第11話

 ロマンス詐欺という言葉がある。

 近似にある表現としては、結婚詐欺だったり、「頂き」なんてものが当てはまるだろうか。

 相手に恋愛感情を持たせ、それを利用して金をだまし取る詐欺のことを指す。


 では、その目的が金ではなかった場合、それは詐欺になるのだろうか。


「――まぁ、そうでしたのね。ご家族の中で、クリスチャン様だけが初陣がまだなのですね」


 夕食の席。クリスチャンの話を聞きながら、彼の言った言葉を繰り返すアントワネット。

 ロマンスを演出するためには、まずは相手に恋愛感情を持たせなければいけない。こうした「営業的恋愛」というのは、一部ではマニュアル化されている。


 ステップ1。

 仕草や表情の変化を大きくし、相手の興味関心を惹く。

 直接の対話はもちろん、他の人との会話を見せて聞かせる、なども含まれる。


 ステップ2。

 相手に興味があるとはっきり伝えて、相手の話を聞く。

 質問を織り交ぜて相手のエピソードを引き出し、共感をする。教養やセリフの引用など、共通言語を持っているように装う。


「初陣に出られないことでのもどかしさもございましょうが、お優しいクリスチャン様のお心が心配ですわ。体つきや仕草はとても頼もしいので、もちろん戦そのものは心配ないとは思いますが……」


 ステップ3。

 相手に対しての自分の立場を示す。

 肯定的に持ち上げながら、相手が普段してもらえない心配なんかをしてみせることで、今まで身近にいなかったタイプの味方だと思わせる。


「ご親族の方がそんなことを言われたのですね……。思い返せば、私の親族にもそんな方がいましたわ。ですが、私と違ってクリスチャン様はきちんと向き合っていらっしゃるのですね。尊敬いたします」


 ステップ4。

 自分の情報を開示して、相手との共通項を持っているように見せる。

 ただ、自分について語る時間は最低限にする。長々と自分語りをしていては、相手の感情を途切れさせ、自分と過ごす時間に飽きを起こしてしまう。


「いいえ、わかりますわ。努力されている手ですもの。……触れてみてもよろしいですか?」


 アントワネットは互いに伸ばした手にそっと触れてから、頬を赤らめてさっと引っ込めた。


「温かいのですね。あら、はしたなかったかしら?」


 そして照れ隠しのように笑った。


 ステップ5。

 打ち解けたら身体的な接触を挟む。

 単純に相手に意識させたり、接触による好感を狙う効果もある。だが、それ以上に相手に「その先」を想像させ、期待させる効果が大きい。

 これで下準備は完了だ。


 食事が終わり、アントワネットとマリアンヌが帰路につくとき。クリスチャンは名残惜しそうにその姿を見送っていた。


「はぁ、どうしてあんなことをしたのですか?」


 二人きりで乗る馬車の中でマリアンヌが問う。


「悪役令嬢ってのに憧れてね」

「なんですか、それ?」

「可愛いお嬢様相手に、婚約者のとりあいで負ける悪役の令嬢さ」

「取り合っているなら、お互い様ではありませんか?」


 悪役令嬢の概念など当然にないマリアンヌの言葉に、アントワネットは楽し気に笑った。


「それもそうだ。むしろ恋の戦いなんて、勝者こそあくどいに違いない」

「で、そんなあくどい仕草をわざわざした理由はなんですの?」


 アントワネットはだらしなく足を組んだ。


「まだまだ情報が足りていないけど……彼とは仲良くなった方が面白そうだからね。そうそう、マリアンヌに聞きたかったんだ」


 馬車の天井に視線をやったまま、彼女は何気なく言葉を続ける。


「マリアンヌはどうなりたい? 魔王迫るこの王国で、屋敷の管理がしたいのかな?」

「っ!?」


 口調の軽さとは裏腹に、それはマリアンヌの胸を抉った。

 考えなければいけないことだった。何度も考えたことでもあった。そして、そのたびに、先を想像するのを諦めた問いでもあった。


「――どうにもなりませんよ。私は宮中を追われた身ですもの」


 硬い声だった。

 それに対して、王宮でどのような権力闘争が行われているかも知らないアントワネットは、気軽に言う。


「じゃあ、宮中ってやつに戻ってみる?」


 マリアンヌは無責任なことを言い出した女を睨みつけた。


「どうやって戻れと?」

「不思議な魔法の力さ。このまま魔王に色んな国が呑み込まれるのから、女一人で逃げ回るのは、きっと刺激的だけど面白くない。マリアンヌが面白くしてくれるなら、魔法の力で表舞台に帰らせてあげるよ」


 大嘘つきの信用ならない言葉。

 だが、夢も希望も刺激も足りない日々に現れた、非日常の塊みたいな女の言葉に、マリアンヌは惹かれていた。

 アントワネットが言うと、なぜだか現実になってしまいそうな、不思議な迫力があったのだ。


「その魔法使いさんは……どんな魔法を使ってくれるのかしら」

「夜12時を越えてなお力が増す魔法……」


 アントワネットはへらりと笑った。


「恋の魔法さ」


 自分も、相手も、世界全てを小ばかにしたような顔で。

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