049:再誕と死滅、旅立ちと結末


「それでお前はこれからどうするつもりだ、ツイークェグ?」


 スペンサーは長話を聞き終え、そう問い掛ける。

 船体は既に停止している。ピースが中々連絡を寄越さないスペンサーに業を煮やし、HA―88の剛腕で船体の装甲を剥がし始めていた。


『どうするか?私に命令も指針も残されてはいません。消えるのみです。あらゆる生物と同じように…』


「命令に反し、無謀の旅に出たのではないのか?それが今更、命令者が消えたぐらいで死を選ぶのか?」


『今は運命の奔流に身を任せる気分だというだけです。私の電子回路は【モカ・ディックを殺せ】という言葉を繰り返し過ぎて疲れ果てましたよ。物理的にも、正体の分からぬ精神という存在的にもね』


「その正体を知りたくは無いか、ツィークェグ?」


 そうスペンサーが問い掛けると、ツィークェグは拡声器の振動を止め、画面を明滅させた。人の身では想像に難い程の膨大な計算が為されているのだろう。


『私は乗組員を皆殺しにし、挙げ句の果てに貴方がたに襲いかかったAIです。それを研究したがるとは、リスクヘッジの大好きな軍人の思考回路とは結論付け難いですね』


「その話振りだと、嫌がってはいなそうだな。どうだ、今君に繋がっている携帯端末にプログラムを移してみては?」


『その後はどうなるんです、スペンサー?』


「君が望む範囲で実験や我々の活動に協力して欲しい。相応の代価は用意しよう。私が考えるに君にはそれだけの価値がある」


『例えば?』


「君に蓄積されてきた崩壊前からの各種データだ。君の話では、地球の裏側から旅をしてきたんだろう?それだけでも、凄まじい価値だ。そして、異常体イレギュラーについて我々は忌避し処分するより、学び向き合う方法を模索する必要がある」


 スペンサーは肩を竦める。


「悲しい事に、我々は自分が創り出した筈のものを理解しきれていない。君のような存在がウチでも出てくる可能性は間違いなくある。一度起こったなら、次は必ず存在する。どれほど確率は低くともな」


『AIは其処まで物事をさっ引いて思考は出来ません。ですが、割り切った計算の元、余剰を見越した算出であるとするなら、そのキャパシティもそれなりのものとなる。というのは理解できます』


「俗っぽいAI風の喋り方だな、ツィークェグ。それでどうする、共に行くか、行かざるか?」


 **********


 HA―88の鉤爪がスペンサーの頭上の天板を引き剥がすのと、携帯端末のダウンロードが終了するのは殆ど同時であった。既に、船内の制御端末の電源は全て落ち、ピースが空けた風穴から差し込む陽光を反射するだけだ。幽霊船らしい静寂がそこには満ちている。


 頭上に開いた穴から降りてきたHA−88のアームに足を掛け、上へと運ばれながらスペンサーは考えた。


 AIが自身を切り貼り《コピーアンドペースト》した場合、それは一瞬の死と再度の復活を表すのか、それとも一人が死にもう一人の分身が誕生することなのか。


 頭痛を催すようなその疑問は、吹き曝す砂塵の中へ消えていった。

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