第15話

 マルチ商法。またの名を連鎖販売取引という。

 ねずみ講と呼べばわかりやすいだろうか。厳密には違いがあるが、手法の根幹は変わらない。


 会員となった客が、別のひとを勧誘して会員にする。

 商品を買った会員が、下位の会員に商品を売る。商品や会員権が売れれば、売った会員にマージンが入る。

 これだけであれば、普通の商取引と大きな違いはない。


 大きな違いとしては、利益の分配の仕方にある。

 普通の商取引では、買った商品を売るときの差額が利益となる。マルチ商法ではここが大きく変わって来る。

 自分自身の商取引のみならず、自分が勧誘した下位の会員の商取引の利益からも、マージンを得られるのだ。


 例えば自分が2人の会員を勧誘したとする。

 その2人の会員がそれぞれ2人の会員を勧誘すると、4名の下位会員が生まれる。そうすると、自分の下に6人の会員が出来ることになる。この6人の取引からマージンを得られる。

 この6人がまた2人ずつ勧誘すれば12人増え、計18人の会員が生まれる。


 このように、自分の下位会員がネズミ算式に増えていき、そこからマージンを吸い上げることで、大きな収益を生むというものだ。


 商品そのものの価値ではなく、会員を増やすことで儲けるという目的を原動力に、販路を拡大する。これがマルチ商法だ。

 ねずみ講は実体のない会員権だけでやり取りをするのに対して、マルチ商法は商品の販路を広げるという違いがある。ちなみに日本ではマルチ商法は合法で、ねずみ講は違法である。


 アントワネットはこの商法の負の部分を話さずに、きわめて曖昧にぼかしながらメリットを語った。

 伯爵の目が鋭くなる。マルチ商法が持つ可能性に気が付いたのだろう。


「非常に……あー、非常に可能性を秘めたビジネスだが、マリアンヌ様やコルドゥアン卿はなぜされないのかな?」

「あら、セフポン卿。マリアンヌ様もコルドゥアン卿も、『商品』を持っておりませんわ」


 マリアンヌは商売そのものを持っていない。そしてコルドゥアン男爵は、不動産からの収益がほとんどだ。どちらも物を売ってはいない。

 正確には王族のマリアンヌは利権等を餌に、会員権を売るねずみ講を開催できる。が、アントワネットは口にしなかった。

 あくまで、商品の販路を作る方法があると説明したのみだ。


「なるほど……」

「セフポン卿は商品をお持ちで、私にはノウハウがありますわ。そしてコルドゥアン卿には信用がございます。いかがでしょう、詳しくお話出来たら嬉しいのですけれど」


 そう誘うアントワネットに、セフポン伯爵はしばし考える仕草を見せた。

 利益になるからといって、ほいほい話に乗っては権威が損なわれる。勿体ぶった様子に、アントワネットは笑顔を崩さないまま無言で待った。

 下から頼み込まれてようやく頷きたいセフポン伯爵と、頼む必要などないほど良い話だという姿勢を崩さないアントワネット。

 周囲の貴族は、少しばかり不穏な空気を感じた。


 セフポン伯爵は目尻をぴくぴくと動かしながら提案する。


「マリアンヌ様から聞ければ、誠意が伝わるかもしれんな」

「あら、嬉しいですわ。流石セフポン卿ですわね」


 セフポン卿は苦虫を噛み締めた顔をした。

 気が付いたのだ、自らの失言ゆえに巻き込まれたことに。様子見程度に参加したパーティーで、自分までマリアンヌの派閥にがっちり組み込まれてしまった。

 ビジネスの打ち合わせをしたならば、周囲からは見られる。


 そして、この話の流れを見守っていた周囲の貴族たちも気が付いた。

 セフポン卿は巻き込まれた。そして、きっと巻き込まれたビジネス自体はちゃんと利益を上げるだろうと。

 海の王者がマリアンヌ王女の派閥に入ったも同然。


 ざわめきが広がっていく。

 マリアンヌとクリスチャンの預かり知らぬところで、順調にマリアンヌの派閥が形成され始めていた。


 パーティーの二次会として、それぞれ親密な者同士が屋内のサロンに移動する。

 アントワネットはセフポン伯爵とマリアンヌを引き合わせていた。


「――ということで、購入者自身が次の客を探すことで、自然と広い販路を形成できる仕組みですわ。この売買に参加する権利自体も販売いたします」

「管理が難しい」


 改めて詳しく説明されたセフポン伯爵は眉間を揉んだ。


「厳密に管理する必要はございませんわ。功績を上げるものを厚遇し、不正を発見できたときには厳罰に処せばよいのです。そもそもの話、いくらかの不正をしたところで、こちらにデメリットはないのですから」


 会員が商品を仕入れた時点で売り上げは入っているのだ。

 不当に利益を得る会員がいたとしても、そのせいで損をするのは別の下位会員。アントワネットらが損をすることはない。


「勧誘はどうするのだ? 結局のところ、下位会員が他の会員を誘えなければ意味がないだろう」

「教育については私にお任せください」


 アントワネットはうやうやしく頭を下げた。

 なぜ自分がそこに呼ばれているのか把握できていないマリアンヌが首を傾げる。


「私は何をすればよいのですか?」

「いるだけで価値がありますわ」


 マリアンヌは旗印だ。

 彼女を中心に、実権を持つ貴族が集まる。

 目的も明確にしていない。誰にどんな利益を与え、誰にどんな義務を課すのかもわかっていない。


 ただ、勢力だけを増していく混沌の力が生み出されている。


 アントワネットとマルチ商法の立ち上げについて具体的な話を詰めたセフポン伯爵は、マリアンヌの前で片膝をつき、頭を垂れた。


「改めてマリアンヌ様。私ピエール=ル・セフポンはマリアンヌ様に忠誠を誓います」


 この世界での忠誠は安い。

 状況が変われば平然と裏切る。セフポン伯爵とて、利益が得られる限りの忠誠だろう。

 だが、これでマリアンヌは対外的に大駒2枚を従えたことになる。


 王宮に乗り込む準備は整った。

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