優しさの果て

K.night

第1話 優しい人

 吐く息まで優しい人だった。彼女は休憩時間でも特定の人とは話さず、寝ているか、勉強をしている。けれど、孤立やいじめにも合っていない不思議な人だった。彼女の信じられないくらいの優しさを知ったのは僕とよくつるむグループの沙織という女の子が、彼女に話しかけた時だった。すごいかわいいパフェがあるところだから、一緒に行かないかと。彼女は施設育ちだった。本来なら、高校まで施設に居られるところを、彼女は高校から一人暮らしをしているそうだ。バイトをしているらしい。この高校はバイト禁止だが、彼女には特例がでていることをみんな知っていた。


「ごめんね、バイトがあるから。」


 そう、彼女は笑って言うからだった。高校生がバイトで生活費や学校の費用もまかなっているのだ。大変なのだろう。それをわかって誘う、沙織は嫌な女だな、と思った。それなのに、彼女は誘った全員に、優しく言うのだった。


「南条さん、堀君、坂口さん、博人君。誘ってくれて、ありがとう。」


 そう言って笑った。僕、原田博人が彼女に興味を持ったのはその時だった。僕の家は大きな病院の医院長の息子で、病院名はそのまま原田病院だった。だからか、僕は高校で名前で呼ばれることがほとんどない。原田君とか、はらっちとか、はらぽんとか、とにかく苗字で呼ばれるのだ。それなのに、彼女は僕だけ苗字で呼ばなかった。もしかして、僕が苗字で呼ばれることが嫌いなことを彼女は知っているのだろうか。父親と同じ、原田、と言われることが嫌いなことに。誰にも言ったことがないのに。僕はクラスの名簿を見て、彼女の名前が「真田優子」である事を知った。それから僕は、真田優子を観察した。そして気づいたのだ。彼女がいかに優しい子であるかを。彼女は、人を傷つけるような言葉を一切使わない子だった。そのくせ、話している時に、彼女以外を傷つける発言があった時、彼女は誰も傷つけない形でフォローするのだ。


「でも彼女は優しい人だから。私なんかに、話しかけたりしてくれるからね。」


 そうやって笑う彼女を見た時に、僕は子供の頃に飼っていたうさぎを思い出した。柔らかくてふわふわで、でも臆病だったあのうさぎ。毛の一本一本まで繊細で、彼女はその柔らかな毛を張り巡らせて、些細なことにも気づき、誰にも気づかれないよう、優しくそのぬくもりで癒してくれる。


 まだ誰も気づいてない宝物を僕は見つけたと思った。彼女の座っているところだけ輝いているように見えた。だから僕はこっそり彼女に話しかけるようになった。彼女はとても優しくて、その優しさは自分以外のところにすべて向けられていて、自分に対してはとても無防備だった。彼女が傷つかないよう、守るのは僕の役目だと思った。ゆっくりと、僕が持てるだけの優しさをもって接した。彼女の家にも行くようになり、誰にでも美味しく作れるはずのカレーもなんか全然美味しく作れなくて、どうしたものかと思ったけれど、それも彼女は笑って、ありがとうと言って食べた。この笑顔を守るのは僕の役目なんだと再認識した。僕たちは付き合っていた。うまくいっていると思っていた。


 夏休み明け、まだ暑い湿った空気の中、担任の先生が彼女が自殺したというまでは。高校2年生の9月だった。まだ外では蝉の声がしていた。


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