第2話
「失礼します」
DWOの大会情報を見た次の放課後。早速ゲーム部へと足を運ぶ。僕が所属する中学校である『私立凍照学園』には、いくつかの文化部が存在するが、その中の内の1つにDWOのゲーム部があるのだ。ただ、あまり話題を聞かないので本当に存在するのか不安だったが……。目の前にある扉をノックすると、中から元気な返事が聞こえてきた。
「は~いっ!」
「お客さ~ん!」
……同じ、姿? 一瞬戸惑ったが、すぐに気付く。恐らく双子なのだと。見た目が瓜二つで、見分けがつかない。ピンクの髪をした双子が、こちらに近づいてくる。
「私は不知火魔美。『魔子の姉』です」
「私は不知火魔子。『いもうと』なの」
二人はそう言うと、笑顔で手を差し伸べる。……どうやら握手を求めているようだ。僕は少し戸惑いながらも、その手を握り返す。二人の手は柔らかく、温かい。
「おいおい、魔法バカ双子姉妹。訊ねて来てくれた人に、いきなり自己紹介してどうする! ……あっ、すみません。俺はゲーム部部長の目院です。どのようなご用件でしょうか?」
「……お前も、『自己紹介』しているのです」
「……部長も、『自分語り』を行っているの」
目院と名乗るしっかりしてそうな男子生徒のツッコミに対し、二人が頬を膨らませながら文句を言う。……仲が良いみたい。
「……あの、実は」
僕は二人に事情を説明する。DWOの大会に出ようと思った事。その為に、ゲーム部に入部したいという事。
「……そうなのですか」
「……そうなのですか」
「なるほどね」
僕の説明を聞いた後、三人が顔を見合わせる。そして、再び僕に向き直った。その表情は真剣そのもの。まるで、何か深く考え込んでいるように見える。……もしかして、ダメなのだろうか? しばらくの間沈黙が続く。
やがて、目院の口から言葉が紡ぎ出された。
「入部なら、大歓迎です。……なにせ、部員が俺を含めて3人しかいませんから。残念ですけれど、このゲーム部に大会に出場する力はありません」
目院のまさかの答えに、唖然としてしまう。
「部員が、3人だけ?」
「はい。とても大会に出場できるような状態ではありません……それでも、入部してくれますか?
「入部してほしいのです」
「加入してほしいのっ!」
双子の言葉を聞き、僕は小さく息を吐く。……正直、大会で勝つのは難しいと思う。だけど、大会には出場したい……。そんな気持ちが湧き上がってきた。だから、僕は答える。意思を伝えるために。
「わかりました。よろしくお願いします」
「やったぁっ!」
「嬉しいのですっ!」
僕の返答を聞き、二人が飛び跳ねながら喜ぶ。……なんだろう。この子たちを見てると、不思議と心が安らぐ。なんだか、不思議な気分。
「本当にいいんですか? 人数が少なくて大会には出られないかもしれないんですよ?」
目院が心配そうに訊ねる。確かに、このままだと大会に出るのは厳しい。人数が、足りない。……ならば。
「それなら、僕が部員を集めます。だから、大会に出場させてください」
僕の宣言を受け、目院が大きく目を開く。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……わかりました。あなたを信じましょう。……ゲーム部は、いつでもあなたの入部を待っていますよ」
笑顔で差し出される右手。僕はその手をしっかりと握る。
こうして僕は、ゲーム部の部長である目院と副部長の不知火姉妹と共に、DWOの大会出場を目指すことになった。……まずは、仲間集めだ。頑張らなくては。
DWOの対人戦は、7人で一つのチーム。だから、あと3人のメンバーが必要だ。……一人は、もう決まっている。僕は、頭の中で思い描く人物の姿があった。
……でも、彼女を誘うのはまだ早い。その前に、2人入部してもらわなければいけない。
「おっと。忘れていました。入部するのなら入部届を書いてください。生徒会室に用紙があるはずなので」
「はい、分かりました」
目院の言葉に、僕は返事をする。そうだった、忘れていた。部活に入るのであれば、必ず書かなくてはいけない書類。早速、取りに行かなくては。
生徒会室ににたどり着き、扉をノックする。そして、返事を待たずに部屋の中に足を踏み入れた。
そこには、書類を整理している一人の女子生徒の姿が。美しい琥珀色の縦ロール。透き通るような白い肌。人形のように整った顔立ち。……彼女こそが、凍照学園の生徒会長。
「あら、学生ですわね。こんなところに何の用かしらん?」
「入部届けを、取りに来ました」
僕がそう告げると、彼女は笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
「あらまあ、新入部員さんですわね。所望する部活動名を聞いてもよろしくて?」
「ゲーム部ですけど」
「……ゲーム部ですとっ!?」
僕の言葉を耳にした瞬間、彼女の表情が変わる。まるで、信じられないものを見るかのような眼差しを向けてきた。……一体、どうしたというのだろうか?
「……失礼ですけれど、本当におゲーム部所属を所望で?」
「えっと、はい」
僕の答えを聞き、彼女が顎に手を当てて考え込む。そして、しばらくすると彼女の表情が輝くような笑顔に変わった。……いったい、どういうことだろうか? 状況が飲み込めず困惑している僕に対し、彼女は笑顔のまま口を開く。
「おほほほっ、おゲーム部ですかぁ。随分と立派な趣味をお持ちのようで。……でも、残念ですわ。ゲーム部はもうすぐ無くなってしまいますの。入部するのは勝手ですが、お勧め出来ません事よ?」
笑顔で衝撃的な言葉を放つ生徒会長。……言ってることが、良く分からない。彼女は何を笑ってるのだろうか。……いや、それ以前に、どうしてゲーム部がなくなるなんて話になるんだろう? 疑問が尽きないので、まずは質問してみることにした。……わからないことは、聞くしかないから。
「何故おゲーム部がなくなるのかですって? ……不必要だからですわ」
僕の質問に対して、彼女はあっさりと答えを口にする。……いらないなんて、酷い言い草。
「ちょうどいいですの、今からおゲーム部の方々に詳細を申述べたいですわ。ついて来て下さいまし?」
有無を言わさず歩き出す生徒会長の背中を見ながら、僕は呆然と立ち尽くす。……どうしよう。とりあえず、ついていくべきか。生徒会長の後に続き、ゲーム部の部室へと向かう。
「おおっ、新入部員さん。戻ってき……うげぇっ、『天下治世』様じゃねえか。なんでお前がここにいるんだよ?」
「うげっ、生徒会長なのですっ!」
「おげっ、権力者様襲来なのっ!」
部室に来た僕達を見て、目院と不知火姉妹が嫌そうな声を上げる。……仲、悪いのかな?
「あらあら、これは目院さんではありませんか。相変わらず、女児たちのお面倒を見てらっしゃるようで。ご立派ですわね」
「……うるせえ」
生徒会長の言葉に、目院が顔をしかめる。……二人の間に、険悪な雰囲気が流れる。
「……お前、何しに来たんだ?」
「ちょっとした、事実解説ですわ。……おゲーム部は、6月までに廃部になる事が決まりましたの」
「はあっ!? どういうことだっ! 説明しろよ!!」
目院の怒号に動じることなく、生徒会長は笑みを浮かべたまま語りだす。
「簡単なことですわ。こんな寂れた部活の為に貴重なVR装置を使うだなんて、愚かにもほどがありますもの」
僕達をあざ笑うかのように話す生徒会長。……確かに、凍照学園は生徒数が多く、強い部活以外は満足に設備を使えないような学校。たった数人程度の小さな部活が、VR装置の使用権を握り続けてきたのがおかしな話だ。でも、ゲーム部が潰れてしまったら僕は大会に出られない。……どうにかしないと。
「知っていまして? VRゲームであるDWO、その対人戦には人々の能力を高める作用がありますの。現実で強くなればゲームの世界で強くなり、ゲームの世界で強くなれば現実世界で強くなる、この好循環が最近の研究で判明しましたわ。どうやら、VRによって脳の信号がスムーズになるようでして。……ですので、わが校の誇りである運動部の方々がVR装置をお使いになられるのが合理的というものでございますの」
生徒会長は笑顔でそう口にする。……なるほど、運動部に所属している人達にVR装置を使わせるためにゲーム部を廃部にするということか。
「ふざけるんじゃねぇっ、 そんな理由で部活を潰せるものかっ!」
「潰せるものかなのですっ!」
「潰すなんてできないのっ!」
「我が凍照学園では、署名さえ集まればいつでも部活動を廃部させることが出来ることをご存じなくて?」
「ぐっ……」
「ぐっ……」
「ぐっ……」
怒鳴り散らす目院達に対し、冷静に答える生徒会長。怒り心頭の目院は、何も言えずに立ち尽くしてしまう。……このままだと、ゲーム部が無くなってしまう。それは困る。……ならば。
「……なら、このゲーム部が運動部よりも価値がある事を証明すれば廃部を取り下げて下さるんですね」
「え? ……それは、そうですが」
僕の発言に戸惑いを見せる生徒会長達。
「おいっ、正気か? 悔しいが、俺たちのゲーム部の価値は運動部と比べ物にならないほど低い。何も成し遂げてない俺たちのゲーム部に対して、野球部は全国大会優勝の常連で、サッカー部も大会常連の強豪だ。陸上部は中学生100メートル走で日本人初の9秒台を出した天才がいるし、テニス部は世界ランキング上位の選手を何人か輩出した実績がある。俺たちのゲーム部じゃ、逆立ちしても……」
「大丈夫、僕がいるから」
目院の言葉を遮るように、僕は口を開く。そして、まっすぐに生徒会長の瞳を見つめながら言葉を続ける。
「治世さん。チャンスをください。必ず、ゲーム部がすごい部活だってことを見せて見せますから」
「いいでしょう。期待しておりますわ。……期限は1週間です。それまでに、準備をなさってください。そして、私が用意したチームと戦って力を示して下さいまし」
自信満々の様子で条件を提示する生徒会長。
「不明な点等ございましたら、こちらに連絡くださいませ。ご健闘を祈っておりますわ」
自分のメールアドレスが書かれた紙を僕に渡して、彼女は不敵に微笑む。……負けられない戦いが始まった。
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