ドッペルゲンガー・シンドローム

片隅シズカ

第1話 ドッペルゲンガー症候群

 帰宅した私に『ワタシ』が声を掛けてきた。


『――い――ねが――だか――』


 頭の中から脳全体を揺らす声に、うんざりする。もう一週間、ずっとこうだ。


 返事をしても意味がないので、存在を無視してテレビをつけた。

 今日は期末テストの一日目で、午前中に帰れたのだ。せっかくなので勉強の前に、普段は見れない昼のバラエティー番組で束の間の息抜きを楽しむことにした。


 私しかいない部屋が、たちまちテレビの音で埋め尽くされる。


『――てよ――ここ――して――』


 テレビの向こうの賑わいに比例して、頭の中の声が大きくなっていく。

 うるさくて仕方ないので、ヘッドフォンをした。私の耳を壊したくないのか、こうするといったん声が止む。まぁ、聞いてもらえなくなったら元も子もないしね。



 ドッペルゲンガー症候群と呼ばれる病気が、世界をざわつかせている。



 一人の時にのみ、自分であって自分じゃない『ワタシ』の声が聞こえるようになり、次第に意識が『ワタシ』に成り代わってしまう病気だ。


 病気と言いつつ、体に異常は見られない。


 だから、最初はよくある都市伝説や精神疾患の類だとされていたけど、症状を訴える者が異常なまでに増えたことで、特定疾患へとその存在を昇華させた。いわゆるパンデミックというやつだ。


 最大の特徴は、不調や変化を訴えていた患者が、ある日突然、奇妙なほどにあっさりと普通に戻っているということ。

 

 それは、『ワタシ』に完全に乗っ取られたということに他ならない。


 『ワタシ』は完璧なまでに本人に成り代わる。

 表情も、性格も、言動も、趣味趣向も、記憶も、何もかもが本人になる。当然、傍から見たら本人と『ワタシ』の区別なんてつきやしない。


 身体に異常が見られず、症状が出るのは一人の時のみなので、他者が症状を目撃することもない。本人が何も訴えない以上、『ワタシ』に乗っ取られたと外野が判断することはできないのだ。




 つまり、一度『ワタシ』が入ったらお仕舞い。


 そんなどうしようもない病気に、私は一週間前から罹っている。



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