恩田、飲食店を考え始める。

「……モリーさんのところもですか」

 俺は少しため息を吐いた。

 俺は味噌を取りにきたついでに、モリーの家で夕食をご馳走になっていたのだが、お茶を飲みながらモリーから、

「飲食店はやらないのか?」

 という話をされたのだ。

 ジェイミーは一足先に食べ終えて、ジローたちと遊んでくれている。

 どうもジローの頭の上が安定感があって気持ちがいいと気づいたらしく、ウルミは多くの時間をジローの頭の上に乗っかって過ごしている。まあほぼ寝ているんだけども。

 青いグラマラスボディーのジローの上に乗った黄色いウルミは、ジローのお洒落帽子みたいで、首にスカーフ、足元にシュシュを巻いているジローは、うちの子一番のお洒落ボーイだ。

 ジローもウルミが頭に乗っている時は、大きな動きをして落ちないよう気をつけているようで、外にトイレに行きたい時には俺に渡しにくる。

 ダニーもエサを小さくして与えてくれてたりするし、ウルミが寝ていてジローから落ちそうになった時は、パシッと抱き止めてくれる。

 下の子の面倒も見てくれるなんて、うちの子はみーんないい子たちである。

 抱っこ紐の利用がなくなったわけではないが、少なくなるぐらいには手伝ってくれているのが個人的には嬉しいのである。

「ほら、うちもオンダさんと協力して、新しい調味料とか出すようになったじゃない? それでもやっぱり塩やコショウみたいな単純な味付けじゃないから、まだ慣れないっていうかレシピが思いつかないらしいのよ。だから店で簡単に食べられるようになればなあと思って」

「そうですか」

 と言われてもなあ、である。

 順調に売り上げは上がっているし、何しろトランクの中身についてはコストゼロなので、他で経費がかかっていようが純利益はかなりのものである。貯金も増えてきた。ぶっちゃけ店をやろうと思えばできるぐらいの収入はある。

 ただ、管理するのが難しい。

 エドヤについては商品が足りなくなれば補充し、経理も自分でやっている。定期的にサッペンスの倉庫から荷物を運んでくるというていで、トランクからせっせと商品を取り出す作業もある。

 経理などの事務作業はナターリアに任せたら、コストの件について不審に思われてしまうので自分でやるしかない。

 もちろんだが、ジロー、ダニー、ウルミの世話もある。

 まあプールに入れたり食事の面倒を見るだけだが、それでも長時間放置はできないわけで、今だって特に健康状態に問題がなければ旅にも同行させているぐらいだ。

 飲食店に関わっている時間がない、というのが本音である。

 俺はモリーにも時間のなさを説明し、今はちょっと難しいですねえ、と伝えた。

「やりたくないわけじゃないんですが、物理的にサッペンスとホラールでは距離もありますし」

「そうよねえ……うちの隣のカフェが近々閉店するっていうから、タイミング的にいいかも、と思っただけなのよ。気にしないで」

「え? お隣さん閉店するんですか? けっこう人が入っていたのに」

 俺は驚いて声を上げた。

 カフェといっても若者向けの可愛い感じではなく、無口な年配のマスターがブレンドした豆を炒って淹れてくれるような、美味いコーヒーを出す小さな店である。

 カウンター五席、四人掛けテーブル四つしかないような店だが、いつもそこそこお客さんが入っていたように思う。

「いえ、別に売り上げが悪いとかって話じゃなくてね、娘さん夫婦がルルガに住んでいるらしいんだけど、先日お孫さんが産まれてね。それが双子だったもんで、手が回らないから助けて欲しいって連絡がきたらしいのよ。それで夫婦で引っ越すことになったらしいわ」

「ああ、お孫さんの。まあ娘さんも心配でしょうし、お孫さんも可愛いでしょうから」

「まあ元々ルルガ出身なのよ、お隣さん。だからまあ戻ってあちらでまたカフェを開きつつ、娘夫婦や孫のそばで暮らせる元気があるうちにって決意したみたいなの」

「年を取るとなんでも億劫になってくるって言いますもんね」

 そう言いながら俺は考え込んだ。

 モリーの店の隣……まあ隣といっても庭を挟んでるので十メートル以上は離れているが、場所としては悪くないんだよな。ホラールより人口多いから人通りもあるし。

 カフェをやってるから厨房もあり、客席もある。

 そして一番のポイントは、モリーの店の隣であるという、俺がアクセスしやすい点だ。


 サッペンスの町はかなり大きい。

 昔、国勢調査のアルバイトなどして興味を持ったので色々調べたことがあるが、人口二十万ぐらいの都市というと、東京なら西東京市とか三鷹市ぐらいと思えば分かりやすいだろうか。

 二十三区内だと荒川区とかだったかな。

 関東なら埼玉の春日部市とか熊谷市ぐらいもそうだから、当然この町も広い。

 端から端まではかなり離れているし、一生顔を合わさないなんて住民だって普通にいるはずだ。

 俺だって仕事の利便さで人口が三十万以上はいる新宿区に住んでいたが、いつも活動するルートは決まっていたし、定期的に顔を合わせる人なんてコンビニのバイトさんかよく行く飯屋のオーナーぐらいだった。

 つまり、後でサッペンスで店を出そうと考えたところで、モリーの店の近くを借りれる保証はない、空いてないという可能性も高いということである。

 今すぐどうこうなんて考えてなかったが、モリーの店の隣となると話は別である。

「……ちなみになんですが、お隣さんのお店って、貸店舗ですか?」

「いいえ、オーナーが昔買ったものって聞いてるわ」

「そうですか。だとすると厳しいですね」

 いきなり何千万ガルとか言われても、そこまでの貯金はまだない。

「あらオンダ、ちょっと興味が出たの?」

 モリーが俺の表情を見て尋ねてきた。

「モリーさんの店の隣はいいかなと思ったんですけどね。さすがにこちらに来てから日も浅いですし、店舗を購入するほどの貯金なんてないですよ」

「ああ、そういうことね」

 少しモリーが考えていたが、俺に頼みがあると言い出した。

「ちょっと考えてることがあるから、忙しいところ悪いけど、明日も帰らずに泊まって行ってくれないかしら? 明日はミソの宣伝もしてくれるんでしょう?」

「泊まるのは構いませんが……考えてること?」

「それは明日詳しくね。じゃあ約束よ」

 何やら機嫌の良さそうなモリーを見て俺は首を捻ったが、まあモリーはどうでもいいことで頼みごとをするようなタイプではないので、何か思いついたのかも知れない。何かは分からないが。

 ひとまず俺は、明日の味噌を売るための料理を考える方が先だろう。

「ジェイミー、ちょっと明日出す試食の件で相談したいことがあるんだけど」

「はーい」

 俺はジェイミーと明日の件で話し合いを始めるのだった。




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