おいでませ百鬼夜行

その日は天候の変化が激しく、不安定な陽気だった。

まだ夕方だというのに、辺りは夜のように暗い。

裏路地には人気がなく、客が来そうもない。


「はぁ。なんか気持ち悪い天気だなぁ。今日はもう閉めようかな」


そうシエリアが言った直後だった。


「パチッ!! パチパチッ!!」


なにかを弾くような音が聞こえてきた。


「ん〜? ランタンの調子がおかしいのかな?」


少女は照明器具をのぞいたが、故障しているわけでもない。

彼女は首をかしげてカウンターに戻った。


「パチッ!! パチパチッ!! パチッ!!」


シエリアは全く気にしていなかったが、これは俗に言う"ラップ音" というやつだ。

心霊現象が起こる場所で聞こえるとされる謎の音である。

カンの良くない人でも、この時点で不穏な空気を感じるだろう。


音がなり続ける中、少女は店先の掃除を終えた。

するとだらりと黒髪を垂らし、真っ青な肌をした女性が脇に立っていた。

髪と着ている白い着物はぐっしょり濡れている。

これは間違いなく幽霊と言うやつだ。


「ディッシュが1枚…ディッシュが2枚…ディッシュが3枚…ディッシュが…ディッシュが足りない!!」


女性は髪を逆立てて充血した真っ赤な目をシエリアに向けた。

目の上のおおきなコブがあらわになる。


「お皿が足りないんですね? 何枚お求めですか? あと、ひどいコブですね。シップもありますよ」


髪の長い幽霊は小声でつぶやいた。


「あ…あっ…お皿は3枚で。あとシップもください…」


彼女はヘビが怖いのにお化けの類はほとんど怖がらなかった。

いや、怖がらない言うよりはそれらに対して酷く鈍感なのだ。

その客は長くて濡れた黒髪の束を置いていった。


気づけば夜になっていた。稲光いなびかりが裏路地を照らす。

この不吉な空気に誘われてきたのか、この日の客は一味違った。

いきなり、頭上から緑の粘着物が落ちてきた。

それはモゴモゴと蠢うごめきながら声をかけてくる。


「ぐにゃあ…ちょっとサ…骨がサ、ノドにつまっちゃってサ…」


スライムらしきモノの中にはサカナのホネが残っていた。

シエリアはすぐに肩近くまで覆う化学防護手袋を身につけた。


「はーい。動かないでくださいね〜」


ぐちゃぐちゃに手を突っ込むと、鮮やかな手さばきでホネを取り除く。


「う〜ん。やっぱ頼るべきはナンでもヤさんだネ。はいコレ」


この客は屋根の上に飛び上がって去っていった。

残ってていたのは人間の片腕の骨だった。

こんなものをもらっても困るが、お代はお代だ。


今度はくちゃくちゃと足音を立てて人影がやってきた。

シルエットを見るに男性のようだったが、激しい異臭を放っている。

ゾンビでだとすぐにわかった。シエリアはすかさずガスマスクを被った。

目玉を垂らしながら彼は自身の腕をゴトリとカウンターにおいた。


「今度、彼女とデートなんすけど、腕がよくもげちゃうんす。なんとかなりません?」


店主は悪い顔ひとつせず笑顔で接客した。


「はいはい。それなら……」


シエリアはしゃがんでカウンター裏の引き出しからチューブを取り出してきた。


「これですね。ゾンビ用瞬間接着剤。湿気っぽいものから腐肉にも対応してます」


そしてさっきの手袋をつけると腕の断面にやさしく接着剤をすりこんだ。

もげた部位を丁寧に支えてしばらく置くと、しっかりと腕がくっついた。


「わぁ。さすがトラブル・ブレイカーさんすね。ありがとうっす。これで彼女に愛想つかされずに済むっすよ。じゃあコレ、お代っす」


ゾンビの男性は腐りきったバナナを置いていった。


次は髪を振り乱した女性がやってきた。

前の女性客と似ているが、こちらは真っ赤な服を身にまとっていた。

髪をかきあげた彼女は、大きな白いマスクで顔を覆っていた。

女はなにかボソボソと呟つぶやいている。


「…私の顔…綺麗?」


シエリアはニッコリと笑ってそれに返した。


「はい。美人さんですね。肌は綺麗ですし、眉毛も整っていて……」


それを聞いた女性はすぐにマスクをガバっと外した。

彼女の口は両端が耳までけていたのだ。


「これでもぉッ⁉ 口がけたこれでもぉ⁉」


店主は少し驚いたが、すぐに感想を述べた。

そこが彼女のコンプレックスだと思ったのだ。


「う〜ん、お客さんが気にしているのならあまりよろしくないですね…」


それを聞いた女は巨大なはさみを取り出すと思い切りシエリアを突いた。


「があぁ!! おまえ、良くない、良くないと言ったなァァ⁉」


シエリアのかけた言葉とはニュアンスが違う。

これは勝手な曲解としか言いようがなかった。

そして少女は絶妙なタイミングで屈かがんだ。

カウンター内側の引き出しを開けるためだ。


頭の上を金属が通り抜ける。少女の桃色のくせっ毛が数本、パラパラと舞った。


「うっ!! ウウッ!!」


真っ赤な服の女性は柱に刺さった得物えものを引っ張ったが抜けない。

その間にシエリアは半身を起こした。手には幅広のテープが握られていた。


「はい。これはメディカル・テープです。大きな傷口も塞げるし、治癒力を高めるんです。目立たないのでお客さんにはピッタリだと思いますよ」


少女はそう言いながら唖然あぜんとするお化けの口にテープをぺたぺたと貼った。

そして彼女は鏡を出してきて客を映した。

化け物女は振り乱した髪をかきあげるとしばらく黙っていた。


「あ、あ…あたし、綺麗…?」


ハサミの女は独り言のようにボソッと問いかけた。

シエリアは微笑みながらそれに答えた。


「はい!!とても綺麗です!!すっかりけた部分がふさがりました。あとはこまめにテープを貼り直せば完全にくっつきますよ!!」


少女は客にテープを手渡した。


「あっ……あっあっ……あ?」


真っ赤な服の女性は釈然としないまま帰っていった。

ただ、そこはかとなく満足した風ではあった。

すぐにシエリアは頭の横に刺さった巨大なハサミに気づいた。


「うわぁ!! 何コレ⁉ お……お代かな? なんか血のりがついてるし。これは中古品扱いかなぁ……」


駆け込み寺に来る依頼人は事情があるケースも多い。

そのため、店主はお代を半ばあきらめているフシもある。

だが、彼女は決して損得の勘定ができない経営者というわけではない。


雑貨屋としての活動で手堅てがたく稼げているのだ。

そのため、儲もうけの無い仕事が多少あってもあまり困らなかった。

そんな依頼を受けてしまうお人好しは彼女の長所でもあり、短所でもあったが。


珍しく夜営業になってしまったので、シエリアは足早に居住スペースへと帰った。


……なんだか今日は変わったお客さんが多かった……気がします。

定期的にこういう日があるような……。


お代は長い黒髪に、人骨、腐ったバナナに血のりのついた大きなハサミ。

売りものにもならないし、これだけ使い道に困るお代もなかなかありません。


それにしても最近は長い髪を振り乱すのがトレンドなのかなぁ……というお話でした。

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