嬉しい悲鳴と嬉しくない悲鳴
「オンダさん、ご招待ありがとうございます。お勧めの白ワインをお持ちしたのですが、今回ビュッフェということで、料理に合いますでしょうか?」
「こちら、うちの店で作っているサーモンのパテです。焼いたパンに塗ると意外と美味しいんですよ。良かったらお土産にしてください」
「いやはや、こんなにいい匂い出されたら、こんな昼時の胃袋には拷問じゃないですか。はっはっは! あ、これは当店の人気の菓子詰め合わせです」
「ご足労ありがとうございます。そんな、お土産までお気遣いさせてしまって……さあさあ入ってください」
俺が昨日から黙々と下ごしらえをして、早朝から延々と料理をし、彼らをコテージへ迎え入れたのは午後一時だった。
大体の予想はしていたが、リビングに案内してエドヤの名刺を渡しながら挨拶を交わし、名前と顏を一致させる。
フランチャイズチェーンのチキンでも売ってそうな、福々しい笑顔のおじさんがベルファン。
こげ茶色の髪をポマードで撫でつけ、口ひげが渋い背の高い紳士が兄のモーガンで、金髪のくりくりのくせ毛で、少年がそのまま大人になったような男性が弟のフィルのバッカス兄弟だな。
第一印象はみんなそつがなく、年下である俺に対してもかなり友好的な態度だ。
あとは、料理を気に入ってくれればいいのだが。
「ほう! これは素晴らしいですね! 彩りもパーティーで映えそうなものばかりだ」
リビングのテーブルに並べられた俺の料理の数々に、モーガンが感嘆の声を上げた。
他の二人も驚いたように、ただテーブルの見たことがない料理を眺めている。
「ホラールで商売をしておりますが、私はもともとニホンという小さな島国の商人でございまして。今回はニホンの料理をご用意してみました」
今回俺が用意したのは、
・漬けマグロと漬けサーモンの寿司
・小アジのマリネ
・豚肉のミソ漬け焼き
・カレイの煮付け
・焼き鳥(タレ・塩)
・肉じゃが
・野菜たっぷり豚汁
・カレー風味の野菜炒め
・カレーライス
である。
ジャンルはバラバラで統一性もないが、調味料を売るには色んなバリエーションがあると伝えねばならない。
どのぐらいの量を作ればいいかも、彼らの食の進み方次第なので多めに作った。
なあに残ったら夜に俺とパトリックで食べればいいだけだ。
「こちらの魚は、その、生でしょうかな? どうやら下にはライスがあるようですが」
寿司を指差してベルファンが尋ねた。
俺は笑顔で頷き、ルルガの新鮮な魚介類ならば我が国の郷土料理である生食も可能なのだと伝えた。
「食中毒などご心配されているかと思いますが、私もこちらに来てから嬉しくて食べまくっておりますが、健康にも異常はございません。エドヤで扱っているショーユとの相性も良いのです」
俺は失礼して、と小皿に一つずつ取った。フォークじゃなくて手でガシッといきたいところだが、さすがにモルダラ王国のマナー的に問題だろう。
「毒見役といってはアレですが、見慣れないものでしょうから私が先に失礼させていただきまして」
俺はぱくりとサーモンの寿司を食べる。うんまー。
マグロも漬けもいいけどサーモンの漬けもいいよなあ。
多分パトリックも好きそうな感じだし、多めに作っておいてよかった。うんうん。
俺が食べている姿が美味しそうに見えたのか、食品加工会社をしているフィルが真っ先に皿を取った。
「花びらみたいに綺麗に並んでるから、崩しちゃうの申しわけないですね」
などと言いながら、思い切ってサーモン寿司を口にした。
「あ、うま。これ、ゴマの香りがしますね。こっちのマグロは、と……あ、こっちはゴマの香りはないけどピリッとする。でも両方美味しいもんですね!」
「サーモンの方はショーユにゴマ油を少し使ってるんです。マグロはシンプルにショーユとホースラディッシュで。全然生臭くないでしょう? 鮮度のいい証拠です」
「ええ。生でもこんなに美味しいもんなんですねえ! いやあ、勉強になるなあ」
結構な勢いでお代わりを皿に載せてパクつき出した弟を見て、モーガンも皿を取り寿司を取った。
ベルファンも皿を手にしたが、こっちも気になっていたんですよ、と豚肉のミソ漬けを皿に載せた。
「……香ばしくて独特のうま味がありますね。こちらの調味料もエドヤさんで?」
「ミソと言いまして、大豆を発酵させて作っております。こちら汁物との相性も良くてですね」
俺は笑顔で豚汁をスープカップに注ぎ、ベルファンに渡した。
受け取ったベルファンはそのまま豚汁を一口味わった。
「──ほう! たしかに野菜のうまみも出てますし、味わい深い。こちらにも豚肉が入っているんですな。美味いもんです。冷えてた体も温まりますねこれは」
「基本的にご家庭で余った野菜は、なんでも放り込んでミソスープにしてしまえば簡単なのです。たくさん栄養も取れて温まって美味しいとお得なんです」
カレーライスも好評だったし、全て評価は良い印象に思えた。
マリネも揚げた魚を漬け込むのは新しい、甘酸っぱい感じは保存に効きそうだとか、酒に合いそうだなど話も弾んだ。
焼き鳥は意外に砂糖とも相性が良いので、モリーソースだ。
ウッドデッキの網焼きで焼き立てを味わってもらって、こちらも大好評。
俺の何時間もの苦労は報われたぞー。
いや逆に報われすぎて、商品のプレゼン程度で今回は終わりの予定だったが、いきなり注文をしたいと言われてしまった。ちょっと気合いを入れ過ぎてしまったようだ。
「これはうちで是非とも扱いたいですね。まずそれぞれ百単位でお願いできますかな?」
ベルファンが口を開くと、モーガンとフィルもハッとして、
「うちは五十で」
「私のところは三十でお願いします。様子を見て後日追加するかもしれませんが」
などと言い出した。
「お話は大変ありがたいのですが、そんなご注文をいただけるとは予想外でして、数もそれほど持って来ていないのです」
嬉しい悲鳴だがないものはない。
それぞれ百ずつしか用意がないことを説明すると、今度はどういう配分にするかなどと三人が話し合いを始めた。
(今後もうまく取引が出来れば、モリーさんとこもまたラボや倉庫を拡大しないとなあ……俺も半年過ぎてもジルさんのとこの倉庫を借りてるし、いい加減自前の倉庫でも作らないと難しくなるよな)
エドヤも安い家賃だし、裏のプール用の部屋まで貸してくれているジルには頭が上がらない。
ダニーたちの観察も兼ねてということなので、ジル的にはお互い様なのだろうが、ずっと甘えてばかりなのも心苦しいものである。
話し合いを黙って見ていても仕方がないので、料理のなくなった皿や使った小皿などを下げ、洗い物をしていると、トイレをお借りしたいのだが、とベルファンが話しかけてきた。
「ああ、その扉から廊下を右に出た左奥にございます」
「すみませんな」
見送って洗い物に戻ると、彼が去った方向から、うわっという悲鳴に続き、
『キュゥーッ!』
とダニーの叫ぶような声が聞こえたので、俺は慌てて彼を追いかけた。
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