恩田、アマンダの世話になる。
バザーの主催者、アマンダからは、
「食べ物売るなら日陰の方がいいやね」
などと大樹の葉生い茂る涼しい場所をワゴンと共に提供してもらえた。
これも事前の円滑なコミュニケーションあってこそである。
見たことがない食べ物を買ってもらうには試食だと思い、俺はダマスカス包丁を取り出すと、バウムクーヘンを一口サイズに切り分けた。ビーフジャーキーはもともと適度なサイズの詰め合わせになっているが、これ一つを試食にするには多すぎるので、三つほどに切り分けておく。
(……いかん、載せる皿をどうしようか)
辺りを見回すと、数軒隣でグラスや皿などの食器をシートの上に並べて売っている人がいた。
ビュッフェとかにありそうな白い丸皿が三枚百ガルで売っていたので、さっき入手したばかりのお金で支払った。ふう危ない危ない。お金があって本当に良かった。
ここ数年ばかり仕事が順調だったので、物を買うのに金額を気にしたこともなかった俺だが、この世界では多分誰よりも貧乏だと思う。
買ってきた皿に試食を並べ、俺のワゴンに興味を持って近寄ってきた人々に、
「遠方から来た商人でオンダと申します。本日はですね、この町では簡単に入手できない外国の一級品を遠路はるばるお持ちしておりますよー」
などと笑顔で挨拶をし、「ままま、良かったら」と試食品を載せた皿を味見してもらう。
まあ当然俺が自信を持ってお勧めできる商品なので、町の住民たちなど一口食べたらコロコロリである。千五百ガルは恐らく、嗜好品としては高い部類だと思うが飛ぶように売れた。
ついでに話好きそうな男女に世間話しつつ、情報収集をすることも抜かりはなかった。
「最近、家で何かお困りのことなどございますか?」
「え? そうねえ、最近風の強い日が多くて、窓を開けてるとベッドとかにも花粉とか埃がついちゃって、掃除が大変ぐらいかしら?」
「ほほう、なるほど」
これは、あれが役に立つかも知れない。
俺はトランクの中から『ホコリトレール三世』を取り出した。
一世と二世はどうしたとかお客様に聞かれないよう、俺も細心の注意を払いながら売っていたのだ。もちろん一世も二世もない。命名センスが地盤沈下を起こしている会社の製品なので、商品の素晴らしさと名前が反発しがちなのはいつものことだ。
「実はこちらですね、最近開発されたのですが、このロールの部分が粘りがあって弾力性のあるゴムを使用しておりまして、なんと布地の上、服の上、床の上でコロコロするだけでほらこの通り!」
俺はホコリトレール三世を自分のスーツについていた砂ぼこりの上を転がす。
転がした場所が見事に砂ぼこりを除去し、綺麗な状態になる。
「んまあ!」
口を覆って驚いているミセスに、俺は笑みを浮かべてさらに続ける。
「そして何が素晴らしいかと申しますと、こちら簡単な水洗いで汚れが落ちてしまうんですよ。その後物干しとかにぶら下げて乾かせば、また元通り使えるという便利さ! 今期間中で本来三千ガルのところを二千ガルでご提供しております。少々お値段は張りますが、こまめに洗って手入れをすれば、三年ぐらいは持ちますし、これ一本で雑巾での拭き掃除要らず。長年の研究の成果と思えばむしろ安いぐらいだと思います。まさに日々お忙しい奥様方の救世主ですよね!」
近くで聞いていた別の女性二人もも興味を持ったようで、ススス、と俺の近くに寄ってきた。
「夏場はまだいいんですよね、雑巾を絞る水も温かいぐらいですし。でも冬場の痛みを感じるほど冷たい水で、雑巾を洗って窓を拭いて、また洗って床を拭いて。洗濯だって食器洗うのだって大変なのに、冬場は本当に奥様方の手荒れが心配になりますよ。毎日ご苦労様でございます」
深々と頭を下げる。大事なのは相手への共感と心遣いである。
「わざわざ辛い思いをしたい人などおりません。少しお高くても、いいものを利用して自分たちの生活を向上したっていいじゃないか。私どもはそんな思いで常に商品の研究をしているのです」
話をしつつもコロコロ~、コロコロ~、と服のホコリを取る作業をする。こういうものはいかに便利かを言葉で重ねるよりも、実際に見ることが一番伝わるのである。
「──あの、それ一つ下さい」
後から話を聞いていたまだ若い奥様が、バッグから財布を取り出した。
バウムクーヘンを持ったままボーっとコロコロの動きを見ていた女性も、「わ、私も一つ!」と声を上げた。
よし。今日の売り上げで、何とか今夜のホテルと食事は何とかなるだろう。
あとは明日以降の動きを考えないとなあ。
俺はせっせとトランクを開けては閉じて、閉じては開けてと商品を売りまくり、気づけば十万ガルほどの売り上げが上がった。
世の中お金じゃないという台詞を時々聞くが、甘い。
見知らぬ土地、しかも一人きり。家族や友人どころか仕事相手すらいない国で、何よりも先立つものはそこそこ自由になるお金である。
現に、俺は露店で買った新たな財布にしまい込んだお金を見て、この国にやって来て心からの安心を得ていた。守銭奴のつもりはないが、今後のことを考えるのに避けては通れないもんなあ。
夕方になり、人通りも少なくなったのでワゴンを片付け、アマンダに返しに行きお礼を言うと、いいよいいよ、という仕草で手を振り、思い出したような顔になり、
「そういやオンダ、あんた泊まるとこあんのかい?」
と聞かれた。
「いえ、それはこれから探そうかと思っておりまして。あの、どこか手頃なホテルとか近くにありますでしょうか? おススメのレストランもあれば教えていただけると助かります」
アマンダが笑った。
「ろくな娯楽も観光名所もない町に、ホテルやモーテルなんてあるわけないだろうさ。しょうがないね、これも何かの縁だし、家に泊まっていきな。ああうちの旦那はやたら話し好きだからさ、夕食の時ぐらいは付き合ってやってくれると嬉しいね」
「本当ですか? いやもうとっても助かります! 私も色々この国とか町の話を伺いたいもので、こちらの方こそお話したいぐらいです」
この国の人は親切である。
だがおそらく俺の人畜無害そうな風貌と、丁寧な話し方が無関係とは思えない。俺がバイオレンスでアグレッシブな顔とか言動だったりすれば、やはり警戒されただろうし。
昔はモテそうなワイルド系の顔立ちに憧れたりもしたが、そう考えると可もなく不可もなくの平凡な顔に生んでくれた母には感謝しかないな。……まあモテないことは変わらないけど。
俺はトランクを引きながら、いそいそとアマンダの後ろについて歩き始めた。
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