恩田、命を救われる。【前編】

「……それでまあ、気がつけばこの国にいたんだよ。びっくりしちゃってさあ」

『ポーゥ……』

 荷馬車に揺られながら、気づけば俺は誰にも言ってなかった日本の話を青い鳥にしていた。

 別に会話が出来るわけじゃないし、相槌みたいな鳴き声だって、俺に話しかけられてるから適当に返しているだけかも知れないけど、ちょっと弱音を吐きたくなった時にタイミングよくコイツがいたのだから、少しぐらいはけ口になってもらってもいいよな。飯食わせたし。

 まあ逆に他の人に話すと、まず確実に正気を疑われるだろうから、喋れない鳥なのもかえって安心だったんだろうと思う。

 俺もこの国に来て、戸惑いつつも頑張って生きてくぞーとは思っているが、やっぱり日本のことを考えると帰りたいと思うし、帰れなかった時のことを考えると不安にもなるのである。

「──ていうかさ、お前いい加減帰らないと、元の森が分からなくならないか?」

 もう三時間ぐらいは荷馬車に揺られてるのである。

 いくら野生の勘で戻れるとはいっても、渡り鳥じゃあるまいし限度があるのではないか。

 野生の鳥なんて、物珍しさで少し荷馬車に乗っただけで、二、三十分もすればいなくなると思っていたのに、気づけばもうすぐサッペンスに着きそうな距離まで来ている。

 奴は相槌らしきものを打ちながら毛づくろいしているだけで、飛んで行く気配もない。

 そして俺のそろそろ帰れ話はスルーされ続けている。

 まさかホラールに戻るまで付いて来るなんてことは……ないよな?

「……あ、港だ」

 まだ距離はあるが、大きな船が何隻か停泊しているし、明らかに人の手で作られた大きな建物も見える。

 あそこがサッペンスか。あと一時間ぐらいあれば到着するかな。

「ほら見えるか? あそこ大きな町だから人間が沢山いるぞ。お前も捕獲される前に森に帰った方がいいんじゃないか?」

『ポッポッ』

「ポッポ、じゃないって。呑気だなあ。俺みたいにエサくれる人間ばっかりじゃないんだってば。危険かも知れ──おい、毛づくろいしてるんじゃねえっつーの」

 俺が帰った方がいいと促すたびになぜか相槌を打たなくなるってことは、本当に人間の言葉を理解しているのだろうか。

 なんか打ち明け話をしていたせいか、このむちむちの青い鳥への恐怖心もなくなり、近所に住んでた犬ぐらいの親近感まで覚え始めている。

 だがそう言っている間にも町は近付いている。

「……おい、鳥」

『ポ?』

「今さら遠い森に帰るのはお前の体格じゃ大変だろうから、町からの帰り道であの森近くに戻るまで乗っててもいい。だが、町で悪さだけはしないと約束してくれ。俺は仕事で行くんだからな」

『ポポー』

「本当に分かってるんだろうな? いやこんな確認してる俺もアホみたいだけどさ、本当に町の人に迷惑かけたらケガするとかじゃ済まないかも知れないんだからな」

『ポッポッ』

 大丈夫かなあとは思いつつも、一応相槌を打たれたので信用しておこう。

 もう町はすぐそばだし、信用するしかない。


 サッペンスの町は、潮の香りが強く漂う、いかにも海辺の町といった感じであった。

 俺は、荷馬車を置ける場所を歩いている人に聞き、停車場に預け賃を払って町を歩くことにした。

 夕方まで預かっても千ガルという安さで、財布に優しい。

 馬に食事と水も与えておいてくれるというので、ついでに青い鳥の世話も頼もうとしたら、奴はひょいっと荷馬車から降りて俺の横で止まった。どうやら付いてくるつもりらしい。

 馬に飲ませる水桶を用意していた停車場のおじさんが、青い鳥を見て感心したように言う。

「へえ、お客さんのペット珍しいねえ。ブルーイーグルの子供だろそれ? 警戒心強くて人間にはなつかないって聞いてたけど、その子はお客さんになついてるみたいだね」

(この大きさで子供なの? 立ってるだけで俺の腰近くまであるんですけど? でもブルーイーグルっていうんだ。まんまだけど一つ勉強になったな)

 ……だけど子供だと思えば、このまんまるな感じも納得がいくな。

 犬でも猫でもひよこでも、子供の頃はみんなコロコロしてる子多いもんなあ。

「あはは、たまたまですよ。普段はけっこうやんちゃで」

 俺は適当に濁し、店が並ぶ中心地に歩いて行くことにした。

 当たり前のように青い鳥は歩いて付いて来る。いや鳥だろお前。

 それにしても、ペットのていで連れ歩くなら、首輪ぐらいはしてないといけないんじゃなかろうか。

 人に慣れないとかって話だし、町の人から危険だと思われたら困るもんな。

 俺は通りすがりに見つけた雑貨屋に寄ってペット用の首輪を見たが、明らかに首回りが小さすぎるものばかりだ。まあこの球体ボディーが悪いんだけども。

「どうするかな……」

 俺が商品を見ている横で大人しく待っていた青い鳥は、

『ポ』

 と俺に声を上げると、とてとてと歩き出した。

「おい、どこ行くんだよ」

 俺が慌ててついていくと、ハンカチやスカーフが置いてあるところで立ち止まった。

『ポ、ポ』

 くちばしで鮮やかなオレンジ色のスカーフをつついている。

「──ああ、もしかしてこれを巻けってことか?」

『ポー』

「お前、要求が図々しくないか。これ首輪より高いんだからな」

 文句を言うが、実際首に回らない首輪など意味がない。

 ペットだという証明として、何かしらつけなければならないもんな。

 試しにそのスカーフを鳥の首に巻いてみたが、青い体とよく似合っていてなかなか愛らしい。

 本人も鏡の前で何度も覗き込んでポッポと喜んでいる様子なので、気に入っているようだ。

「仕方ないなあ」

 俺は店員さんにスカーフを購入したい旨伝えてお金を支払った。

 ついでに猫のおやつ用に魚の身を細くして干したのも売っていたので買っておく。

 スカーフだけで二千ガルって、荷馬車預けるより高いじゃないか。

 喜んでるみたいだからいいけども。

「ほら、腹減っただろ?」

 袋から出した干し魚を、器用にくちばしでちぎっては食べている。

 俺もトランクからウーロン茶を取り出して飲み、ビーフジャーキーを少し食べてひと休みだ。

 魚を食べてさらにご機嫌な青い鳥と俺は、町の商店をあちこちのぞいてみた。

 ブルーイーグルの子供はやはり珍しいらしくチラチラと見てくる人もいたが、ケルベロスもどきやバナナもどきをペットにしている人たちなので、注目度はそれほどでもないようだ。

 しかし、何か仕入れられるものはないかとうろついてみるが、ホラールにあるような商品ばかりで目新しいものはない。

 ただ人が多いせいかこじゃれた服は多かったので、俺も当座の服を上下でいくつかと、下着や靴下、スリッポンのようなこの国の人がよく履いている靴を購入した。

 革靴ってスーツの時にはいいんだけど、ラフな格好には合わないし、結構蒸れるから毎日履きたくないんだよね。

 それにスーツと靴はワンセットしかない。

 今後、可能性はあまり高くないが、もし日本に帰れることがあった時に、ボロボロの状態になっているのはまずかろうと思い、こちらにいる間は使わないことに決めたのだ。

 今スーツとワイシャツはホラールのクリーニング屋に預けているので、戻って来たら大切にしまっておこうと思っている。

(うーん、新鮮な魚介類をこっちで仕入れてもこの陽気だし、戻る頃には傷んでるだろうしなあ)

 今一つ自分の琴線に触れるような商品がなかったのが残念だったが、ホラールでしばらくトランクの商品で稼いでから、また別の大きな町に移動するって手段もあるしな。

「おい、そろそろ荷馬車に戻るか」

 俺は青い鳥に声をかけると、元来た道を戻ろうとした。

 そこで、ふと鼻をくすぐるようないい匂いがした。

(……え?)

 この懐かしい匂いは、醤油の焼ける匂い?

 いやまさかと思いつつ、ふらふらと匂いの元を辿っていくと、先ほどは閉まっていた食料品店の中から漂っているようだ。

 カラン、とドアベルを鳴らして店に入ると、醤油のような匂いが強くなった。

 間違いなくここだ。

「あらいらっしゃい。すみませんね、ちっと食事してたもんで」

 ドアベルの音で、四十代ぐらいの細身の女性が慌てて顔を出した。この人が店主か。

 店にはパスタや缶詰、ビスケットに塩、コショウなど香辛料や調味料、保存食品が並んでいた。

「あのっ、この匂いは?」

「え? ああこれですか? 昼食に作った串焼きの匂いかしら? ごめんなさいね臭くって。窓開けるわね」

「いえ、全然いいんです! この匂いのする調味料を探してたんです! 出来ればほかの調味料も見せていただきたいんです!」

 俺は勢い込んで答えた。

 ホラールでの食事事情が一気に改善するかも知れない。

 期待と期待に満ちた俺の声に少々驚いた店主だったが、にっこり笑うと、入口の横のポーチにあるテーブルに案内してくれた。

「あなたこの町の人じゃないでしょう? 大荷物だしお疲れじゃない? まずはお茶でも一杯いかが? よかったら、そこの可愛い鳥ちゃんもどうぞ。あ、でもその子はお水だけどね」

『ポッポ』

 女性の言葉にひょいっと椅子に飛び乗った青い鳥に、

「ふふふ、この子ったらまるで言葉が分かるみたいね。さああなたもどうぞ」

 と笑いながら、お茶を淹れに店の中に戻っていった。

 ──危なかった。このまま荷馬車に戻ったら、この店に気づかないままだった。

 そう思うと、俺は本当に運が良かった。

「……お前は幸せの青い鳥なのかも知れないなあ」

『ポ?』

 俺はウキウキした気分で店主が戻るのを待つのであった。




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