023:英雄像


 牽引されるHA−88の後を追いながら、ピースは初めて出逢った年下の少年に対して気さくに話しかけた。


「スペンサー少佐は随分と人気があるみたいだけど、どうしてなんです?」


 それに対し、キングは朗らかに返答した。その口調はいつの間にかフランクなものへと変わっていた。


「彼女は篝火のような人っすよ。少しばかり詩的に過ぎるかもしれないけど、僕はいつもそう思っています」


「答えになってませんね」


「要は道標みちしるべになってくれるという話です。例え、それが死地に向かう道であろうと、彼女はそれが最もマシであるように見せかけてしまえる。本当は誰もが引き返すべきだと理解出来るはずにも関わらず」


「褒めているようでは無いですね」


「そんなことはないっすよ。実際、少佐の指揮した部隊はどれも一定の成果を上げてます。命を落としたものは少なからずいますがね。しかし、どれも妥当と言うべき犠牲で収まってる。偏見を差っ引けるだけ差っ引いても、そう思えてしまう。其処がまた不思議でもあるんですが…」


 キングは言葉を濁らせ、鼻で笑って見せた。


「まあ、なんだっていいっすよ。僕以外の人間に聞けば全く別の答えが返ってくるでしょうからね。評価なんて相対的なものって話っす」


 キングは肩を竦め、ピースへ話を進める。使い込まれた手のひらを広げて見せる。


「そんなことより、貴方の事を教えて下さいよ。見ての通り、僕は礼服に着られているだけの整備兵。ですが、だからこそ分かるんです。あのHA−88は唯の工業用NAWではないとね」


 話を逸らすためのあからさまな御世辞。少佐の話題は時に地雷を抱えている。深掘りするのは得策でないと思えた。


 そして、この思惑は非常に上手くいった。


 ピースはこの手の御世辞に不慣れだったのである。

 自分自身をどうのこうのと誉められるより、愛機であるHAPPYについて質問される方が嬉しいというピュアな一面。


 即ち、彼女は古の言葉で言う所の厄介なオタク気質なのであった。


「分かりますか?最高にイカしたデザインをしているでしょう?なんと、昨晩はあのGA900との遭遇戦を潜り抜けたんですよ。ラリアットで上半身と下半身を分断してやりました」


 そこから先は、ピースのマシンガントークだ。


 キングは少しばかり後悔した。


                ☢️


 HA−88のコンテナの中身を確認した整備兵の一人が言った。


「なあ、此奴は…」


 彼は目深に被ったワークキャップを上へとずらして眼下を見下ろす。


 薄暗いコンテナの中には三枚のT―96の装甲とGA900の油圧ケーブルが大将首の様に転がっている。おまけに、荒々しい戦闘の傷痕が残されている。


 もう一人のジャケット姿の整備兵が覗き込み、言葉にならない笑い声を上げる。


「全くもって信じ難いな。神の姿が空飛ぶミートボールだと言われる方が、余程、現実味がある」


「第四世代の、それも工業用NAW一機でやってのけたなんぞ誰が信じる?」


「だが、物証があるからな…少佐は褒賞がどうのこうのと仰っていたが、コレを見せられると、あの人の言わんとする事はよく分かる。古の鉄十字章すら生温なまぬるいだろうさ」


 ワークキャップを被り直しながら、整備兵は溜息をついた。


「しかし、基地内から不満はそれなりに出る筈だ。コレがT−96の前部装甲、GA900の油圧ケーブルだと分かる奴は整備兵だけ。おまけに機動部隊の連中は、このTー96に大切な戦友をやられてる。面目は丸潰れだ。連中の憤懣が何処に矛先を向けるかなんて分かりきってる」


 ジャケット姿の整備兵は悲しげに肩を竦める。


「コイツの操縦手のお嬢ちゃんだろう?」


「そういう事だ…」


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