第3話 僕の家

 日が暮れる前に家に戻った。意味なくバカでかい家を家政婦も雇わず一人で管理している母が出迎える。優子の白いカーディガンじゃなくて、黒いカーディガンを着た母は、今日も葬式にいるみたいに見える。


「お帰りなさい。」


「今日、お父さん遅いの?」


「ええ。」


「そ。」


 僕は当たり前みたいに母に荷物を渡してリビングに行くと、すでに夕食の用意ができていた。


「先にご飯食べていいの?」


 二階の僕の部屋に荷物を置きにいった母に聞こえるよう大きな声で言った。


「ええ。遅くなるから博人は先に食べるようにって。」


 僕の分だけ用意された肉じゃがにご飯、お味噌汁、ほうれん草のお浸し。父が好む和食だ。恐らく今日、父は食べないだろうに。母はリビングに戻って来て言った。


「博人、お父さんの言いつけは守ってね。」


「わかってるよ。」


 僕は外食をしたことがない、ことになっている。実際は学校の連中とつるんで学校をさぼっていったり、塾に行くふりをして優子のご飯を食べたことがあるが。お金はたくさん与えられているし。抜け穴なんてたくさんある。父が僕に課したことは、僕にとってはとても簡単だった。常に上位の成績をとり、病院の後を継ぐこと。それだけで、スケジュールは管理しているようだが穴だらけだ。なにせ現段階で、東大医学部はA判定だ。父はすっかり満足している。さっさと食べて、自室に戻るに限る。黙々と食べる僕の後ろで母はせっせと掃除をしてる。一人じゃ一日かけても終わらないこの家の掃除を。小さい頃からずっと。まるで奴隷のようだ。僕は肉じゃがをかみ砕いた。ジャガイモは中まで汁が染みてなかった。料理は優子の方が圧倒的にうまかった。そして、僕の方が圧倒的に下手だ。そのことを優子に出会って知った。できないことがたくさんあることを優子に出会って知った。


 大量に残したご飯を、母は父に見つからないようにきっちり片付けるだろう。僕はさっさと自室に戻り、悠馬の名義で借りてもらっているスマホで電話をかけた。悠馬から聞いた、イタコとやらの番号に。何コールかめで、でた相手はしゃがれた声の婆さんだった。


「何だい?」


「あの、僕は原田と言います。貴方が、死者を降ろせるというのは本当ですか?」


「原田博人。あんた、原田病院の院長の息子かい。」


 僕はひゅっと息を呑んだ。自分の言ったことを思い返す。まだ、フルネームは名乗ってないはずだ。


「信じられない奴にはこうするのが一番だからねぇ。」


 ひゃっひゃっと下衆な笑い声がスピーカーから聞こえてくる。いや、まだわからない。悠馬から何か連絡を受けている可能性だってある。


「信じるも信じないも最終的にはそちら側の判断だがね。ただまあ、この番号はなんだかんだ、必要な人にしか届かないもんさ。」


「…そういうのが色々見えるんなら、僕が誰のことを降ろしてほしいかもわかりますか?」


「さあね。声から見える限りでは、あんたに憑りついているような奴はおらんように思えるが。」


 そこまで答えられないことが逆にイタコとやらの不思議な力への信ぴょう性が上がった。もし、先に情報を聞いているのなら、自殺した高校生がいることの方がすぐにわかりそうだ。どちらにしても、こんな胡散臭いものにしか、頼るしか道はない。


「どうしても話がしたい人がいるんです。」


「いいよ。その子の名前と写真を持ってきな。あと30万だ。」


「え?」


「用意できないなら受け付けんよ。」


「いや、思ったよりも安いなと。」


 僕の貯金は既に1千万円を超えていた。特に使うこともないから。


「30万を安いと思うかい。まあいい。いつにする?」


 僕は今週の土曜日でお願いした。塾の日だからさぼりやすい。土曜日はテストもない。場所をメモして、電話を切った。イタコ、なんてわけのわからないものにすがることになるなんてちょっと前までの僕には想像もできなかった。真田優子、彼女に出会ってから、信じられないことばかり起こっている。


 その後、大人しく勉強をしていると、父が帰ってくる声がしたので、僕はヘッドフォンをかけた。適当に流しているクラッシックはベートヴェンの第九を大音量で流し始めた。

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