世界が終わる5分前

じゅそ@島流しの民

第1話 その後


 「あれ、まだ起きてたんだ」


 シャワーを浴び湯気が立ち込める洗面所から抜け出すと、窓際に置いてあるテーブルにちょこんと座る私のルームメイトの姿が見えた。椅子が近くにあるのに、わざわざテーブルに座るなんて、なかなかに粋なことをしているではないか。

 彼女は頭をめぐらせこちらを見、皮肉気に笑う。


 「寝れるわけないっての。こんな日に」

 「言えてる。今何時?」

 「十一時五十四分」

 「あと六分で日を跨ぐねぇ」

 「……本当に跨げるのか、心配だけど」


 冷蔵庫にあるビールを二本取り出した私は、片方をルームメイトに差し出す。


 「それ、私が買ってきたものなんだけど」

 「いいじゃん、別に。まだ数本残ってんだし」

 「数本残ってるからって……いや、まあ、もう関係ないのか」


 椅子に座る。テーブルに座って外の景色を見るともなく見ている彼女の姿は、やけに色気だって見えた。ショートパンツから覗く二本の艶めかしい脚を、私はじぃっと見つめた。

 ビールを一口飲む。苦い。結局、この苦さに慣れることはできなかった。

 美味しそうにビールを飲む彼女を横目で見ながら、私はため息をついた。なんだかあっけない日常だ。

 テレビをつけると、よくわからないニュースがよくわからないことを言っている。ぺらぺらと評論家が偉ぶって話している姿は、やけに不快だった。


 「ねえ、私明日早いからさ、アラームをセットしといてよ」

 「明日早いなら、もう寝なさいよ。……ていうか、明日なんて本当に来るの?」


 足を組み、テーブルの上から言葉を投げかけるルームメイトを無視して、テレビのチャンネルを替える。これもニュース番組。

 リポーターが、なんだか小難しそうな研究所の中で一生懸命に話している。

 左上には大きなテロップで「世界が終わる!? 予言の日!」と書かれてある。表示されている日は今日。耳を澄ますと、どうやらどこかの部族が地球の滅亡を予言しているらしいというリポーターの声が聞こえた。

 時計を見る。十一時五十五分。


 世界滅亡まで、あと五分。


 ◆


 「実際問題、本当に滅亡なんてするのかしら」


 いつの間にかテレビの方を向いていたルームメイトが言った。


 「さあ、どうだろう。私はどっちでもいいけどね」

 「どうでもいいのかよ」

 「うん。悔いのないように生きて来たからね」


 テレビを消される。行き場のなくなった視線は彷徨い、白い壁へと向けられる。特に意味はなかった。


 視線の先にあるものも、私の人生も。


 ふと、立ち上がり台所をあさってみる。小腹が空いてしまった。


 「ていうかさ、もし終わるんだったら、どんなふうに終わるんだろうね。いきなりパッと消えるのか、じわじわと消えていくのか」

 「あ、カップラーメン食べよ」

 「話聞けよ」


 台所に置いてあったカップラーメンを取り出す。美味しいやつだ。

 部屋に置いてあるウォータークーラー(自腹で買ったやつである)で熱湯を注ぎ、蓋を閉じる。指の先が熱い。この熱さが私と命を繋いでいるような気がする。

 テーブルの上にカップ麺を置くと、ルームメイトの呆れたような視線と目があった。


 「……あげないよ?」

 「別に、欲しいとはいってないけど。それ、食べる時間あるの?」

 「えっと……五分経ってから食べれるみたいだね」

 「無理じゃん」


 くすっと、彼女は笑った。その頬は酔いのせいか赤らんでいる。壁にかかった時計の無機質な音が鳴り響いていた。


 「まあ、もしかしたら食べれるかもしれないじゃん?」


 地球が終わったら、このカップ麺はこのまま朽ちていくのだろう。もし滅びなかったら、私の胃の中に入るだけ。別に、大して差はない。


 「そっか……」


 それを聞いた彼女は、優しい表情でこちらを見た。


 「じゃあ、その時には一口ちょうだいね」

 「……油揚げはあげないから」

 「いいよ、スープだけで」


 窓から見える星空は、胃がすぅっと冷えていくくらいに綺麗だった。蛇口から水が垂れ落ちる音がやけに耳に響く。水道代が高くなるから、ぎゅっと締めなきゃ。あ、けど、どうせ世界が終わるんだったら、水道代ももう意味ないか。終わらなければそれはそれまで。水道を閉めればいい話だ。

 そう、世界の終わりなんて結局は、それくらいのもの。終わらなかったら何時もの日常に戻って、終わったら潔く諦めるしかない。巨大すぎる力には、逆らう術はない。

 そうこうしているうちに、十一時五十九分。あと一分で日を跨ぐ。


 「もう、一分早いけど食べちゃおうよ」

 「ダメ。こういうのはちゃんと待った方が美味しいの」

 「ストイックだなぁ……」


 頬杖をついて、外を見る。

 ビルには明かりが灯っており、眠る様子はまだ見えない。どうやら、こんな時にも働いているサラリーマンがいるらしい。

 私たちも、社会に出たら、そんなことになるのだろうか?

 だとすれば、別に世界が終わったってかまわない。むしろ今すぐにでも終わってほしい。汚い世界で生きると大言壮語を吐き捨てるよりかは、静かに朽ち果てたい。


 地球が終わるとき、果たして宇宙はどうなるのだろうか。

 そんな詮無い考えが頭をよぎる。

 今まで通り、太陽系は地球を失いながら回り続けるのだろうか。それとも、太陽系もろとも滅亡してしまうのだろうか。

 立ち上がった私は、そんな疑問を割りばしの袋と共にゴミ箱に放り捨てた。しまった、つまようじは取り出しておくべきだった。


 ま、結局、そんな疑問を持ったところで本当に消えてしまったら元も子もない。神のみぞ知る世界。

 ていうか、世界が滅亡しなかったところで、そんな疑問持っていたって意味ないだろう。


 カップ麺の蓋を開けた私は、舌なめずりをしながら油揚げを箸でつまむ。しまった、まだ五十九分だ。まあ、いいだろう。


 すると、ルームメイトがぼそりと言った。


 「私は、まだ死にたくないけどね」


 ゆっくりと、頭だけを動かして彼女の横顔を見る。淡い月光に彩られた彼女の横顔からは、何も読み取れなかった。


 かちり、かちり。時計が進む。もうすぐ日を跨ぐ。


 世界が終わるか、世界の終わりを信じていた人々の信仰が終わるのか。

 結局これを、人々は日常と呼ぶのだろう。


 油揚げを齧った。。時計の針が全て頂点を指した。


 そして─────


Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界が終わる5分前 じゅそ@島流しの民 @nagasima-tami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る