第47話

 終戦からしばらくの月日が流れ、王の葬儀が無事に終わった後。

 王都はようやく偉大な王の喪から明け、戦勝を喜ぶ空気に変わっていた。


 ヨーゼンラントでどれだけの兵が死んだのか。ルージュラントでどれほどの被害が出たのか。それらの詳しい情報が徐々に王都に流れるにつれて、人々の頭に具体的な魔王像が生まれた。

 皮肉なことに、悲劇が具体的になればなるほど、それを打ち払った勝利の価値は上がっていく。魔王の恐ろしさが強調されればされるほど、王都の民は勝利に沸き立った。


 昼夜を問わず、人々は代わる代わる酒場を訪ねてグラスを打ち鳴らす。


「歴史的勝利に!」

「人類の栄光に!」


 王都の全てのワイン樽が枯らされるような勢いだった。

 喧噪の満ちる酒場で、テーブルに立ちラッパ飲みする目立ちたがり屋の男が、大きな声で言う。


「そういえば、広場で見世物があるらしいな!」

「わはは、見世物って言い方はよせよ! 公開処刑だろ?」

「ああ、なんでも英雄バロウンス公をはじめ、多くの貴族から金を騙し取った大悪党らしいぜ!」

「王女様も騙されていたそうだ!」

「なんて悪い奴なんだ!」


 義憤に燃える男たちは酒をぐいっと飲み干して、各々席を立つ。


「見に行くか」

「行こうぜ」


 王女を騙して取り入り、多くの人間を騙した世紀の大悪党。

 マリアンヌもコルドゥアン男爵もバロウンス公爵も全員被害者。アントワネットの希望と、政治的な落としどころとしてこのように世間に喧伝された。

 誰もが騙されて仕方のない、悪魔的な詐欺師としてアントワネットをある意味持ち上げることで、他全員の名誉を守ったとも言える。


 王都の民たちは、アントワネットが放った嘘に騙され、さらに憎しみを募らせていた。


 酒場を出た男たちは広場に向かう。男たちが歩くにつれて、同じ方向に向かう人間が増えていく。気づけば道幅いっぱいに人が歩くようになっていた。

 巨大な凱旋門が立つ、王都の中心付近にある広場。そこは奇しくもアントワネットがこの世界に来た場所であった。


 広場の中心に木組みの大きな処刑台が設置してある。

 多くの近衛兵がその周辺を囲み、民衆が近づけないようにしていた。


 広場全体を埋め尽くす群衆。ざわめきが重なり合い、大きな音のうねりを生み出している。

 誰もが今か今かと、大罪人が処刑台に姿を現すのを待っていた。


 あいにくの曇天の空であった。風は冷たく、少しばかり湿り気を帯びている。

 雨が近い。


 処刑台のすぐ後ろに停められている、窓の無い黒塗りの馬車の中で、アントワネットがくつろいでいた。

 牢獄のように頑丈な囚人用の馬車だが、内装は美麗かつ居心地の良いように整えられている。この日のためにあつらえ直された、特別仕様のものだ。


 社内にはマリアンヌとコルドゥアン男爵、セフポン伯爵、バロウンス公爵が同席している。

 気づかわしげな表情をしている4人とは対照的に、これから処刑台に登るアントワネット張本人は非常にリラックスしていた。


 ワインのボトルを手に取り、しげしげとラベルを眺めながら言う。


「なんの情報もわからずに飲むワインも悪くないものだね。どうにも知識が足りていないけど、味は好みだ」

「それは良かった」


 用意をしたセフポン伯爵が頷いた。

 死を目前にして、アントワネットは取り繕うことをやめていた。そして、この場に集まる全員がそれを受け入れている。


「だいぶ儲けさせてもらった。感謝する」

「卿こそありがとうね。ヨーゼンラントに息子さんを送ってくれたこと、心より感謝してるよ」

「諸侯の務めを果たしたまで。名誉の戦死だ。陛下と共に天への階段を昇れたこと、あいつも喜んでいるだろう」

「そっか。陛下と一緒だもんね」


 何の慰めにもならないかもしれない。だが、アントワネットはそんな考え方も悪くないと思った。


「マリアンヌ様をここまで支え、表舞台に帰らせてくださった。このジジイ、アントワネット嬢に心より感謝いたします」


 コルドゥアン男爵が深々と頭を下げる。

 アントワネットは照れくさそうに笑った。


「頭上げてよ。こちらこそ本当に感謝しているんだ。受け入れてくれてこと、生活の面倒を見てもらったこともそう。なにより、私と出会う前からマリアンヌを守ってくれていたんだ。本当にありがとう。長生きしてね」

「わしが、わしが身代わりになろうぞ! 誰ぞ、かつらを用意せい!」


 男爵は涙を流しながら叫んだ。

 車内の誰もが苦笑する。


「そんなので騙される奴はおるまい。ひげしわも酷すぎる。美しさの欠片もなかろう」


 バロウンス公爵が言った。男爵が涙と鼻水まみれで真っ赤な顔を向ける。


「なんの! どうにでもできるじゃろうて!」

「無理でしょ。それに、いいんだよ。そういうのは。私がしたことで、私が決めたことなんだからさ」


 アントワネットの言葉に男爵はがっくりと項垂れる。彼がアントワネットの出来ることは残っていない。十分なのだ。アントワネットは、これまで男爵に好きにさせてもらった。この老人の優しさや気遣いは十分に受け取っている。


 馬車の外では、騎士団長がアントワネットの罪状を読み上げる声が朗々と響いていた。

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