暗黒騎士団の蹂躙:英雄フェルディナントの時代を超えた華麗な戦略

普門院 ひかる

第1話 リューネブルク会戦

 数日前。新入団員の部隊配置が発表された。

 

 神聖帝国の領邦であるシュワーベン公国の近衛騎士団は、各五百人で構成される第一騎士団から第五騎士団までの総勢二千五百人で構成される。番号が若いほど格が高いとされており、新入団員はまずは第五騎士団に配属されることが慣例だ。


 各騎士団は百人単位の中隊が五つで構成される。フェルディナント・エーリヒ・フォン・ツェーリンゲンは第五騎士団の第五中隊の隊長の任を拝命した。これは軍事学校主席という成績と男爵位を持っていることにも配慮された結果だろう。

 軍階級は少佐となった。下士官や尉官位をとばして、いきなり佐官位となったわけだ。かなりの厚遇であるが、これも今までの積み重ねの成果であろう。

 

「SSSランク冒険者で、フライブルグの英雄だか何だか知らないが、しょせんは辺境伯の庶子の成り上がりにすぎない」


 そんな悪口も聞こえてくるが、フェルディナントは気にしていない。軍隊は実力本位だ。それは、これからの実績で示せばすむ話だからだ。

 副官には、軍事学校でも彼の副官を務めたレギーナ・フォン・フライベルクが任官された。彼女は軍事畑の伯爵家の娘であり、フェルディナントが戦場で突撃する際にも、彼女ならば部隊をしっかりと指揮できると信じていた。彼女は、軍事畑の伯爵家の息女である。

 

 中隊は二十五人からなる小隊四つで構成される。各隊長は軍事学校時代の親友たちが任官された。彼らは軍曹である。これは本人たちがフェルディナントの指揮下に入りたいと熱望した結果だった。さらに、平民出身の親友たちは第一小隊の各伍長となった。

 

 冒険者時代のパーティメンバー、ホムンクルス三人娘たちは、第一小隊に集中的に配置された。このため、第一小隊は中隊の中でも飛び抜けて戦闘力の高い部隊となっている。

 カタリーナの入団はデュラハンが前代未聞だということで渋られたが、強引に押し切った。その裏には、将来的に冥界に棲むダークナイトを召喚し、戦闘に参加させたい思惑もあったためだ。

 

 第二から第四小隊の隊員も、多くが軍事学校時代の派閥メンバーが占めている。フェルディナントが面倒をみている武術系の食客からも、実力者が入団した。

 

 結果、近衛騎士団長はどの程度認識しているかわからないが、第五騎士団の第五中隊は、新人から構成される部隊としては異常に戦闘力の高い部隊となっているのであった。

 

 フェルディナントは、中隊のうち第一・第二小隊は歩兵、第三・第四小隊は騎馬部隊とするつもりだ。

 騎馬部隊は、現在全盛期の突撃槍ランスではなくて長槍ロングスピアと長弓を装備し、騎馬民族のように騎射の訓練もさせるつもりだ。慣熟したあかつきにはヨーロッパでは異色の部隊となる。その威力は驚異的なものに違いない。

 

 また、訓練で異色なのは、木剣ではなく、真剣を使用することだ。

 冒険者出身のフェルディナントとしては、多少の生傷などごく当たり前のことだった。仮に腕や足の一本を切断しても、フェルディナントやベアトリスならば治癒魔法で接合して治すこともできる。

 

 結果、訓練の中で即死しない程度に相手を痛めつけるのは当たり前になっていく。もともとの戦闘ポテンシャルが高いうえに、苛烈に訓練するフェルディナント中隊は、ますますその強さを高めていくのだった。






 神聖帝国現皇帝オットーⅣ世・フォン・ヴェルフ戴冠前。

 神聖帝国北部では、ケルン大司教からローマ王冠を戴冠されたホーエンシュタウフェン家のフィリップを支持する派閥と、ヴェルフ家のオットーを皇帝に推す派閥へ分裂しており、それぞれの派閥に属する諸侯が互いに争っていた。


 しかし、フィリップは個人的な怨恨えんこんが原因で暗殺されてしまう。これを機に、オットーはシュタウフェン家との関係を改善して同家のベアトリクスと結婚した。教皇インノケンティウスⅢ世の働きかけも受け、長く続く内戦に疲弊した諸侯たちは、フランクフルトで行われた皇帝選挙においてオットーを皇帝に選出し、その後オットーはサン・ピエトロ大聖堂で皇帝に戴冠された。


 実は、教皇はその裏で神聖帝国とシチリアの分離、中部イタリアにおける教皇権の回復を狙っていた。そのために経済的に貧しく支持者の少ないオットーを教会の傀儡かいらいにすることを考えたのである。

 

 その強引なオットーの即位にホーエンシュタウフェン家が反発したため、ホーエンシュタウフェン家とヴェルフ家の対立が再発し、帝国内は再び混乱し始めていた。


 シュワーベン公国近衛騎士団はホーエンシュタウフェン家の常設の軍隊であり、常にこの戦いの最前線に立たされていた。

 中でもフェルディナント・エーリヒ・フォン・ツェーリンゲンが属する第五騎士団は最も格下の騎士団であり、いいようにこき使われると予想された。しかし、考えようによっては、だからこそ武功を上げるチャンスにも恵まれていると前向きに考えることもできる。


 そして、いよいよフェルディナント中隊のデビューのときがきた。


 相手は、ザクセン公であるベルンハルト・フォン・アスカーニエンの軍一五〇〇だ。

 これに対してホーエンシュタウフェン軍は第四・第五騎士団一〇〇〇で当たる。人数的には不利であるが、自国の守りに加え方々にも気を配る必要があるため、これ以上の数を割くことは難しい。


 向かうザクセン公国は北部ドイツ地方一帯を版図としている。もともとザクセン人が住んでいたが、八世紀に神聖帝国の前身であるフランク王国のカール大帝により征服され、ザクセン公とされ今に至る。


 ホーエンシュタウフェン軍の第五騎士団長は、ゴットフリート・フォン・マイツェン子爵である。フェルディナントは中隊長就任時にあいさつへ行ったが、対応がとても冷たかった。

 

 これには裏がある。彼はシュワーベン大公の庶子で第五女のヴィオランテに求婚し、即座に断られた過去がある。おそらく将来的に騎士団長の地位でも狙ってのことと思量される。

 

 ヴィオランテはお忍びもせずに堂々とアウクスブルクの町をフェルディナントとデートしており、このことは周知の事実だった。このため、おそらくフェルディナントのことを恨んでいるのだろう。

 

 ヴィオランテは二〇歳のまさに結婚適齢期である。あちこちから求婚の申し出が来ているようだが、これをことごとく断っている。

 もちろんフェルディナントとの結婚を念頭に入れてのことだろうが、あまり義理立てされて婚期をのがすようなことになったら、と思うとフェルディナントは少々気が重かった。


 そんなこともあってか、マイツェン団長は、輜重の輸送などの兵站線の確保を、無責任にも各中隊に丸投げしてきた。これは本来、騎士団長の責任で行われるものだ。他の中隊は割を食ってしまったのである。


 しかし、フェルディナントは全く困っていなかった。実はマジックバッグを改良して、一〇〇人分の輜重も余裕で入る容量に改良していたからである。このことは一種の軍事機密でもあるので秘してある。


 他の中隊の兵站については、かわいそうなので、まとめてタンバヤ商会で請け負ってやった。これはフェルディナント中隊のダミーにもなるので一石二鳥である。

 タンバヤ商会で手配した輜重部隊には、戦闘に手練れの者を選んである。いざというときは、彼らも戦力として計算へ入れられるようにしたのだ。


 タンバヤ商会は、フェルディナントが五歳のときに設立した商会で、転生前の科学・経営学の知識を駆使して、彼の発明品を中心に売りさばいて荒稼ぎしていた。発明技術は独自の特許制度を通じて公開しており、社会的支持も得ているところである。彼は、企業経営者としても一流なのだった。


 フェルディナント中隊は、今回は最右翼に配置されると事前通告があったので、機動性を重視して全員が騎馬である。馬匹はもちろんバイコーンだ。ユニコーンと対をなすバイコーンは不純を司る馬で、頭に悪魔のような2本の湾曲した角を生やしている。漆黒の毛並みをしており、農耕馬のように筋肉質で頑丈そうな体格をしている。極めて獰猛どうもうで、力強く、勇敢で、相手が巨大な魔獣であろうと恐れずに向かっていく性格をしている。


黒の森シュバルツバルトの奥地で捕らえたものを飼い慣らした」


 当初、バイコーンについて怪しまれたが、この主張で押し通した。バイコーンを実際に見たことのある者などまずいないので、あながち無理な主張ではないだろう。


 バイコーンは冥界の生物なので魔力を活動源としており、飼料が不要という大きなメリットがあるが、これも軍事機密である。

 魔力不足に備えて、馬具には魔力を充填じゅうてんした魔石が取り付けてある。これにはかなりの出費を要したが、今後使い回せるので気にはしていない。

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