第一章:闘争と逃避
Prologue:闘え、そして問え、何故なのか
見渡す限りの廃墟の群れ。その狭間に十字を刻む大交差点。
かつて信号機だったものは錆びて崩れ落ち、アスファルトはひび割れている。辺りには高濃度の化学物質と放射性物が滞留し、草木の一本も生えてはいない。
文明の残した功罪が入り乱れ、静寂が満ちる中。それを切り裂くように、強烈な駆動音が鳴り響いている。
十字路にて対峙する四機の人型汎用機体、NAWがその音の発生源だ。三機が一機を包囲している。その間には、これ以上なく剣呑とした雰囲気が立ち込めている。
包囲されている一機は、黄土色の無骨な機体だ。
HA-88型。
メジャーな工業用NAW。体高18m。四角錐台型の胴体。背部に増設された装甲コンテナと装備ラック。それらを支える四脚は太く強靭で、不恰好な増加装甲が施されている。
排気口からは絶え間ない白煙が立ち上り、屈折された四脚には爆発的な油圧が溜め込まれている。そして、両手に配された工業用の鉄筋パンチャーと回転鋸は力強くアイドリングし、その出番を無愛想に待ち受けていた。
胴体には、一世紀以上前にブームが過ぎ去ったスマイリーマークが笑っている。
その普遍の微笑みは不敵だった。
自身を取り囲み銃口を向ける三機の軍用NAWを、嘲っている様にも、友好の握手を差し出そうとしている様にも見えた。
それに対し、包囲を敷く三機の軍用NAW。
崩壊前の傑作機であるT-98は、馬鹿げた塗装のHA- 88とは対象的な外見をしている。
体高は少し低く、16m程。流線的な楕円形のボディ。スプリングが剥き出しの細身の二脚。右手に握られるのは対NAW用50mmライフル。左手に接合されているのは
緊張を破る様に、T-96の一機がオープン無線を発した。
「間抜けなHA−88のパイロットに告ぐ。直ちにエンジンを停止し、検閲に応じろ。さもなくば、鉄屑に変えてから検閲することになる」
安全装置が外れる音が響く。ライフルのスライドが駆動し、薬室に弾丸が送り込まれる。五十口径の黒い真円がHA-88の普遍の快笑を覗きこむ。
「賢明な判断を期待する」
そう付け加え、T-96の一機がHA-88へ真っ向から近づいていく。
その動きには奢りは見受けられず、HA-88の背後を取る残りの二台も安定感のある姿勢制御でライフルを構えている。
対して、HA-88は四脚を屈伸させ、低姿勢を取った。それはエンジン停止の前触れのように見える。
「あーあー、此方・・・操縦手のピース・ランバート。この機体の愛称はHAPPY。栄えあるコーザ=アストラの兵士方々が、貧相な鉄屑漁りと工業用NAWに何の用があるって言うんですか?」
朗らかな少女の声。無邪気さと楽し気な雰囲気は何処までも場違いだ。
世界はとうの昔に崩壊し、破壊と汚染が人類を分断しているにもかかわらず、その声は70年代のハリウッド通りをほっつき歩く少女のようだった。
「御託はいい、さっさとエンジンを落とせ」
「まあまあ、こっちは第四世代型なもので
ピースは言葉の節々を跳ね散らかしながら、話を逸らす。
「それで、そんなに血相を変えてどうしたんです?まだ使える分裂炉でも探してるんですか?」
T-96の無線に大きな溜息とノイズが走る。
「オーケー、いいだろう。検閲の前に尋問と行こうか、間抜け女。ここらで、赤い菱形六面体のエンブレムを付けたNAWを目にしなかったか?」
嫌に耳障りな声で其奴は言い含めた。
「片碗が吹き飛び、右足の関節にガタがきてる奴だ。我々はそいつを追ってる。そのNAWに乗ってる女をな」
「へえ、それはご苦労なことで。私みたいな奴に関係があるとは毛頭思えませんが…」
大層感心した様にそう言った後、ピースは実に中身の無い返答をした。その言葉の節々には悪意が滲み出ていた。
「そうそう、カンパリという酒精強化ワインをご存知ですか?瓦礫の中に埋まっているなら掘り起こしたいのですが、中々見つかるものでも無いんですよ。まあこんな世情じゃ、糞の方が火薬の原料になる分、役に立つだろうという程度の情報ですが…いつか役に立つ耳寄り情報なのでは無いでしょうか?」
T-96の操縦手達は、律儀に最後までピースの戯言を聞いた。欠片でも答えが隠されているのではと神経を尖らせた。
だが、一切が与太話。時間の無駄である。
目の前のHA-88は、未だそのけたたましいエンジン音を響かせている。それが鳴り止む気配はなく、その操縦手の口が閉じることも無いことは容易に想像できた。
彼らは不可避的に、一様に、彼等は酷い困惑と憤りを覚えた。とうとうT-96の操縦手は痺れを切らし、叫んだ。
「おい、エンジンはまだ止まらないのか?お前の冷却装置はどうなってる!?」
だが、その怒りに満ちた叫びは唐突にぶつ切れる。HA-88が一方的に無線を切ったのだ。そして、次の瞬間に事態は急変する。
HA-88の排気口から白煙が噴き上がった。
屈折された四脚が地を蹴り、はちきれんばかりの油圧を開放する。ハエトリグモの如く、巨体が前方に跳ね飛んだ。何の捻りもない体当たりを繰り出した。
数瞬前まで会話していたT-96へ突貫するHA-88。
T-96の構えるライフルの引き金は一度だけ引かれたが、虚しく分厚い装甲に弾かれる。そして、その数千倍の質量の鋼鉄の塊がT-96へと突き刺さる。
高機動の為に限界まで削られた装甲では耐えることは叶わない。文字通りの轢殺。十メートル近く空を舞うT-96の残骸。
急進するHA-88は四脚の前足で急ブレーキをかける。鋼鉄の爪がアスファルトを砕き、砂煙が上がる。跳ねられた残骸が背後へと落下する。HA−88が先程まで膝を曲げていたその場所に、残りの二機が佇む正面に。
想定外の速度と威力による不意打ち。全く持って完璧だった。それでも彼らは良く訓練し、場数を踏んだ兵士だった。反応は素早かった。命令無しに、状況判断を下す。彼等は粉塵の中に向け、ライフルを斉射した。
曳光弾の軌跡が粉塵を切り裂き、射線上の全てを貫かんと飛び交う。幾つかの閃光が弾け飛び、装甲への着弾を確認出来た。
斉射が終わるその瞬間、空気を掻き毟る様な放電音が鳴り響く。
次の瞬間、黒い一筋の線が走る。粉塵を撃ち晴らす程の高速。
それは寸分違わず、T-96の肩口を貫いた。右肩の関節を跡形もなく吹き飛ばし、背後の廃ビルへと突き立った。
被弾していないT-96の複眼が射出体の正体を捉える。
コンクリに突き立つ長さ2m強の金属棒。それは8ゲージの鉄筋だった。高層建築の梁やコンクリートの芯に用いられる極太の鋼の杭だ。
そして、次に顔を覗かせたのは、無傷のHA-88の微笑み。
左手には青白い空中放電を撒き散らす鉄筋パンチャーが見える。明らかに電磁気による加速装置が増設されている。
有り体に言えば、レールガン。建設用機材の域を越えている。
重厚な四脚が交互に屈折し、前進を始めるHA-88。撃ち込まれるライフル弾をものともせず、返礼として鉄筋パンチャーを撃ち込む。進路をずらさず、ただ距離を詰める。
既にT-96との距離は20mもない。
右腕を破壊されたT-96は左腕のブレードを構える。尋常ではない鋭さ、装甲を抉り取るナイフとして開発された代物だ。工業用NAWの装甲など無いに等しい。
もう一機の射線を遮らぬ様、横へと跳ぶ。硬質スプリングが着地の衝撃を吸収し、再び解き放つ。連続で跳躍し、不規則な軌道を描く。鉄筋パンチャーの照準を絞らせない。
僚機の銃撃に援護されながら、標的へと肉薄し、ブレードを袈裟に振り下ろす。
決死の斬撃。それをHA-88は頭上に押し上げた回転鋸で打ち払う。
耳をつんざく金切り音と飛び散る火花。
抉り取れた鋸の金属片が回転によって弾け飛んだ。一方で、炭素鋼ブレードには欠片程の刃毀れだけで済んでいる。
斬り合う両者の間に入れ込むように、ライフルの弾丸が通り抜ける。
先ほどとは打って変わり、射撃はセミオートに切り替えられ、狙いはより精密となった。的確に、HA-88の関節部や排気口を狙っている。
片腕のT-96は飛び、跳ね。距離を詰め、切付け、間合いを空ける。
それを繰り返す。鈍重な回転鋸を掻い潜るなど、熟達した兵士にはそう難しい事ではない。拮抗の中で、ブレードがHA−88の装甲を少しずつ削り取り、ライフル弾が関節部に施されたケブラーとアクリルアミドの防護に穴を穿っていく。
HA-88は
機体の右脇を鉄筋が通り抜けた。黒い一筋の線が走った。機体には掠りもせず、背後のコンクリ塊に突き立つ音が鳴る。
そこで、ライフルを構えたT-96のパイロットは違和感に気付く。
鉄筋が飛翔した後に残された軌跡。それは残像ではなく、一本の炭素鋼ワイヤ。鉄筋に括り付けられ、HA-88の背部のウィンチへとつながっている。
その脅威を無線で仲間へと伝えようとした。
だが、間に合わない。スプリングへと力を溜め込む、その一瞬の隙を狙った一手。ウィンチが軋みを上げ、急激に巻き取りを始める。それに合わせ、横薙ぎに振るわれる鉄筋パンチャー。
コンクリ塊を巻き込んだままワイヤはうねり、T-96へと巻きつく。関節部へ食い込む様に巻き付くワイヤは、T-96の動きを完璧に制限し、なお止まらない。更にウィンチが巻きあげられ、ワイヤは更に関節へ食い込み、軋みを上げる。異常な勢い、圧倒的な馬力。関節部が限界を迎える。T-96の胴体が引きちぎれる。
体長15mの鋼鉄の巨人が、合成肉のソーセージのように砕け散った。
惨憺たるその光景にHA-88はひたすらに薄ら笑いを浮かべ、ワイヤを切り離す。そして、最後の一機へと鉄筋パンチャーの射出口を向けた。
既にレール上に鉄筋は送り込まれている。コンデンサに電力は溜まり切っている。後は、それを解き放つだけだ。この距離で、その弾速に対応するのは不可能に近い。眼前で、その駆動に目を凝らしても、隻腕のT-96は砕け散ったのである。
最後の一機となったT-96は意を決した。決断的にライフルを構えた。狙いは一点。先ほどまでの攻防で削れた装甲の合間。其処なら貫ける。そう信じる他なかった。
二機の間には、化学物質や放射能に侵された空気より、ひどいナニカが滞留している。緊張感。或いは悪意か咽ぶような闘争への渇望か。吐き気を催すほどに濃密なソレを振り払うように、突如として無線が繋がった。
「あーあー、聞こえる?一つだけ、教えてくれない?」
先ほどと何ら変わらない朗らかな声。安息日の善き聖人の如き調子でピースは聞いた。
「一体全体、何処に闘う必要があったんだろう?」
余りにも唐突な質問。矛盾の塊のような内容。闘いの火蓋を切ったのは間違いなくピースの方だった。そいつが、白々しく何故だろうと聞いてきたのだ。
T-96の操縦手は言葉にならない憤怒を覚える。
余りにも、理不尽だ。
仕事を果たそうとしているだけの人間に、ボルトの緩んだ看板が落下してくるようなもの。
ただの理不尽だ。分かるか、糞みたいな理不尽だ。
今度は自分の番だ。目にモノを見せてやる。そう考えた。
そして、一言も発さず、引き金を引いた。有無を言わさず、ぶっ放した。
しかし、撃鉄が50mm弾の雷管を叩くその前に、一本の鉄筋がT-96の胴体を貫く。コックピットのディスプレイを打ち砕き、操縦手の脳天を消し飛ばす。
走馬灯の中、彼は気付く。引き金を引くことを決意するのが遅すぎたのだ。理不尽に憤る暇などなかったのだ。対峙したあの女には躊躇も葛藤も義憤も怒りも無い。それだけだ。
そのことに気付き、操縦手は頭を吹き飛ばされ、T-96は丸い風穴と共に無残に立ち尽くす。
呆気ない幕切れに、HA-88は困った様に脚や腕の関節を屈伸させた。ひしゃげ、倒れ込み、佇む3台のT-96を前に、これ見よがしに動作確認を披露した。
そして、ゴミを漁ることに支障がない事を知ると、その丸鋸で3台の胸からエンブレムを剥ぎ取った。それから背部のキャニスターを周囲の部品ごと切り取ると、全てを背部コンテナへと放り込む。
そして、仕事は終わりとばかりに踵を返し、四脚を屈折させ廃墟の中へと歩を進めた。
まるで何事もなかったという様に。
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