いやまさかな、と頭の中で否定していたら、再びインターフォンが鳴る。俺は玄関に居たのでそのまま鍵を閉め忘れていたドアを開ける。


「はーい」

「……」

「……」


 ドアを開けたらさっきの女性が。その人は何度も首を振り、俺の顔と部屋番号をこれでもかと確認して一言告げた。


「……また来ます!」

「あ……はい」


 三個隣の部屋へ足速に向かう彼女の背中を見ながら、更に早くなる心臓を抑えながらこう思う。


「一目惚れなんて存在しない。だから……これは恋じゃない!」


 誰も何も言ってないのに、俺は小さい声で言い訳をした。

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