春は泣かない

瑠栄

天国でも地獄でもないんだから

海沢うみざわ君、彼女出来たらしいよ?」


 私がその言葉を聞いたのは、高3の夏休み直前だった。


「・・・え」


「あー、相手橋街はしまちさんでしょ?お似合いだわ~」


 私は、海沢拓馬たくま君に恋している。


 ―――――いや、恋していた。


「・・・へぇー、そーなんね。いつから?」


 高校3年間抱き続けて来た恋心は、親友の何気ない一言で一瞬にして崩れ去った。


 動揺を悟られないように、何てことないような笑顔を作る。


「結構前じゃなかった?」


「私が聞いたのは、3カ月前」


「でも、噂があったのは半年くらい前だったよね」


「そーそー」


 親友2人は、学校の噂話に花を咲かせ始めた。


"―――ドクン"


"―――ドクン"


「ん?冴姫さき、どした??」


「朝から元気なかったもんねー」


「・・・徹夜したぁ」


 だるそうに目をこすると、親友達は呆れたように大声を上げた。


「えー、二徹ぅ~??」


「最近多いよね~。本格的に倒れんじゃね?」


「つーか、痩せた?」


「そこまで見てるとか、変態・・・?」


「「ちげーし!!!」」


 ずいぶんと馬鹿げた事を言いながら、今までで1番重くて長い昼休みが終わった。


 その後、私は急遽志望大学を彼と違う大学に変更した。


 両親も兄弟も親友も先生も心配して理由を尋ねてくれたが、私は『大丈夫』とだけ応えて勉強に打ち込んだ。


 『大学受験よりも青春を謳歌したい!!』と言って毎日打ち込んでいたギターもカバーにしまい、クローゼットの中に入れた。


 彼とお揃いにしたキーホルダーも捨てて、集合写真も襖の中に押し込んだ。


 見たくなかった。


 思い出したくなかった。


(―――伝え、られなかった)


 逆に『伝えたら良かったのか』と言われると、そうじゃない。


 贅沢な願いだが、せめて吹っ切れる終わり方をしたかった。



 高校3年生。


 セミが鳴き出した夏。


 私は、大失恋とも言える失恋をした。




* * *




 急遽変更した大学にはめでたく受かり、私は大学生前の春休みになった。


 桜が咲き乱れ、去年の暑さの面影はない。


「・・・元気、かな」


 去年のは、恋愛と言っても私からの一方的な思いだった。


 勝手に好きになって、勝手に失恋して・・・。


(―――海沢君からすれば、良い迷惑だったんだろーな)


 大失恋とも言いながら、大泣きもしなかったし、誰かに思いっきり吐き出したわけでもない。


 ただ、"この恋はもう叶わない"という事実が当時の私には息が詰まる程重かった。


「はぁ・・・」


 この前までの冬のように白い息になる事もなく、私のため息はと一緒に青空へさらわれていった。


「あーあ、かっこわる」


 初恋でもない失恋を、涙一つでない失恋を、半年以上も引きずるなんてらしくない。


 そんな事、自分が1番分かってる。


 親友も兄弟も、恋愛に関してはすぐに切り替えられる。


 それが良い事なのか、悪い事なのかは分からない。


 けれど、少なくとも今の私にはそれが出来なくて羨ましかった。


「ねーねー、次どこ行く?」


「どこ行こうか?」


「クレープー!!」


 東京の都市部の近くだからか、人も恋人カップルも多い。


 私の年くらいの人は、恋人か友人かと一緒にいる人がほとんどだった。


「・・・幸せ、かな」


 彼は・・・、海沢君は今幸せなのだろうか。


 自問した瞬間、私はハッとした。


 きっと・・・、私は、どこかで分かっていたんだと思う。


 彼に最後の最後まで気持ちを伝えられもしなかったのは、噂が流れた時に気付いていたのに見て見ぬふりをして、私に『勝ち目はない』とすぐに諦めて身を引いたから。


 拒絶されるのが怖かったから。


 だから、逃げた。


 ひたすらに、彼の事を忘れられるように。


 ―――そんな私が、彼に選ばれるなんておかしな話だったんだ。


 それが、私にはわかっていたんだ。


 だったら、私のする事は決まっている。


"ホーホケキョ"


 ウグイスの鳴き声が、私の背にあった半年間の"思い"を吹っ飛ばしてくれた。


 彼の事は、忘れなくていい。


 彼と過ごした思い出だけでも、覚えておこう。


 頭の中以外には、もうどこにも私と彼の思い出はないから。


「・・・お幸せに」


 彼が笑ってくれれば、良いな。


 その隣にいるのは、私じゃないけど。


 前を向こう。


 この恋は、呪いじゃない。


"ホーホケキョ"


 春が来た。


 それは、出会いと別れの季節。





 ―――――人が、前を向く季節。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る