クロノスタシス・ランデブー

@shimotuki_1407

第1話 朝顔の種

 ふと、娘が朝顔を育てていたことを思い出した。二年前、夏休みの宿題だから、とプランターを学校から連れてきて。普段ゲームに明け暮れる娘の直向きな表情が珍しくて、愛おしかった。

 朝顔の種には毒がある。今朝、ゴミ出しにいく途中に話した石井さんが言っていた。よく子供に持たせるわね、と。確かに、ふざけて食べてしまう子なんて少なくないだろうに。

 そう思うと、世界は危険でいっぱいだ。ツツジの花も本当は危ない、だとか。子供の頃はよく蜜を吸ったものだけど、大人になると、よく道端の花に口をつけていたなと思う。

 娘は、きらきらに咲かせた朝顔を連れて元気に登校した、と妻は泣きながら話した。かつての通学路はもう隣町だが、今でも鮮明に思い出せる。コンクリートの上に、横断歩道の白と黒とその上に、無いはずの土が、玄関に溢れていた土が散乱している。ツヤツヤとした青いプランターが日光を反射して、まるで一生懸命に輝いて。朝顔は地に打ち付けられ、轢かれて千切れて、横たわって。見ることさえ叶わなかった赤い景色が、なぜか脳裏に焼き付いて離れない。

 思えば、昔から母に想像力が豊かだなんて言われて育った。豊かさは、必ずしも幸福を導くわけじゃないなんて、残酷な。

 娘が旅立った日から、幾日たった日。それが翌日なのか、一週間後なのか、正直定かじゃないが、ふと朝顔の花言葉を調べた。可愛らしいものが並ぶなか、目に留まった。私はあなたに絡みつく。

 今も絡みつかれる。朝顔の細い蔦がびっしり肌を伝う。指々の間隙、爪の奥にまで入り込んで離れない。いつの間にか血管に成り変わりさえする、そんな嫌な運命が透けて見える、気がする。

 何をするにも、その生き生きとした緑が離れない。生命力に溢れ、いっそ毒々しいまでの緑。

 自動ドアが開く。歓迎されているみたいで、苦手だ。この場所の自動ドアばかりは。

 「佐々木 亮輔様ですね。確認して参りますので少々お待ちください」

 すぐ後ろに並ぶソファの一つに深く腰かける。何をするともなく、看護師さんの帽子を、不図、目で追ってしまった。

 名前が呼ばれる。奈々子、妻の元へ、気持ちばかりが急いてしまう。抜け殻の身体で、一生懸命に向かった。

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