第11話:きっかけづくり

 翌日の授業後。

 僕は安藤さんとお近づきになるための作戦を実行するために二年生のクラスがある場所を訪れていた。


 いつもなら眠気に負けて保健室に行くのだが、今日だけは緊張のせいで眠気が吹っ飛んだ。


 一年生は時短授業のため四限で終わる。しかし、二、三年生は午後にも授業を控えているようでランチタイムに入っていた。


「やっぱり……」


 階段を上がった直後にある正方型の床に身を潜めながら待っていると、二年D組から安藤さんが出てきた。手に弁当箱のようなものを持っていることからどこかに食べに行く様子だ。


 中学とは違い、高校では昼食は自由な場所で食べることができる。

 その状況下で、ぼっちの人間が教室で食べるはずがない。目立たないように人気のない場所で食べるはずだ。


 発見したところで廊下に出て行って、彼女の後をできる限り平静を装ってついていく。カバンは教室に置いてあるので、現時点では手ぶらだ。だから二年生に紛れることができているに違いない。


 安藤さんは弁当を片手に持ったまま渡り廊下を渡っていった。

 高校の校舎は二つあり、南側はクラス教室のある校舎、北側は特別教室のある校舎となっている。


 保健室に行く際に、北側の校舎の内装を見たことがある。確か廊下の窓側に、フードスペースのようなものがあったはずだ。もしかすると、そこで食べようとしているのかもしれない。


 時間差で渡り廊下を渡り、北側の校舎に入っていく。

 廊下をチラッと覗いたところで安藤さんの姿を発見した。案の定、窓側にあるフードスペースらしき場所で食べている。


 状況が分かったところで早速作戦開始だ。


 今日はまず『顔見知り』になるところから始める。

 顔見知りになれば、声をかけた際に「あの時の!」と言う感じで受け入れてもらえるはずだ。


 お昼を食べている安藤さんの後ろを素通りし、ハンカチを落とす。安藤さんが落としたハンカチを見て、僕に声をかける。僕はハンカチを拾って彼女に『ありがとう』と言う。


 これで僕たちは顔見知りになる。

 もし僕が通った時に、声をかけられなかった場合を考慮してハンカチには学年と組と名前が書いてある。翌日にはクラスに持ってきてくれるだろう。


「よしっ!」


 ハンカチの入ったポケットに手を入れて歩き始める。

 表情は無の状態。何の気なしに通っていることを彼女に知らせる。


 近くまで来たところで、彼女は僕の存在に気がついた。

 こちらに顔を向け、目が合う。彼女はすぐに顔を戻し、私は何も見てませんとでも言うように食事を始めた。


 僕は幽霊か。まあ、保健室の亡霊ではあるのだが。


 彼女の後ろを通り、少ししたところでポケットから手を出す。

 ハンカチを巻き込む形で手を出したことで床に落ちる。それでも、構うことなく歩いていった。


 声をかけられる。

 そんなことはなかった。

 気づけば廊下の反対側までやってきてしまっていた。


 やはり、声はかけてこなかったみたいだな。

 仕方がない。クラスメイトに声をかけるのすら憚られるようなことを言っていたのだ。咄嗟に赤の他人に声をかけられるはずもない。


 だから二つ目の手がある。

 僕は階段を伝って、さっきと同じ場所に戻った。

 隠れるように廊下を覗くと、彼女は先ほどと同じように弁当を食べている。そして、その後ろには僕のハンカチが寂しく存在している。


 まだ拾ってないか。

 もしかすると気がついていないのかもしれない。

 とはいえ、立つ時にふと目につくだろう。


 見守ること数十分。

 五限目が始まりそうになったところで、彼女はようやく席を立ち上がった。

 立った瞬間、僕のハンカチに視線が伸びる。どうやら気がついたみたいだ。


 安堵したのも束の間、彼女は先ほどの僕と同様、何も見ていなかったかのように弁当箱を持ってこちらにやってきた。


 まじかよ……


 僕は慌てて階段を降り、彼女に気づかれない場所につく。

 まさか気づいてもなお、取らないとは思わなかった。僕は私物すらも亡霊にしてしまうのだろうか。


 廊下を通過する足音を聞いたところで 階段を上がる。

 過ぎ去った方面にはすでに人の姿はなかった。彼女は『触らぬ神に祟りなし』の精神で面倒ごとはとことん避けるようにしているらしい。


 保険すらも効かないとは。

 相当手強い相手を任されてしまったみたいだ。


 ため息をつきながら、ハンカチを拾いに行くために反対を向く。

 だが、そこには何も落ちていなかった。彼女が歩き始めた時は確かにあったはずなのに。


「作戦成功……なわけないよな……」


 良心が痛んで取りに戻った。にしては、階段を通り過ぎる時間が早い。あれは淡々と歩いた時間ペースに違いなかった。聞こえた足音から走っているようには見えなかったし。


 はて、僕のハンカチは一体どこに行ってしまったのやら。

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