なんとかナガモノ

お店にくりくりで可愛らしい幼女が来た。


「あたし、ミキっていうの。お願いがあるの」


そういうと彼女はオレンジの果実をカウンターに置いた。


「今日の私はウンキサイコーなんだって。 ラッキーアイテムはオレンジ、ラッキーワードは…"ナントカナガモノ"だったんだよ」


シエリアは思わず首をかしげた。


「…"なんとか…ナガモノ"?」


依頼主は恥ずかしがった。


「むずかしくて読めなかったの!! お願いはね、ラッキーアイテムを集めてみたいの。そしたら本当になにか起こるんじゃないかなって…」


幼い少女の発想に、シエリアは思わず微笑ほほえんでしまった。

だが、道具の専門家としては、身につけるだけで幸せになるという都合のいい物はない。

それでも、シエリアは開運かいうんアイテムをかき集めてきた。


頭にはラッキー電波受信マシン。


顔には幸運を見逃さないギョロ目メガネ。


口にはしあわせ・ピョロピョロ。


首からは南国の花束を輪にしたハッピー・レイ。


腰には女神の加護を受けたドラムセット。


脚はとても長い祝福のルーズソックス。


そして長寿ながぐつを装備した。


フルラッキー装備である。

ミキは早速、それらを身につけた。

装備はピーピー、ガーガー、ピーヒョロ、ツクテンツクテンと騒がしく音を鳴らした。

まるでチンドン屋さんのようになってしまった。


一方のシエリアは果物を持って観察し始めた。


「う〜ん、ただのオレンジみたいだけど…」


店主はカウンターに果実を置いた。

少しすると常連の少年が走ってきた。そして少年はオレンジに釘付けになった。


「ねーちゃん。これくれよ!! これで借りってことにしてくれい!!」 


彼はオレンジをつかむと、代わりに2個の平たく、小さなビー玉を置いていった。


「あー!! ちょっと!! …もう」


あの少年はいつもこんな感じで、いい加減な物を商品を交換していく。

必ず母親と子で謝りに来るので、シエリアは目くじらを立てていなかったが。


依頼主は驚いていたが、ビー玉まはんざらでもないらしい。

今度はドールを抱えた女性がやってきた。


「こんにちわ。今日はこの子のお目目めめを探しててね」


シエリアの店はドールのパーツや服も扱っている。

専門店に比べてかなり安いと評判だ。

その直後、ドールのお客さんがビー玉を指さした。


「この色合い、ツヤ、光の反射、クリックリのひとみ!! これ、もらってもいいかしら?」


これはオレンジと交換したものである。

そのためシエリアはミキに確認を取った。


「うん!! いいよ〜!! お人形さんにおめめつけたげて‼」


するとその女性客はカバンからドールの衣装を取り出した。


「これ、よければもらって。うちの子はもう着ないって言うから」


可愛らしい黒のゴスロリである。


「わぁ!! お人形さんの服だぁ〜!! 可愛いなぁ!!」


ミキは目を輝かせた。

ビー玉に釣り合わない物と交換してもらってしまった。

せっかくなので、店主は目立つ場所にゴスロリ服を飾った。


しばらく店番をしていると急に視界がかすんだ。

どこからか声がする。目をらすと妖精が現れた。

彼女はのような大きい羽を生やしていた。

そしてレオタードのようなセクシーな姿をしている。


「うふふ。そのお洋服を見て来たのよ。ステキだわ」


黒のゴスロリ服と妖精ようせいの服のサイズは同じくらいだ。

羽が通るようにすると、ドールの服は彼女にぴったりだった。


「かわいいじゃない。これ、譲ってくださる?」


シエリアは隣の少女に尋ねてみた。


「うん!! 私はそのお洋服は着られないから、よーせーさんが持って言って!! と〜っても似合うよ!!」


ミキは純粋無垢じゅんすいむくな笑顔を浮かべた。


「あら、ありがと。かわい子ちゃん」


するとピクシーは鱗粉りんぷんを撒き散らし始めた。


「人間のお金はもってないから、これで許してちょうだいね。じゃ、ぐっば〜い」


気まぐれやの妖精ようせいの割には律儀りちぎである。


「こっ、これは!! 妖精ようせい鱗粉りんぷん、ナハト・パウダーだ!!」


シエリアは驚きながら粉を小瓶こびんに集めた。

同性をき寄せ、異性を遠ざけるという変わった特性を持つ。

男子禁制、あるいは女人禁制のゾーニングに使われたりするが、加減が難しい。


この時、シエリアは物々交換していくたびに価値が跳ね上がっている事に気づいた。


「こういうのって…わらナントカ長者って…あっ、ナガモノじゃない!! チョウジャ、ワラシベチョウジャだ!!」


物々交換を続けていくとやがて長者になるというアレである。


「こ、これ、最後にはどうなっちゃうんだろう…?」


シエリアはそんな恐怖に襲われた。

だが、依頼主のミキには物の価値がわからない。

興味がないというよりは、もはや理解が追いついていないようだ。

そして幼い少女はビンをいじくりはじめた。


「ねーねー、これ、甘くて良いにおいがするね〜。お母さんが言ってたよ〜。すぱいすってやつでしょ〜?」


シエリアは首を左右に振った。


「スパイスじゃないよ〜。甘口カレーとかには使えそうだけどね…」


すると幼い少女が裏路地の向こうを見つめた。

何が目にとまったのか、彼女は走り出していく。


「あ、ミキちゃん!! ちょっと!!」


彼女の行き先はカレー屋の屋台だった。


「おじさん、甘口のカレーください。このスパイス入りで!!」


「あいよッ!!」


シエリアが止めた頃にはもう遅かった。

パウダーを混ぜたカレーが出来あがったのだ。

人体に悪影響のある粉ではないので、食べても問題はないはずだ。

だが、味は保証できない。シエリアは身構えた。


「う〜ん、おいひ〜!!」


ミキは満面の笑みを浮かべてカレーを食べている。


「うっそぉ…」


思わずシエリアも味見すると形容できないほど美味だった。

カレーが思ったよりおいしく、シエリアはつい多めに食べてしまった。

一方の女児は身体が小さかったので、食べた量はわずかだったが。


ミキとの別れ際、彼女は深々とお辞儀じぎした。


「きれいなビー玉が見られて、お人形さんの服もかわいくて、ヨーセーさんもかわいくて、すっごくおいしいカレーが食べられて、すっごくラッキーな1日だったよ。お姉ちゃん、ありがとうね!!」


どうなることかと思えたが、なんとか依頼は達成できたようだ。

翌日、シエリアが目を覚ますと、なんだかガヤガヤと音がする。

店先を覗くと裏路地いっぱいに女性がすし詰めになっていた。


「「「キャー!! シエリアちゃ〜ん!!」」」


姿を現すと同時に、黄色い声を一斉にかけられて彼女は腰を抜かすのだった。


…ミキちゃんのラッキーは脱線暴走気味でした。

それでもうまくまとまったのは、ミキちゃんの純粋さのおかげだと思います。

私は少しでもお金のことを考えてしまったのが、いけなかったのかもしれません。

もう変わったスパイスのカレーは食べないことにします。


「「「キャー!! シエリアちゃ〜〜ん!!」」」…というお話でした。

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