第17話
マルチ商法の勧誘では2人組が定番となる。
誘って連れてくる会員と、営業し契約まで持っていく会員だ。
よく言うところの、急に連絡してくる同窓生と、そいつが口にする「会わせたい人がいるんだ。めっちゃ凄い人でさ」の凄い人である。
「初めまして。どういう繋がり? あー、同じ職場なの? へぇー。仕事しててどう?」
「どうって……」
「いやぁ、仕事してて慣れた? どう? 尊敬できる先輩とかいる?」
「まぁ、いますね。はい」
「そっかそっか。いいことだね、うん」
そう言いながら、アントワネットは宝石が光るブレスレットを見せびらかすように、テーブルに腕を置いた。
「やっぱ尊敬できる先輩見てたらさー、そういう風にいつかなりたいって思う訳でしょ? で、もう一つ視点を持って欲しいんだけど、その先輩みたいな生活をしたいかってところなんだよね」
「は、はぁ……」
わざとらしい空想するような表情で、天井を見上げる。
「いやぁ、きっと仕事が出来る優秀な人なんだろうな。そこまでなるためには、何年も何年も真面目にコツコツ努力してきたんだろう。さぞ裕福な暮らしをしているんだろうね」
男たちは自分の上司の生活を思い浮かべたのか、微妙な表情になった。
ほとんどの人生と言うのは、地道な積み重ねの果てに、地味な生活を送るものだ。地味な生活を維持するために、全力を尽くして日々を丁寧に生きていく。それこそが人生なのに。
――なんか嫌だな。
そう思ってしまった。
「私はもうお金に困るとかないからさ。あんまり他の人生ってやつが想像できないんだけど……」
ブレスレットがいやに光っていた。
ついている宝石の一つ一つが魔力を放っている。そう感じさせられる。
「夢持って生きられてる?」
ぐいっと力の籠った瞳が向けられた。
強さがあった。言葉にも、表情にも。まるで野心に燃えてギラギラしているような、生命力の強い顔だ。女性らしい美貌だというのに、脂ぎった中年のような生々しさすらある。
「貴族や王族が食べるような、本当に美味しい食事を一回も食わないで終わる? 男に生まれたのに美女も侍らせられない人生でいい? プレゼント買うときに財布覗き込むのカッコ悪くない?」
男たちは口をつぐんだ。
「金ってさ、経験が買えるんだ。経験は視野の広さと余裕を育ててくれる。もし今、将来の夢ってやつがわかんないんだったら、その経験が足りてないのかもしれないね」
アントワネットはブレスレットを外し、テーブルの真ん中に置く。
ごとり。軽そうな見た目に反して、貴金属の重たい音がした。
「欲しい人いたらあげるよ。欲しい?」
一人の男に顎をしゃくる。男は戸惑いながら欲しいと答えた。
「うん。そういう欲も大事。けど、やっぱ男なら『要らねえよ』って断って欲しかったな」
冷めた目が向けられる。男は居心地悪そうに肩をせばめた。
「大丈夫。君たちだって、すぐにこうなれるさ。だって私の友達が紹介してくれたんだろ? 素質あるって。色々教えてあげるから、すぐに成長出来るよ」
稼げるなんて一言もいっていない。儲かるともいっていない。
だが、文脈からはありありと「すぐに大儲けできるんだぜ」と伝わるような表現だった。
「じゃあ、『ビジネス』のやり方を教えてあげるよ」
アントワネットはそう言って、何も書かれていない紙をテーブルに置く。男たちはただの白紙とわかっていながら、思わず目を吸い寄せられてしまった。
最初の挨拶の時点で、上から目線で接する。それで自分が上位者なのだと誇示する。
相手に現実を再認識させ、将来に不安や不満を与える。
そして具体的な成功例として富の象徴を見せつけながら、希望を与える。
この3ステップを踏んで相手をその気にさせてから、実際の勧誘を始めるのだ。
アントワネットはパンと手を叩いた。部屋の空気ががらりと変わった。どこか熱のこもったような気配がどこかに消えて、からりと無味乾燥なそれに戻る。
男たちの目の焦点がはっきりとした。
「はい、見本は終わり! これはあくまで一例だけど、慣れるまではこんな感じの雰囲気で説得できるようにしていこうか!」
「はい!」
具体的なやり方を目にしたからか、男たちの目は輝いていた。
その感覚こそが、マルチ商法にハマる人間そのものだと、本人たちは気づいていない。
アントワネットは内心でほくそ笑みながら、営業用の資料の作成を始めた。
マルチ商法では、説明が下手な奴に資料を渡さない、という鉄則がある。
誰にも彼にも資料を配ると、相手に無駄に冷静さを与えてしまう。資料なんて所詮は熱狂を生むための補助輪に過ぎないのだから、ちらりと見せながら語る程度で良いのである。
それに。半端な奴に資料を渡せば、何か起きたときに証拠品になる。
この世界では馴染みのないグラフやイラスト付きの、スライド資料のようなものを手書きで作成した。そのグラフも、日本仕立ての悪意あるグラフだ。
これから広がる被害と集まって来る富を考えて、アントワネットは恍惚の吐息を漏らした。
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