第3話

 危険性をアピールしてすぐにでも工事をしなければと主張する男。

 ざっくりと口頭で伝えられた見積もりは、常識の範囲どころか、むしろ良心的なもののようだ。


「こちらから言い出した話なので、もちろんサービスはします」


 などと、にこにこ笑顔で言う。

 マリアンヌは承諾し、男は親方とやらを呼びに戻った。


「本当に、ちゃんとした職人の方なのではありませんか?」


 マリアンヌが半信半疑、といった様子でアントワネットに訊ねた。

 無理もない。

 マリアンヌからすれば、職人風の男もアントワネットも、等しく初対面の人間なのだ。どちらかと言えば、言動が不気味なアントワネットの方が怪しい。


 リフォーム詐欺の話を聞いて、ようやく半信半疑に落ち着いた、というところなのだ。


「そうだね。良心的な職人かもね」

「えぇ……どちらなのですか?」

「さっきしていた商慣習の話だけど、王都で開業している職人なら、ギルドに加入しているんだろう?」

「そうですね」


 ギルド。同業者組合のことである。

 不当な価格競争を避ける。仕事が競合しないように、あるいは逆に共同で仕事を受ける。職人の質を一定以上に保つ。利権を守る。

 などの目的のために結成された、同業者たちの集いだ。


 現代日本での組合などとは違い、領主に暴力的な交渉をしたりするなど、持っている力は非常に大きい。


「まず、きちんと組合に加入しているか確認しよう。組合に加入していない流れ者なら、修理させたあとに蹴っ飛ばして追い出せばいいのさ」


 アントワネットの主張は乱暴だが、グリーズデン王国においては真理でもある。

 なにせ、この屋敷は貴族のものなのだ。組合という後ろ盾もない平民が請求書を出したところで、無視できるくらいの力はある。


「先ほどの価格でしたらきちんと払いますよ……?」

「屋根が本当に壊れているかもわからないのに?」

「疑い過ぎです。アントワネットさんは心配性ですね」


 アントワネットは肩をすくめた。

 実際に詐欺に引っ掛かるまで、被害者の意識はこんなものだ。


 やがて職人風の男は、親方とやらを連れてきた。

 人相の悪い、筋骨たくましい男である。職人というよりは、盗賊の頭でもやっていそうな見た目だ。


「それじゃあ直しちまいますんでね」


 親方は返事も聞かずに屋根に登ると、ドンカンと音を立てて作業をする。


「すごい音ね。割れた瓦なんかはそちらで処分してくださるのかしら?」

「もちろんですよ」


 パラパラと瓦の破片が落ちてくる。

 響く音と瓦の落ち方からして、壊れていたものを外したのではなく、今まさに破壊をしているのではないか、という具合だ。

 マリアンヌは不安そうにきょろきょろし始めた。


 アントワネットは不快そうにまゆひそめる。


「嫌だわ。景観が台無しね。すぐにどけてもらえるかしら?」

「は、はい」


 男は麻袋に瓦の破片を詰めて、通りに置いた荷車に積んだ。

 やがて作業を終えた親方が降りてくる。


「ばっちり直しといたんでね。請求はそうだな……240万ラインってところですかね」


 ラインはグリーズデン王国の通貨だ。物価を単純に現代日本と比較することは出来ないが、しいて例えるのであれば、240万ラインは地方都市の庶民の年収に相当する。


「な、無茶苦茶です! 見積もりと全然違うではありませんか!」

「なんのことかわかりませんな。お前、ちゃんと伝えたよな?」

「ええ、もちろんです。うちは良い瓦を使って、良い職人が作業しますからね。これくらいになると言ったはずです」

「不当です。払いません」


「そうはいきませんよ、お嬢様。うちはちゃんと作業した。作業させたんなら、対価はきっちり払わないと。それが社会の常識ってもんです。それとも何か。俺らみたいなモンを馬鹿にして、タダでこき使っていいとでも思ってるんですかね。あぁ、やだやだ」

「そ、そんなつもりじゃ」


 案の定だ。作業が終わった瞬間に、言いたい放題。マリアンヌは狼狽うろたえる。

 おそらく、屋根の瓦は彼らが作業したと一目でわかるものに付け替えられているはずだ。裁判などになれば、マリアンヌが不利だろう。職人たちが瓦の修理をした、という事実は作られているのだから。


 ――こういうタイプね。


 アントワネットは笑った。


 詐欺師と法の関わり方には3種類ある。

 法を破り、司法から逃げ回る者。オレオレ詐欺などがこれだ。

 法を作る側であり、誰も罰せない者。同盟や条約を平然と破り、攻め込むような領主がわかりやすいかもしれない。

 そして最後に、法を悪用する者。目の前にいる詐欺師たちのように、法に引っ掛からないように小賢しく立ち回る者だ。


「その請求書はギルドから回って来るのかしら?」

「ええ。うちはちゃんとギルドに所属しているのでね」

「でしたら、お金のやり取りはギルドを通していたしましょう」

「言われなくても、そうさせてもらいますよ、ちゃーんとね」


 親方はいやらしい顔で笑った。

 詐欺の成功を確信したのか、上機嫌で引き上げる2人組。その背中を見送って、アントワネットは言う。


「大成功だね」

「何がですか!? どこが!?」

「ギルドを通してのお金のやり取りは、とりっぱぐれない。そうだろ?」

「そうですよ!!」


 ギルドからの請求を無視すれば、それはもう恐ろしいことになる。

 高額の請求が確定したマリアンヌは泣きそうになっていた。


「それじゃあ、こちらも請求書の準備をしなければいけないね」

「え?」


 マリアンヌは目を丸くした。

 アントワネットは面白がるふうに言う。


「ここは荘園なのだろう? そして君は荘園の管理を男爵から任されている者だ」

「え、ええ」

「荘園は、管理者が自由に税率を決められる。そうだろう?」

「あ」


 荘園は持ち主に税を納められる限りは、実質1つの領地のように振る舞える。

 王都内の不動産を荘園としている男爵家が、不当に税率をいじったことはない。ないだけで、不可能ではない。


「それじゃあ、彼らが荘園から持ち出した男爵家の屋根瓦と、この荘園で発生した商取引にかける税率を決めようじゃないか」


 後出しじゃんけんの詐欺的行為。

 だが、この場合もまた、法はそれを認めている。


「荘園は王の財産。それを管理している男爵家を舐めた真似して無事で済むわけがないって教えてやろうじゃないか」

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