第7話

 支払いのための検証、というニュアンスで集められた詐欺師たちの機嫌は良かった。

 ギルドは自分たちの味方だと思っていたし、状況も自分たちに有利だと感じていた。


 ぞろぞろと庭先に集まった人たちの様子を目にして、何事だろうかと門の外から市民が覗き込む。


 まるで簡易な裁判所であるかのように、男爵と詐欺師がそれぞれの言い分を高らかに主張した。

 それからギルドが、公正に判断することを宣言し、屋根に登って確認を始める。


 ざわつく聴衆に寄り添うように、門の近くに立つアントワネット。


「ひどいですわね。事前に伝えた金額より遥かに高いものを後から請求するだなんて。あなたもそう思いませんこと?」


 急に話しかけられた清掃夫の男は、どぎまぎとした様子で頷いた。


「きっと、そういう詐欺なのでしょうね。憂鬱になりますわ。きっと、お爺様が亡くなられてお立場を失ったマリアンヌ様への嫌がらせでしょうね」


 決して大声ではないが、良く通る声でマリアンヌへの同情を語る。集まった聴衆たちは、気づけばアントワネットの話に耳を傾けていた。


「なんて悪い奴らなのかしら」


 上品な身なりをした夫人が憤りを言葉にした。

 それを皮切りに、詐欺師たちへの悪感情が広がっていく。


 屋根から降りてきたギルドの職員が、ギルドマスターに耳打ちをした。ギルドマスターが言う。


「工事の痕跡が確認できました。使用している瓦も上等なもののようです。240万ラインが適正かは微妙なところですが、不当と言うほどではないでしょうね。大工ギルドとしては、組合員の請求を支持します」


「ふんっ、書面に残せ!」


 不機嫌そうに言う男爵に従い、ギルドマスターは手に持つ板の上で、さらさらと書類を作成した。その様子を詐欺師たちがニヤニヤと眺めている。

 男爵が受け取った書面を、アントワネットも覗き込んで確認した。


「ああ、抜けがありますわね」

「なんです?」

「彼らがした仕事についてですわ。もともとあった瓦も回収されているでしょう? 請求をするのでしたら、何をしたのかきちんと全て記述するべきですわ」

「ああ……」


 ギルドマスターが詐欺師に視線をやれば、男たちは「確かに回収した」と言った。やった仕事が多ければ、その分請求に正当性が増すと思ったのかもしれない。


 追記された書類を改めて男爵が受け取ると、アントワネットは朗らかに笑った。


「では、当事者の方もギルドの方も、男爵様が管理するで取引があったことを認められましたわね。こうして書面で頂けたことですし」


 何を当たり前のことを言っているんだ、そんな顔をする詐欺師たち。それとは対照的に、ギルドマスターは何かに気づいた表情。

 アントワネットは指を1本立てる。


「では、税の話に移りましょう。荘園内での建物の修繕を、荘園内で行い、その金銭の取引が荘園内で行われましたわ。これに税をかける権利が男爵様にあることは、王国法にて保証されております」


 そしてもう1本の指を立てた。


「また、荘園から貴族が所有する物品を持ち出したことも書面で認められております。荘園内からの財産の持ち出しにも、男爵様は税をかけられます」


 その2本の指をしなやかな仕草で畳みながら言った。


「そして、その税率は男爵様が自由に決めることが出来ますわ」


 詐欺師たちは青ざめる。

 つかつかと歩み寄るアントワネット。ずい、とその顔を近づけた。

 彼らにしか見えない表情は、一体どのようなものだったのか。男たちは腰を抜かし、芝にへたり込んだ。


「荘園内で貴族と取引をするならば、税についても記載された書面を事前に交わすのが常識なんですってね。勢いで騙そうなんてするから、脇が甘くなるのですわ」


 紙に羽ペンを走らせた男爵が、それをギルドマスターに渡す。


「マリアンヌ様を騙して甘い汁を吸おうなど不届き! 商取引税200%、関税として瓦の価値の500%で、500万ラインを請求するぞ!」


 おおよそ予定通りの額だが、頭にきた分の20万ラインが増やされていた。

 観衆たちから歓声が上がる。

 貴族と平民という構図以上に、悪役と被害者という構図で見られているからだ。


 ギルドマスターはしかめっ面で書類を受け取った。


「……債権の相殺で、260万ライン、ですか。きっちり回収します」


 ギルドが回収するといったら回収する。どんな手を使っても。

 すっかり色を失った詐欺師を覗き込みながら、アントワネットは言う。


「人を呪わば穴二つ。悪意には悪意が返される。常識でしてよ?」


 どの口が言っているのか。

 男たちはがっくりと項垂れ、ギルドマスターらに連れていかれた。



 その晩。

 アントワネットはマリアンヌと2人きりで食事をとっていた。

 男爵は政務が忙しいとかで、泣きながら執事に連れ去られている。


「そういえば、今回の騒動で忘れていたのですが……」


 マリアンヌがそう言いながら、1通の手紙を取り出した。


「元婚約者から手紙が来ていたんですよね」

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