第2話 エルフはチョロい

「――今日から真剣に仕事探しなさいよ? さもないとホントに追い出すからね」


 今日の朝ご飯のときにも、オカンからそう言われた。

 自堕落ニートという現実が突き付けられる。

 現実。

 つまり今このときは夢じゃない。

 俺はきちんと起きているわけだ。

 だから部屋に戻ってからスマホのギャラリーを再確認し、そこにデータとして残っているエルフの全裸写真を捉えた瞬間、これも紛うことなき現実なんだよなと悟る。


 押し入れを開けてみると、普通に布団が仕舞ってあるだけ。

 でももう一度閉めて開けてみると、今度は朝の森に繋がった。

 朝メシの前にも数十回開け閉めして分かったことだが、繋がるときと繋がらないときがあるっぽい。電波みたいだ。


 なんでこんな現象に見舞われたのかは分からない。

 でも夢じゃないのは確実だ。

 俺は異世界に行けるようになったらしい。

 マジでなぜなのか。

 原因不明。

 それはそれとして、


「……綺麗だよなぁ」


 エルフの水浴びバックショット。

 昨日撮ったそれを改めて眺め、そう思う。

 こういう亜人女子のグラビア写真集が実際あったら売れそう。

 今の時代は写真よりも動画だろうか。

 とにかく需要はあるはずだ。


 そう――だから俺は今、市場開拓の最前線に立っていると言える。

 異世界に行けるのなんて世界で俺だけのはず。

 ハメ撮りで稼ぐの羨ましいなぁ、なんて思っていたが、案外似たような状況を作れるのかもしれない。


 亜人女子の動画を撮って投稿すれば恐らく再生数が回る。

 それで広告収入が手に入れば、家にお金を入れられる。


「……卑しい考えだけどな」


 異世界に行けることをそういうビジネスチャンスとして捉えていいのかどうか。

 でも情でお金は稼げない。

 実際の経営者だってシビアな考えで采配出来るヤツの方が成功しやすいはずだ。


 まして俺はニート。

 いつまでもスネかじりじゃいられない。

 家を追い出されないためにも収入源を作るのは大事だ。


 何より俺は高校、大学と映研所属だった。

 カメラマンと編集ディレクターを兼ねていた。

 でもワケあってその道から足を洗った。

 けど未練がある。

 俺は結局、普通の仕事じゃやっていける自信がない。

 撮りたいモノを撮って生きたいヤツなんだ。


「よし……」


 そうと決まれば、である。

 思い立ったが吉日だ。

 俺は押し入れを通って異世界に移動した。

 あのエルフともう一度会う。

 そして動画を撮らせてもらえる関係を築く。

 一方的に撮るような真似はしない。

 きちんと打ち明けてみようと思う。


「なんだ……またそなたか」


 そして昨晩の泉を訪れてみると、例の銀髪美人エルフがほとりの小屋のテラスでくつろいでいるところだった。

 もしかすると、そこに住んでいるのかもしれない。


「悪い、あんたに会いたくてまた来たんだ」

「……私に会いたくて?」


 表情を怪訝なモノに変えて、彼女がテラスを降りて俺のそばまで歩み寄ってくる。昨晩と違って民族衣装っぽい翡翠色の服を着ている。薄着じゃないが、それでも出るとこの出た際立ったスタイルなのが分かる。


「亜人領に侵入してまで、私に会いに来る用事がそなたにあるとでも?」

「ある。実はあんたの動画を撮りたいんだ」

「どーが……?」


 キョトンとしている。

 そりゃそうだ。

 この世界は恐らく中世的な文明レベルだろうし、動画どころか写真すらないのかもしれない。

 だったら――


「――こういうことだよ」


 俺はスマホで彼女を数秒撮影して実際に見せてみた。


「な、なんだコレは……私が時を切り抜かれて小さな箱に閉じ込められている……」

「コレが動画だよ」

「高等記録術の一種か? ……そなたもしや大賢者?」


 なんだか妙な勘違いをされているけど、まあいいや……。


「とにかく……こうやって動画撮影をしたくてここまで来たんだ」

「……なぜ私の姿を収めたいのだ?」

「それは、えっと……」


 いきなり「お金儲けのため」って伝えたら彼女は良い気分にはならないだろう。

 いずれ本当のことを伝えたいが、打ち明けるなら友好を築いてからだ。

 かといってウソの理由で誤魔化したくはない。

 だからお金儲けと並行して抱く思いを伝えることにした。


「あんたが綺麗だと思ったからだ」


 昨晩見かけてからずっとそう思っている。

 映像を手がけていた人間の端くれとして、良い素材は記録に収めたいと思ってしまうのがサガだ。

 誰にも気付かれない逸材ほど悲しいモノはない。

 気付かれないなら俺が記録して広めてやる。

 そんなジャーナリズムにも似た何かが俺の中にはある。


「わ、私が綺麗だと……」


 エルフは照れていた。


「……ヒュームからすれば、耳の尖った存在など醜悪に映るのではないか?」

「それはない。人間基準でもあんたは綺麗だ」

「そ、そうか……」


 長い銀髪を指でクルクルしながら、エルフは照れ臭そうに目を逸らしていた。

 チョロそう。

 このまま押せば撮影の許可が貰えるかもしれない。

 押すだけ押してみよう。


「まずは泉の散歩風景だけでもいいんだ。頼むよ、その綺麗な姿を収めさせて欲しい」

「収めて……それをどうするつもりなのだ?」

「人間の世界で発信する。あんたがイヤならやめるけど」

「……発信することに何か意味はあるのか?」

「えっと……多少お金になるかもしれないんだ」


 もっと信頼を得てから言うつもりだったことを、正直に言ってしまった。

 これで心象を悪くしたらおしまいだっていうのに、真意を黙りこくったままではいられなかったんだ。変なところで誠実なのは、良いことなのかどうなのか……。


「ふむ……金を稼ぐために来たということか」

「正直に言えばな……でもあんたが綺麗だと思ってるのはホントのことだ。綺麗だからこそ、俺はあんたを撮りたい」

「なるほど……まぁ、良かろう」


 ……お。


「下手に小綺麗な言葉で固められているよりも、きちんと裏の目的を把握出来る方が安心に繋がる……その誠実さに免じて、記録することを許可しても構わない」

「ほ、ホントにいいのか?」

「その代わり……綺麗に頼むぞ?」


 おっしゃあ!!


「ありがとう! えっと……」

「ルーフィアだ」

「ルーフィアか。ありがとうルーフィア! 俺のことはシューマでいい」

「ではシューマ、どーがを撮るなら改めて、くれぐれも、綺麗にな?」

「あぁ任せてくれ!」

 

 自己紹介が済むと、俺たちは泉のほとりで撮影を開始した。

 さっき言った通り、まずは散歩風景を撮るだけ。

 映像としては面白みに欠けるが、この動画でどれくらいの注目を集められるか試してみる感じだ。言わば観測気球である。

 

 にしても泉とエルフ、良い風景。

 金儲けとか抜きにして、この綺麗な絵を世に知らしめてやりたい気分だ。


 俺は久しぶりに生きている実感を得ていた。

 かつて大学の映研でイヤなことがあった影響で映像を撮ることからは離れ、引きこもりにさえなっていたが、やっぱり撮るのは楽しい。


 どうしようもない自分から、これをきっかけにして変わっていきたい。

 そんな考えと共に、やがて昼を回った辺りで撮影を終わらせた。


「じゃあ今日はここまでだ。本当に協力ありがとう、ルーフィア」


 あとは帰って編集と洒落込もう。


「また近いうちに来てもいいか?」

「構わない。私は基本1人で暇をしているのだ。ここなら反ヒュームの亜人も滅多に来ないし、好きにするといい」

「ありがとう」


 今度来るときは何か報酬代わりの手土産を持ってこよう。

 そう考えながら俺は現実に戻った。


 それから【亜人ちゃんねる】というチャンネルを立ち上げて動画を編集・投稿してみた。今回の動画はあくまで観測気球だし、俺の編集リハビリになってくれれば上等と思っていたものの――


「え」


 投稿後1時間で英語圏の人に見つかる形でバズり、24時間後には100万再生を突破していた……。

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