第13話:近づきすぎた距離

 ストローで空を吸った時の『ジューッ』という音が二人の間に響く。


 僕の提案で近くのデパートにあるフードコートでお茶をすることになった。

 店が二つしかないこじんまりとしたフードコート。テストか受験か勉強している学生が一組いるだけで空席がほとんどだった。


 雑談用にムックでSサイズの飲み物を二つ購入。一つを安藤さんに渡し、席についた。そして今、ジュースは空になった。


 ここまで会話は皆無。

 雑談用のジュースは雑談をする間もなく飲み終わってしまった。


 僕は空になったコップを置く。

 安藤さんはちびちび飲んでいるようで未だストローに口をつけている。


 俯きながらもこちらに目は向けていたようで、コップを置くと同時に彼女を見ると目が合った。二人して反射的に視線を逸らす。


 さて、どう話したものか。

 僕は安藤さんに一目惚れし、一緒にお茶しようという話になった。

 こういう場合、やはり交流の意味を込めて自己紹介から始めるべきだろう。


「そういえば、まだ名前を言っていなかったですね。僕の名前は最上文也です」


 一瞬「あだ名は『保健室の亡霊』です」という言葉が脳裏をよぎったが、無視することにする。そんなことを言えば、彼女との距離は一向に縮まらないどころか、極端に離れてしまう。


「あ、あと……安藤日和です」


 僕に影響されてか、安藤さんも自己紹介する。不意をつかれたためか、第一声は裏返っていたし、話し方もおぼつかなかった。


 名前を言ったものの、その後の言葉が続かない。

 散々無言の状態を貫いて、名前を言って、また無言の状態を貫く。

 このペースでいけば自己紹介が終わる頃には日が暮れてそうだな。


 とはいえ、どう話せばいいんだ。

 あまり踏み込んだ話をすると、引かれてしまう可能性がある。引かれるのではなく、惹かれなければならない。


 ここは無難に趣味でも聞くか。


「「あのっ!」」


 僕が声をかけるのと同時に、安藤さんに声をかけられる。

 僕らは驚いて目を大きくすると、互いに同じ手を前に出す。


「最上さん、どうぞ」


「安藤さん、先にどうぞ。僕の話は結構どうでもいいので」


「私の方もです。そんなに意味のある話じゃないので」


 お互いに謙遜して手の平を上に向けて前後に揺する。

 

 友達の家でバーベキューをした時に、友達の友達もやってきていて、取ろうとした串が互いに同じで手が触れた時の対応に近いものを感じる。


「で、では私から」


 譲り合った結果、安藤さんが先に折れた。


「どうして私を好きになったんですか?」


 安藤さんは言いづらそうに体をもじもじさせながら発言する。

 めちゃくちゃ意味のある話だった。最初の質問としてこの上なく適切だ。趣味なんて聞いている場合ではない。


「えっと……」


 僕は言うのを躊躇う仕草を見せながら、頭の中で高速に理由を作り上げる。

 安藤さんとは今日が初対面。それも、ストーカー疑惑で問い詰められるという最悪な対面だ。


 好きになるポイントなんて……

 そこで僕はあることを閃いた。


「一目惚れです」


「ひとめぼれ?」


 安藤さんは固有名詞の如く呟く。

 今までそう言った理由で好きになった人はいないようで、自分には程遠い存在だと思っていたのだろう。


「はい。今日のお昼に会ったのを覚えていますか?」


「お昼……そういえば、最上くんらしき人が通ったのを見た気がするかも」


「その時に、安藤さんに惚れたんです。恋心を抱いたのは初めてだったので、どうしていいか分からず、ストーカー擬きのようなことをしてしまいました。すみません」


 僕は誠意を込めるように深く頭を下げる。

 

「別に……私のどこを見て好きになったの?」


 顔を上げると、安藤さんはおさげの髪を触りながら照れくさそうに尋ねる。

 当然の質問だ。もちろん、ちゃんと答えは用意してある。


「全部です」


「ぜ、全部!!」


「はい。メガネから垣間見える綺麗な瞳。艶やかな髪。華奢な体。白い肌。それから」


「もういいから! 最上くんが私を好きなのはわかったから!」


 小説家の如く印象に残ったものを連ねて行ったら、安藤さんに止められた。

 褒め攻めに慣れていないのか、両手を前に出し、顔を真っ赤に染めている。心なしか体から湯気が出ているような気がする。


「それと照れ臭くて髪をいじる仕草とか、恥ずかしくて顔を真っ赤に染めるところも好きです!」


「まだ言うんだ! もうやめよ! あんまり言われると恥ずかしいから。恥ずか死しちゃうから!」


 先ほどとは打って変わって二人の間は盛り上がる。

 やはり最初に安藤さんから質問してもらって大正解だった。

 この調子なら彼女との距離を近づけられるかもしれない。


「あのっ!」


 盛り上がっていると、近くにいた学生から声をかけられる。

 見ると、二人組の女子が冷ややかな視線でこちらを見ていた。


「少し静かにしてもらってもよろしいですか。流石にうるさすぎるので」


「「ご、ごめんなさい」」


 彼女たちの威圧にやられて、二人してオドオドしながら謝罪する。

 それから僕たちは顔を見合わせた。


「今日はもう帰りましょうか」


「そうですね」


 意気投合したところでからになったコップをゴミ箱に捨てて、デパートを後にする。


 とりあえず、距離を近づけることができた気がする。

 短いながらも安藤さんとの会話は楽しかった。これから声をかけても怪しまれることはないだろう。そう信じたい。


「あの……最上さん」

 

 二人で歩いていると、安藤さんが僕の名前を呼ぶ。

 彼女の方に顔を向けると、何やら言いたそうにしながら髪を触っていた。


「どうしました?」


 話の続きを促すも、彼女は何も喋らない。

 頭に疑問符を浮かべたまま待つこと数秒。彼女は不意にこちらに顔を向けた。その表情は覚悟を決めたような凛々しさがあった。


「さっきの話なんですけど、私でよければよろしくお願いします」


「……へっ?」


 彼女の言葉が理解できず、沈黙を数秒貫いた後、僕は惚けた声を上げた。

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