与一る

シエリアの店には呪いの品が流れてくることもままある。

それを判別して流通を防ぐのもまた雑貨屋の仕事のうちである。

今日はおもちゃの弓を目利きしていた。


これは明らかに呪われている。

シエリアは呪いの有無は見分けることは出来ても、影響についてはわからない。

そういった専門的な鑑定は解呪屋の仕事である。


雑貨屋はその弓をそっと隔離しようとしていた。

だが、最悪のタイミングで子どもがまとわりついてきた。


「ねーちゃん、それなに〜?」


「うわ〜!! ちょっ、ちょっ!! それに触っちゃダ……あっ……」


シエリアはがっしりと弓を掴んでしまった。


「ゆ、弓が撃ちたくてしょうがない!!」


思わずシエリアはおもちゃの矢筒やづつを取って弓を引き絞った。


「ビシュウ!! ガガランガラン!!ボシュン!!


寸分すんぶんの狂いもなく店先のカンテラの中心を射抜いぬいた。

照明は弾けとんだ。クリティカルヒットである。

とてもおもちゃとは思えない威力だ。


「こっ、これはまずいよ!! 早く解呪しないと!!」


少女は移動する時に必ずローリングするようになってしまった。

姿勢を低くしていつでも狙撃できるように動いているのだなと本能でさとった。

桃色のミドルヘアを振り乱しながら、表通りに転げ出た。


するとなにやら騒ぎが起きていた。


「消防はまだかー!? 消火栓を開けんと!!」


それを聞いたシエリアは片膝をつき、片目をつむった。

真っ赤な消火栓しょうかせんが視界に入る。


「弓…弓…矢…矢…」


彼女から目標まではかなり距離がある。

おまけに硬いときた。おもちゃの矢では無理がある。


「ギリギリ……ビシュュュン!!」


だが、全く迷うこと無く矢は発射された。


「ガチンッ!! ブシャアアアァァ!!」


見事、矢は消火栓しょうかせんの急所を射抜いぬいた。大量の水がふきあがった。

水は燃える建物を鎮火ちんかしていった。


そのまま転がりつつ公園にたどり着いた。

やんちゃな少年たちが木登りをしている。


「うーん、どうしてもあの樹の実が取れないなあぁ」


次の瞬間、ある少年が高所から落っこちた。

たまたま通りがかったシエリアの神経がぎ澄まされる。


「バババシュン!!」


同時発射された3本の矢は少年の服を射抜いぬいて落下を食い止めた。

そのまま、声がする方へ身体の軸を移す。


「えーんえん!! わたしのフーセン!!」


風船は瞬く間に急上昇して豆粒くらいに小さくなった。

糸の先には持ち手である小さな輪がついていた。

雑貨屋スナイパーは上半身だけねじり、矢を発射した。


「スパシュッ!!」


不安定で極小な的、そして不安定な姿勢にも関わらず、矢は輪っかを射抜いた。

風船には傷ひとつ、ついていない。

そのまま矢の重みでふわふわと風船は下降していった。


ボロボロになりながら、なんとか少女は解呪屋にたどり着いた。


「やあやあ、シエリアさん」


ここのオーナーはシエリアと同じ年代の少女である。

気が合う友人であり、ビジネスパートナーでもある。

いつも黒いフードを被っているが、実は結構可愛い。


解呪屋さんは首を左右に振った。


「これはひどい。弓の名手に憧れた少年の怨念がおんねん」


無意識に雑貨屋の矢は彼女を狙った。


「うひゃあ!! 冗談、冗談ですってば!! その弓は少年の未練を果たすまで外せません。そうですねぇ、波打つ船の上の的を射るくらいにはならないと」


そのくらいの事なら造作もないように聞こえた。

だが、呪いの専門家はうつむいた。


「解呪するにはシエリアさんが自力で与一よいちる必要があります。きっと、今狙っても当たらないと思います」


シエリアは愕然がくぜんとした。

ただ、慣れてくると日常生活にはさほど支障がなかった。

それどころか弓が手に馴染んでくると矢を放つのが楽しくなってきた。

自ずと弓を使ったトラブル・ブレイクが増えていく。


「わー!! デカい蜂の巣が!! 刺される〜!!」


「ビスッ!!ビスッ!!ビスッ!!」


シエリアは驚異の連射速度でハチを撃退し、巣も落とした。


「ペットのオウムが逃げちゃってさ〜。その弓なら……。いや、無茶だよね……」


雑貨屋はとりもちを矢にくっつけて弓を引き絞った。


「ビンッ!! べちゃあ」


「ウワ、ナニスル!!ハナセハナセ!!」


うまい具合にオウムにダメージを与えずに捕獲することが出来た。


「キャー!!シエリアちゃんステキー!!お姉さん頭にリンゴを乗っけちゃうから狙って狙って!!」


雑貨屋少女は心を乱さぬまま、リンゴだけを破壊した。


「バスッ!!」


たまに変わった客も混ざってくるが、それに関してはいつものことである。

その仕事ぶりを見ていた解呪屋は満足そうにうなづいた。


「シエリアさん。その調子ならイケると思いますよ。私が船と的を用意します。お代はしっかりもらいますけどね」


こうして雑貨屋と解呪屋は鉄道に乗ってわざわざパパタ海岸までやってきた。

そして船をレンタルすると海辺に似合わぬフードの少女は沖へと漕ぎ出した。

そして棒の先に扇子をつけて甲板にくくりつけた。


「シエリアさん。いいですね?私の掛け声に合わせて的を射てください!!長引くとどんどん命中率は落ちていきます。一矢いっしで決めてください!!」


激しい波の合間に的が見え隠れする。

シエリアは片目を閉じて狙いをさだめた。

動揺は全く感じない。それどころか自信が湧いてきた。

今まで放ってきた矢にひとつとして無駄はなかった。


そして少女は人弓一体じんきゅういったいの境地に達した。

解呪屋が掛け声をかける。


「いきます!!な〜すの〜……」


打ち合わせ通りに叫びながら、シエリアは引き絞っていた弓を放った。


「よ〜いちッ!!」


矢は高速で的に向けて突っ込んでいく。


「バシュン!!キーーィィン……バスッ!!」


見事、少女の放った矢は扇子せんすのど真ん中を射抜いぬいた。


「さすがシエリア!! 俺たちに出来ないことを平然とやってのけるッ!!そこにシビれる!あこがれるゥ!」


的中した矢を見て、思わず解呪屋は膝をついた。

するとシエリアの持っていたおもちゃの弓はボロボロと崩れ去った。

こうして彼女はなんとか呪いから開放されたのだった。


彼女はようやく店先で一息つけるようになった。

何気なくポストを確認すると、おびただしい数の手紙がバラバラと溢れた。


「な、何コレ……? 陸軍のスカウト? アサシンギルドへの推薦? セポールの狩猟会への誘い……。ワレラドウホウニクワワレ。イバラダン……まだある……」


スナイパーとしての腕を買われて陸軍などから推薦状が届いてきたのだ。

猟友会はともかくとして、暗殺ギルドやテロリストのものらしき手紙も混ざっている。


「えぇ……これ、どうしよぉ……」


結局、この一件は何者かによって揉み消された。

そのため、厄介な手紙はパタリと止んだのだった。


……呪いにかかってしまいましたが、弓が当たると爽快でした。

あんなに物騒な勧誘がくるとは思っても見ませんでしたが。


ところで、ナ〜スノ〜・ヨ〜イチッってなんなんですかね? 食べ物?……というお話でした。

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