恩田、戦闘モードに入る。
「おやおやまあまあ、ブルーイーグルの子供かい? あたしゃ初めて見たよ」
ホラールに戻ると、アマンダとザックはジローを見て驚いていた。
帰って来て、いきなりザックに泣きながらハグされたのが俺としては驚いたのだが、何とこの五日間の間で、彼の頭髪事情に変化があったらしい。
「オンダ、見てくれ、ほら、ココ。な? な?」
彼が指差すところを見ると、確かに少し産毛のような毛が一、二ミリ出ているように思える。
「おお、復活の兆しが!」
普通ならもう少しかかると思うが、普段薬を飲まない人がたまに風邪薬飲んだらすごく効くように、この国にはないファイナルアップの有効成分も彼によく効いたのだろう。
「オンダには感謝しかない。自分でもう諦めたとは言っていたが、本当は諦めてなかったんだな。だってこれに気づいたら、自分でもびっくりするぐらい嬉しくてなあ」
さわさわと頭を撫でているザックに、俺も笑顔になる。
やはり自分のお勧めは間違ってないと思えるのは自信にもなる。
アマンダも日々艶やかになる自分の髪の毛にうっとりしているそうで、
「もしオンダがあのままサッペンスから戻って来なかったらどうしようかって、旦那と毎日心配してたんだよ」
と笑っている。
『ポッポッ』
彼らの楽しそうな様子にジローもご機嫌なようだ。
オンダが無事に戻ってきた歓迎会だ、と張り切って夕食を作ろうとするアマンダに、俺はモリーソースを取り出した。
「これはまだサッペンスで出たばかりの調味料なんですけど、肉や魚に合いそうなのでお土産代わりに買って来ました」
「へえ、ちょっと味見させとくれ」
小皿に出したモリーソースをペロッと舐めたアマンダは、目を丸くした。
「……塩気だけじゃなくて、複雑な旨味が混ざってるね。こりゃあいいね! 今夜はサーモンが安かったからバター焼きにしようと思ってたけど、塩じゃなくてこっち使ってみようかね。あ、ジローは味なしバターなしでいいんだよね?」
「ええ、すみません」
おいおい、バター醤油なんて美味いに決まってるじゃないか。
「夕食、楽しみにしてます」
そう伝えると、いったん今まで使わせてもらっていた部屋にジローと引き上げた。
「さあて、と」
俺はトランクをベッドの横に置いて、椅子に座る。
ジローは珍し気に室内の様子をぽてぽて歩きながら眺めていた。
俺は手帳を取り出して、今後の予定を練ることにした。
今の荷馬車は借主に返さないといけないので、積んである商品を早急に別の場所に移さねばならない。この部屋には入りきらないし、保管場所をどうすべきか。
またモリーソースを販売するにしても、五十本程度だと気軽には売れない。売るにしても、まずはホラールの人がまだ知らない、モリーソースの味を周知させねばならない。
ぶっちゃけ俺だって何本かは確保しておきたいし、来月にはまたモリーさんのところで買えるとしてもよく考えねば。
カレーと同じで、新しい調味料とか新しい味ってのは、周りに知られてからが本番なんだよな。
うちの他の商品と同じである。
そして、ジローのことだ。
一緒に暮らすことは決めたが、正直俺はワシなんて飼ったことはない。最適な成育環境も知らなければ、食べ物だって何がいけないのかなど分からない。味をつけない状態ならいいだろう、という最低限の気遣いしか出来ていない。誰か詳しい人に正しい育て方を聞かねば。
それにいつまでもアマンダ夫妻の家にご厄介になるわけには行かないし、早急にペット可の物件を探して引っ越さねば。そのためにもお金が必要だ。
幸い、トランクからせっせと取り出しておいた商品は荷馬車の中に山積みだし、あれを売れば何とかなるだろうが、店をするっていってもなあ。これもお金がかかるし。
俺は少々頭が痛くなった。
だがこの辺の問題は、俺一人では解決は難しい。
何しろ俺はよそ者なのだ。家一つ借りるにしても、保証人だの色んな問題があるわけで。
(アマンダさんたちを頼るしか、とりあえず手はないか……)
俺は手帳を眺めながら、ま、一つずつ地道にやるしかないな、と思うことにした。
「モリーソースっての、美味いなあ!」
「煮物とかスープにも合いそうだよねえ。いいもの買って来てくれてありがとねオンダ!」
夕食のサーモンのバター焼きにモリーソースは抜群に美味しかった。
やはり塩味は塩味でいいものが、味変というのは大切だよな、と思う。
特に日本人として、醤油テイストの味わいは舌に馴染みすぎているので、塩コショウのみ、トマトソース、デミグラスソースなどの毎日ではもう体が満足できないようになってしまっている。
醤油を砂糖と合わせて甘辛く味付けしたものもご飯に合うし、生姜焼きもいいよなあ。
俺はよその国に来て初めて、自分が醤油を愛していると強く実感していた。
まあモリーが魚醤を開発したように、大豆や他の豆で醤油を開発しているところもあるかも知れない。何しろ食は人間にとって三大欲求の一つだし、誰だって毎日似たような味だと飽きる。
モリーは料理も好きらしいし、色々新しい調味料を開発するってことにとても乗り気な人なので、今後は焼肉のタレ的なものや、モリーソースをベースに甘辛醤油ダレ、ダシを加えてうどんスープみたいなのも開発して欲しいものである。
食後、ザックが農園からもいできたイチゴをいただきつつ、俺は二人に悩みを相談してみた。
「……という訳で、まあしばらくホラールで商品を売りながら暮らして、うちの会社の知名度も上げるよう上司から命を受けておりまして」
もっともらしい言い訳をしながら俺は話を続ける。
「一番早く手を付けないといけないのは商品をおける保管倉庫と、ジローの世話について相談できる人を探すことでしょうか」
「あたしたちも犬や猫ならともかく、ブルーイーグルなんて育てたこともないしねえ」
もらったイチゴをすでに食べ終えて、ソファーで転がっているジローを眺めながらアマンダが考え込んだ。ジローが俺の命の恩人でもあることは二人にも話してあるので、彼女たちも特別な存在のように感じるらしい。
「ジローは賢そうだもんな。教えてないのにちゃんとトイレも外で済ませてたぞ」
転がる青い球体を撫でていたザックは、ふと「あっ」と声を上げる。
「なあアマンダ、ジル婆さんなら詳しいんじゃないか?」
「昔は学者だった旦那さんの助手として働いていたから、確かに詳しいっちゃ詳しいけどさあ……」
難しい顔をしているアマンダに俺は尋ねる。
「あのう、そのジルさんという方は?」
「え? ああ、うーん」
言いづらそうなアマンダから詳しく話を聞くと、ジルという六十歳過ぎのばあ様が近くに住んでいるそうだ。学者さんだった旦那さんはすでに他界しており、子供も独立しているので結構広い家に一人暮らししているらしい。
今もシャキシャキして元気なばあ様らしいのだが、人間嫌いというか愛想がないというか、歯に衣着せない人というか、まあ総合すると、とっつきにくいタイプらしい。
「ただ旦那さんが動物の生態とか地質調査とか、まあ何だか色んな難しい研究をしていた人でさ、ジルも旦那さんと一緒に薬草の研究をしてるような、まあ学者肌ってのかね。勉強するのが何よりも好きって人なんだよ」
だからきっとブルーイーグルの生態なんかも詳しいんじゃないかとのこと。
「ただオンダはよその国から来た商人だし、長年彼女の家に食材を届けてる雑貨屋の店主ぐらいしか、ここ数年まともに顔も合わせた人もいないぐらいだから、会ってくれる保証はないんだよ」
「……でも、その方がこの町で一番詳しそうなんですよね? それなら行ってみます」
ハイパー営業マンを舐めるなよ。
俺は、どんなに仏頂面で塩対応のお客さんでも、最終的にはお得意様にしてきた男よ。
「当たってみるだけなら別にいいだろ。それに、あそこジル婆さん一人で世話しきれないからって、何年か前に牧場の牛とか手放したが、それで使わなくなったでかい倉庫があっただろ? オンダがうまく仲良くできればさ、そこも貸してもらえるかも知れないだろ」
はあそうですかそうですか。使ってない倉庫がね。
俺は心の中で揉み手をしていた。
これは何としても彼女を落とさねばなるまい。
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