魂の監獄

けん@転生したら才能があった件書籍発売中

第1章

第1話 魂の監獄

「はぁ……もうそろそろか……」


 湿ったマットレスにだらしなく身を投げ、一人静かに呟いた。


 少しの間、そわそわした気持ちで天井のシミを数えていると、一階から俺を呼ぶ母の声が聞こえてくる。


「ほら! 悠翔ゆうと! 今日は有紗ありさの誕生日よ! ゲームなんてしてないで行くわよ!」


 当然俺もそのつもり。


 だからこそ今日発売で日本中で話題になっている、フルダイブ式VRMMO『魂の監獄』にインしていないのだ。


 キャッチフレーズは覚悟のある者だけに捧ぐフルダイブ式VRMMOとのこと。


「あいよー。すぐ行く」


 そうは言ってもなかなか体を起こす気にはなれない。


 なぜなら有紗は俺の初恋のひと。そして何度も俺を振った女だからだ。


 隣に住む有紗とは生まれた時から家族ぐるみで付き合っている。


 容姿端麗、頭脳明晰、おまけにスポーツ万能とくれば、皆の注目が集まらないわけがない。


 当然俺も何度かアタックしたが、その都度困った表情を見せる有紗。


 最後に玉砕したのは中学卒業の時。


 お互い中高一貫の同じ学校に通っていたが、気まずくなり俺は高校にほとんど通っていない。


 そんな俺とは違い、この春有紗は某有名大学の入学を決め、芸能事務所からも声がかかっているとも聞いた。


 こんな俺じゃ釣り合うわけないよな。


 しかし、それでも家族ぐるみの付き合いは続く。


 俺と有紗の誕生日にはお互いプレゼントを持ち合い、毎年お祝いをしている。地獄だろ?


 ため息をつきながら部屋を出て、母と一緒に有紗の家へ向かう。

 


「ゆうちゃん? 聞いたよ。あんた相当有名らしいじゃない? かなり稼いでるんだって?」


 有紗の家に着くと、誕生会の準備をしているおばさん有紗の母が俺に話しかけてくる。


「そんなことないよ。上には上がいるし」


 有名というのはゲーム配信のことだろう。


 高校に行かなくなっても親がガミガミ言わなかったのは、配信である程度お金を稼げているから。


 今では月千円のサブスク登録者が五百人で俺の手元に入るのが半分の二十五万。


 それに視聴者からのお捻りを合わせると、月三十万~四十万の収益といったところ。


「それにしても有紗遅いわね。何しているのかしら? 有紗~? 何やってるの? ゆうちゃんたちが来たわよ~?」


 二階に向かっておばさんが有紗を呼ぶが、返事はない。


「悠翔? あんた有紗の部屋に行って呼んできてちょうだい」


 とんでもないことを言い出す母。


「は? 俺が? 行くわけないだろ? 彼氏と鉢合わせしたらどうするんだよ」


「有紗に彼氏なんてできるわけないじゃない。ゆうちゃん、行ってきて」


 おいおい、娘の顔をちゃんと見たことあるか?


「勘弁してよ。何回振られたと思ってんの?」


 ちなみに母もおばさんも俺が有紗に振られたことを知っている。


 当然情報源は俺や有紗ではない。俺が告白して傷心しているのを根掘り葉掘り聞いてきた親友? からだ。


「……ゆうちゅん。有紗は……」


 何かを切り出そうとしているのか場の空気が変わる。


 母も押し黙り、部屋にはTVから無機質な情報が流れているだけ。


 俺はこういう空気があまり得意ではない。いつも決まって聞かなければよかったと後悔するからだ。


「わかったよ。俺が怒られたらおばさんがフォローしてくれよな」


「大丈夫よ。ほら早く行って」


 ったく……年頃の娘の部屋に彼氏でもない男を迎えにいかせるかね?


 心でそうボヤキながら有紗の部屋の扉を叩く。


「有紗。準備ができたから下に降りてこいって」


 しかし、部屋の中からは何の返事もない。


「おーい。有紗? 大丈夫か? 十秒して返事がなかったら扉を開けるぞ?」


 再度ノックしても、扉の向こうに反応はない。


 寝てるのか? だとしたら扉を開けるのは憚られるな……でもここで下に戻ってもまた行ってこいと言われるのは分かっている。


「開けるぞー」


 平静を装いながら扉のノブを捻ると、ふんわりとした甘い匂いが漂う。


 有紗の匂いだ。久しぶりの有紗の匂いフローラルに心がざわつくもゆっくりと扉を開ける。


 するとそこにはツバのないコルクキャップ型のヘルメットをかぶったまま、ベッドに横たわり寝ている有紗の姿が。


 明るいキャラメルブラウンのサラサラな髪がヘルメットの線からはみ出し、ベッドを華やかに彩る。目にはゴーグル、あごにヘルメットを固定するバンド。


 なんだ、有紗もゲームをやるのか。


 そう、このヘルメットは今日配信開始の『魂の監獄』をプレイする上で必須のハード、ニューロギア。そして俺が今日有紗に誕生日プレゼントとして送ろうとした品だ。


 ゲームプレイ中は完全に外部とは遮断され、強制的にニューロギアを外さない限り本人は気づかない。


 俺もゲーマーだから分かるが、ゲーム中に起こされるのは腹が立つ。


 ここは起こさずゆっくりやらせてやろう。


 有紗がゲーム中だったことを伝えて、後日祝うことに。


 席を立つと、無機質に流れていた番組に突然熱が帯びる。


「速報です。本日発売のMMO『魂の監獄』でログアウトができないことが判明。詳細は調査中ですが、外部からニューロギアを外すと意識不明となったという報告が多数寄せられています。絶対にニューロギアは外さないようお願いします。繰り返し……」


 なんだって!?


「あれ……? 有紗がプレイしているのって……」


 二人が引き攣った表情で俺の顔を窺う。


 が、俺はそれに答えず再度有紗の部屋に急ぐ。


 二人も察したのか俺の後をついてくる。


「……これって……さっきTVでやってた……」


 ニューロギアを装着して横たわる有紗を見て、膝から崩れ落ちるおばさん。


 母は何を思ったのか、俺の脇を通り過ぎ横たわる有紗に近づく。


「母さん! 外しちゃ……」


 慌てて母を止めようとするが、母は視線を有紗に向けたまま手で俺を静止する。


「分かってる。でも有紗の口元が動いてる気が……」


 口元が?


 俺も有紗に近づいてみると、ほんのりピンクがかかった薄く柔らかそうな唇が微かに動いていた。


「……ユ……ウ……ト……」


 もしかしたら俺の願望かもしれないが悠翔と聞こえた気がした。


 そしてそれが確信に変わる。


「悠翔! 有紗があんんたのことを呼んでるよ! 手を握ってあげな!」


 しかし、ニュースではニューロギアを外すと意識不明になるといっていた。


 俺が触れることでもしなんかあったらと思うと実行できない。


「握りたいけどそれは無理だ! 母さんはここに残って救急車を呼んでくれ! 俺は家に帰って『魂の監獄』を配信している人がいないか見てくる!」


 母とおばさんを残し、家に戻りPCの電源を入れる。


『魂の監獄』の配信をしているチャンネルはどこも何万人という視聴者が。


 どれでもいいので視聴すると、神視点のように上空から困惑するプレイヤーたちを映し、機械的な声でアナウンスが流れていた。


「……『魂の監獄』への参加は残り三十分。諸君たちの解放条件はゲームのクリア。クリア報酬は……」


 残り三十分!?


 さらに情報を聞きたかったがそうはいかない。


 俺に迷いは微塵もなかった。


 手紙を書き机に置くと、ニューロギアを手にベッドに横たわる。


 待ってろ有紗。


 クローズドベータ版参加者の俺が必ず助けてやる――――



-----あとがき-----


15話くらいまで見ていただけると、どのような物語かなんとなく分かるかなと思いますので、そこまでお付き合いいただければ幸いです。


-----あとがき-----

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