REPLAY_n'/20XX/06/05
▶REPLAY_n'/20XX/06/05(1)
「まーた、ドラマ見逃したの?」
トウカはユウタの耳からイヤホンを引き抜き、スマホ画面をのぞきこんで「やっぱり」と呆れたように言った。
「ねえ、ユウタってモエのファン?」
「別にモエ目当てじゃないよ。ドラマって見始めたら続きが気になるだろ」
「気になってたのに見逃しちゃうんだ」
この日の朝、ユウタはカメレオンベーカリーでパンを買って学校に直行した。一人きりの教室で昨夜放送された深夜ドラマを観ていたはずなのに、いつの間にか教室は生徒で溢れ、黒板の上にあるアナログ時計を見るとあと二十分ほどでホームルーム。
ユウタは画面に触れて動画を止めた。
「ユウタはモエみたいなのがタイプ?」
「だから、違うって」
平静を装いながら、ユウタはヒヤヒヤしている。トウカには秘密にしていたけれど、控えめに言ってもユウタはモエの大ファンだった。先日の映画撮影でモエが学校を訪れていたと後で聞き、彼女を身近に感じてさらに惹かれるようになったのだが、なんとなくやましい気持ちがあって、恋人のトウカには口にできないでいる。
「誤魔化さなくていいよ。モエを嫌いな男子なんていないんだから」
はい、とトウカはイヤホンを机に置き、女子の群れに混じった。ユウタが一時停止を解除すると三十分の深夜ドラマはエンディング曲が流れ、時計を確認したあとユウタは最初から再生する。
冒頭シーンを見るのは五度目だった。昨夜の放送も最後まで観たし、その後オンデマンドで二回視聴した。ついさっき観終わったのが四度目の再生だ。
ユウタは動画を16:43に合わせる。
モエが演じるエチカが教室を飛んでいた。エチカは成仏できないまま学校に棲みついた女子高生幽霊。
『あの場所で待ってるから、誰にも見つからないように一人で来てね。朝の職員会議の時間なら先生にもバレないよ』
西日の射す二人きりの教室で、エチカの頬は茜色に染まっていた。彼女を見上げるのは男子高校生のトモヤ。彼には霊感があり、神主兼教師である神谷の助手を務めている。エチカに淡い恋心を抱いたトモヤは少しずつ距離を縮めていくが、いずれ彼女を成仏させなければならないことで葛藤していた。そんな話だ。
エチカはきっとトモヤの手で成仏し、笑顔でこの世からいなくなる。涙のハッピーエンド。これがユウタの予想だった。
じゃあね、とエチカが手を振り、窓をすり抜けて飛んでいった。ユウタはもう一度16:34に合わせる。
『朝の職員会議の時間なら先生にもバレないし』
昨夜の放送を見てからユウタは落ち着かない。この台詞がモエから自分へのメッセージだというおかしな妄想に取り憑かれ、巻き戻して再生するたびに鼓動が速まり居ても立ってもいられなくなる。
時計を見るとホームルームまであと十分。ちょうど職員会議の時間だ。
「あれ、ユウタどっか行くの?」
「ダッシュでトイレ!」
教室から駆け出し、玄関を出て校舎裏へ回り、非常階段を一段抜かしで上った。カツンカツンと金属の音が響き、校舎の壁面に映る自分の影が追いかけてくる。二階、三階、四階と上がるうちに視界はひらけ、最後の踊り場でふと足を止めた。
なぜか、エチカの台詞を思い出していた。
『あなたのすべてを知らなくても問題じゃないの。それはきっと、車の構造を知らなくても運転はできるっていうのと同じなのよ。DNAがどんな塩基配列になっているのか知らなくても生きてるっていうのと同じ。理屈は分からなくても私がこうしてユウタの目の前にいるのも、たぶん同じ』
頭の中でエチカが語りかけた相手はユウタだった。
見上げた空を飛行機が過ぎり、あの飛行機がどこへ向かうのか考える。何人の人間が乗っていて、どんな素性の人たちで、何に喜び、何に悩み、いつ生まれていつ死ぬのか。どうでもいいことばかりがユウタの頭に浮かんでは消えていく。
ユウタは飛行機に向かって手を伸ばした。何かを掴みたかったけれど、何を掴みたいのかわからないまま、ユウタは屋上へと向かったのだった。
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