第14話
他の貴族を呼ぶ際に、立食パーティーというある種カジュアルな形式をとるのは、この国の成り立ちによるものだ。
小規模な領主たちが併合して大きな国になるにあたって、貴族同士に社交という概念が生まれた。
しかし、それぞれが地元で覇を唱えた雄たち。彼らにとっては、素手で座っている状態から、目の前の敵を殺すに足る威力の魔法を放つのは容易い。が、発動の速さに特化した魔法であれば、足が動けばかわせる。
誰かが暴れ出したら回避しながら即座に反撃し、お互いに殺せるようにする。
相互にイーブンな戦いを出来るようにしてから平和な話し合いをする、という考えから、立食パーティーが主流となった。
男爵が王都で持つ最も大きな屋敷。その庭に設営された会場で、色とりどり形も様々な衣装を身に着けた人々が動く。
王都の流行を取り入れた衣装は、男爵ら法衣貴族。オリジナリティのある服を着ているのは、領主貴族たちだ。
軽食が載せられたテーブルの前で、アントワネットがワイングラスをくゆらせる。
大人し目の薄い桃色のドレスは、クリスチャンに贈ってもらったものだった。
一方のマリアンヌは深いグリーンのドレスだ。これはヨーゼンラントの軍旗にも使われている色である。
本人は着たがらなかったが、アントワネットに丸め込まれて着ることになった。
「いやあ、本当に誰も挨拶にこない」
アントワネットは口の中で呟く。
それもそのはず。誰もがマリアンヌの周囲を囲んでいた。クリスチャンはマリアンヌの横に立っている。
どちらもぎこちない笑顔を浮かべている。
クリスチャンは初対面の相手だと、所作や言葉にぎこちなさが強くなる。それは貴族社会において、非常にデメリットだ。
今も人ごみの間から視線をくぐらせ、アントワネットに助けを求めるような目を向けている。
アントワネットはグラスを持ち上げ、乾杯するような仕草をした。
助けはしない。自分が作り出した状況ながら、責任を取るつもりなどさらさら無かった。
それに。
――クリスチャン本人の評価はなんでもいいからね。
クリスチャンは嫡男だが、当主ではない。
むしろ、クリスチャン本人が頼りなければ、マリアンヌとクリスチャンの子への期待が高まるというもの。
アントワネットが顔を出して親密な仕草をされて、マリアンヌとの間を疑問視されたらおじゃんだ。
それに、彼女には彼女の仕事がある。
アントワネットはマリアンヌを囲む貴族の1人に声をかけた。
大きく腹が出ているが、それを支える太ももが非常に太い。脂ぎった精力的な男である。
「セフポン伯爵、初めまして。アントワネット=イニャス・ギヨタンと申します」
「これはこれは美しいお嬢様だ。しかし寡聞にしてギヨタン家は知らぬな。どちらの出かな?」
セフポン伯爵はガーゴイル柄のスカートを履いているが、それをおかしいと笑う者は一人もいない。北部の港を持つセフポン伯爵は、輸送において大きな力を持つ。海軍力においても王国を支えている重要人物だ。
「ええ、こちらの王国には縁もゆかりもない土地の出ですから。ニホンという国ですが、ご存じありませんよね?」
「すまないが、知らないな」
伯爵はさして悪いとも思っていない顔でそう言った。
仕方のないことである。そもそも国を名乗っていながら、実態はセフポンよりも小さな領土の国だって掃いて捨てるほどあるのだ。
もっとも、そんな世情だからこそ、存在しない国の出身という話はすんなり受け入れられた、とも言える。
「残念です。祖国の書物や技術者もこちらに運べたら良かったのですが、身一つでマリアンヌ様のお世話になっておりますわ」
「おお、なにやらご事情がありそうで」
「魔王は我が祖国にとってはあまりにも強大でした」
「なるほど……残念なことでしたな」
伯爵は儀礼的に沈痛な表情を浮かべ、数秒間黙とうする。
しかし、アントワネットの話の途中に出た「技術者」という単語に、瞳孔がわずかに動いたのをアントワネットは見逃さなかった。
「そうそう、こちらに来て驚きましたわ。株の概念があるのですわね。商いについて、遠く離れた2国で似たような進歩を遂げているなんて、面白いと思いませんこと?」
「ほう、そちらの国にも株があったか」
伯爵は驚いた顔をした。
単身で異国に来た若い女性ということから、どことなくアントワネット――ひいては彼女の祖国を見下していたのかもしれない。
「ええ。そういえば、こちらの国ではまだお見掛けしていないのですが、私の祖国ではとある商売の手法が非常に流行しておりましたわ」
「聞いても?」
「ええ、もちろんでございますわ」
周囲が静かになっていた。
マリアンヌとクリスチャンの周囲こそ騒がしいが、アントワネットと伯爵の周囲の会話はぴたりと止まっている。
幾人もの貴族が口にものを運ぶふりをしながら、耳をそばだてる。
マリアンヌはあくまで純粋な異邦人を装いながら口を開いた。
「マルチ商法と言うのですけれど」
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