超純粋圧倒的"受け"の王子様系女子を百合豚の私がプラトニックに襲う話。

水稲

王子様、めっちゃウブでした。

私と紗良ちゃんが付き合い始めたのは1ヶ月ほど前だ。

所謂イケメン女子である紗良ちゃんはみんなからの憧れの的。一部では王子様なんて呼ぶ人も居るよう。勿論私も例外ではなく、紗良ちゃんへの強い憧れを抱いていた。

だがそれまでは良かった。それを拗らせて私は紗良ちゃんに恋心を抱いてしまったのだ。

どちらかと言えば陰の者に属する私に「髪型変えたの?似合ってる。」とか、「今日ちょっと眠そうだけど......大丈夫?」なんて声をかけてしまったら恋心を抱かれても文句は言えないだろう。


私、葉月悠も15年生きてきてもうそろそろ中学を卒業になるが、女を好きになったのは初めてだった。

そもそも男を好きになった事も無いからなんとも言えないが。

言われてみれば、昔からそういう気はあったのかもしれない。小学六年生の頃に某イラスト投稿サイトで百合漫画に出会ってしまってからというものの、一応ノンケであるという体裁は保ちつつもそういう界隈にどっぷり浸かって行ってしまった。


実際に好きになってみて分かったが、恋というのは本当に世界が変わる物らしい。

頭の中の9割5分くらいが、その好きな人で埋まるのだ。

今までは定期テストの度に学年上位クラスの成績を取ってきたのに、恋心を自覚してからというもの、全く勉強に集中できなくなり、急にテストが赤点まみれになった。


鋭さと可愛らしさを兼ね備えた澄み切った瞳、高い鼻、完璧すぎるEライン、艶やかな唇、サラサラの黒髪、こちらを見透かすような笑顔、似合いすぎる制服、お洒落な耳飾り、綺麗で細い脚、高い身長、華奢だが少し筋肉のある腕、引き締まったお腹、スベスベの肌etc...

好きになるなと言う方が難しいだろう。


で、恋心を1週間、1ヶ月、半年と積もらせて行くに連れて、とうとう耐えられなくなってきて告白してしまった、と。

紗良ちゃんとは3年連続同じクラスだったから、接点はある程度あった。しかし、彼女が私と同じように女性との恋愛ができるかどうかは分からないし、そもそも彼女は誰にでも優しいから、私の事なんて大勢の女の中の1人だとしか思っていないかもしれない。


だが、そんな理性で抑えられる感情ではない。この溢れる恋心を抑えるくらいなら玉砕してやろうと思い、放課後に屋上に呼び出して告白。成功。何故?


まあそこまでは完璧だった。

だが、付き合ってから特に何かした訳でもなく1ヶ月が経過。手も繋いでない。学校では積極的に声をかけるようにしたし、途中までは一緒に帰るようになった。しかし他愛もない会話をするだけで終わる。

「悠、今日も楽しかったね。」

「悠と2人っきりで下校するの、好きだな。僕。」

「明日も悠に会うの楽しみにしてるよ。」

傍から見たら私と紗良ちゃんの会話は立派な百合カップルのように映るかもしれないが、紗良ちゃんは誰にでもこうなのだ。この女たらしめ。

もう付き合って1ヶ月も経っているのだ。キスとまでは言わないまでも、そろそろその綺麗な腕で私の事を抱きしめてくれ。

まあ現状でも幸せだからいいのだが......。


そろそろ、私の告白を断りにくかったから勢いに負けて付き合っちゃっただけで、本当は脈ナシなんじゃないかと思えてくる。

怖くなってきたのでデートに誘ってみることにしたのだが......。




「ここが悠の家?優しい雰囲気で悠によく似合ってる。不思議と落ち着くなぁ......。」


何故かお家デートをする流れになってしまった。いや、まあ嬉しいのだが。とても。

とりあえずリビングに招待。今日は親は居ないし帰ってこないと伝えてあるが、紗良ちゃんは何も行動を起こしてくれない。


「えっと......せっかく来て貰ったけど......何かしたい事とかある?」


「悠と居れるなら何でもいいよ?」


私の顔を覗き込むようにして微笑みながら言う。

一挙一動が私の心を震わせる。この女はどこまで私の心を乱せば気が済むのか。


「じゃ、じゃあ、映画でも見る?」


「良いね良いね〜。悠はどういうのが好きなの?」



まあこんな流れで恋愛映画を現在見ているのだが、未だに何も起こらない。


「大好き!」


「俺もだ!!大好きだ!!」


映画では知らない男女2人が抱きしめあっている。私たちもこうしたいなぁ、なんてやり場の無い感情を抱えながら紗良の方を見ると、結構映画には気に入ってくれているようで、釘付けになっている。そして私は紗良ちゃんに釘付けになっている。


映画のクライマックスが訪れると、紗良ちゃんの頬が少し紅潮しているのが分かった。意外と純情なのだろうか。だとしたら可愛い。だとしなくても可愛い。

紗良ちゃんを見るついでに横目で見ていただけだが、映画は意外と面白くて、私も結構ドキドキして来た。

ああ、せめて、せめて手だけでも繋げたらなぁ......。

ついついソファで隣に座る紗良ちゃんの方へ手が伸びてしまった。

指先と指先が触れ合う。緊張。

紗良ちゃんが一瞬指を引っ込める。

私が手を握る......


「ひぇぁっ?!」


なんと急に紗良ちゃんが素っ頓狂な叫び声をあげた。

そんなに嫌だったか?!私の手が?!


「えっ......あっ......ごめ、ごめん。嫌だった......。よね?」


「え、ひゃ、いい、い、いや。だ、大丈夫......。」


私の手に紗良ちゃんの手の震えが伝わってくる。申し訳なくなって手を離す。


「え......?は、離しちゃうの......?」


え?

切なそうな顔で戸惑う紗良ちゃん。


「えっ......あっ......ご、ごめん?」


とりあえず手を再び握る。もう2人とも映画は見ていない。紗良ちゃんは少し息が荒いような......。

数秒思考する。何故こんな反応をされている。考えろ葉月悠。現代文の成績は良かったんだから人の心情くらい読み取れ!!


「......もしかして、紗良ちゃん、人と付き合うの初めて?」


考えた結果、かなり失礼な事を言ってしまったが、


「......」


無言で頷く紗良ちゃん。

えっ、もしかして今まで、恥ずかしくて何も出来なかっただけなんですか。え、何この子可愛い。

紗良ちゃんの純粋さに感動すると同時に、あわよくばえっちな事を...なんて考えていた自分の愚かさを悔いる。


「その......悠は、結構慣れてるの?」


「全然!!紗良ちゃんが初めて......。」


「結構度胸あるんだね、悠......。」


初対面で人を下の名前で呼んでくる女たらしにそれを言われたくないわ!!


「その、まだ、私、怖いから......チューとかは......。」


顔を真っ赤にして俯きながら言う。恥ずかしそうに拳を握りしめている。

キスの事チューって呼ぶんだこの子。可愛い。


「で、でも、悠がしたいなら、私、頑張る......から。」


指で髪をいじりながら、上目遣いでそう言ってくる。

なんだその表情は!というかえっちな事する時の台詞だろうそれは。手を繋いだだけでこれは違うだろう。


そうしているうち、映画が終わった。

最後の方は全く見れなかった。


「えと......もう一本見る?」


手を握ったまま無言で頷く紗良ちゃん。

流れでホラー映画を見ることになりました。








「まってまってまってまって、やばいよこれまってたすけてむりむりむり!!!たすけて悠ぅぅ......!!!」


「紗良ちゃん、大丈夫だよ!私が!いるから!!」


紗良ちゃんはホラーへの耐性もかなり低いよう。

初めの方は、怖がっている紗良ちゃんが可愛いし、頼ってくれて嬉しかった。しかし、問題が一つだけあった。

観たホラー映画が、思ったよりマジで怖かったのだ。

大丈夫だよと言う私の声は、紗良ちゃんと大して変わらないくらいに震えていた。


「悠ぅぅぅぅぅぅ.......ううぅぅぅ............。」


王子様の尊厳はもう欠片も無くなっていて、私の手を握る紗良ちゃんの手はガックガクのブルッブルだった。

勿論私の手もだが。


映画の中では主人公がたったひとりで廊下を歩くシーン。

不吉な雰囲気の中、画面に突然化け物の姿が現れ......


「ひぅぇぁっ!!!悠!!死にたくない!!嫌だ!!」


紗良ちゃんは涙を零す寸前のような表情で私の腕を抱きしめた。

腕に当たった紗良ちゃんの慎ましやかな胸から、ドクンドクンと心臓の動きが伝わってくる。

私は恐怖へのドキドキと紗良ちゃんへのドキドキで、心臓が張り裂けそうだった。


「悠ぅ......やだぁ!これ!テレビ消してぇ......。」


「わ、分かった!すぐ消す!消す!」


目尻に涙を貯めながら紗良ちゃんが言ったので、私はリモコンを取りに席を立つ......いや、正確には、立とうとした。


「やだぁ......悠、行かないで、お願い、離れないで......!」


「離れないとテレビの電源切れないよ紗良ちゃん!!」


ついに溜まった涙を零す紗良ちゃん。紗良ちゃんの泣き顔可愛すぎる......なんて呑気な事は今は言っていられない。紗良ちゃんが本気で怖がっているのだ、助けてやらねば。


すごい強さで私の腕を抱きしめてくるので、席から離れる事ができなかった。

しばらく格闘していたが、画面の奥から聞こえた人の叫び声に紗良ちゃんが驚いた隙にどうにか席を離れ、テレビを消せた。







「怖かった......悠ぅ......。」


「そうだね。でももう大丈夫だよぉ。幽霊は実在しないよぉ、大丈夫、大丈夫。」


しなしなになってしまった紗良ちゃんを抱きしめて頭を撫でながら、自分に言い聞かせるように大丈夫と連呼する。


頭を撫でる度に、紗良ちゃんは怯えた猫のようにビクビクして、可愛い。

紗良ちゃんは圧倒的"攻め"だと思っていたのだが、意外とそんな事も無いのだなぁ、と実感。

手を繋ぐだけで耳が真っ赤になってしまっていた紗良ちゃんに、たった一日でハグまでしてしまえば、あまりに刺激が強すぎたよう。


勿論、私にも刺激は強かった。私の胸の中で安らぐ紗良ちゃんの姿は、私に正常な判断をやめさせるには十分すぎた。


「悠......だいすき......」


突然の告白。いつもの姿とは違う紗良ちゃんからの一言であったせいか、より一層本心からの言葉であるように感じ、とてもとても嬉しかった。

この喜びを表現しきれる語彙力は私には無かった。

完全に私は頭がおかしくなりそうだった。


「その......さっきは、さ。ち、ちゅー......とか、まだ怖いって......いっ、言っちゃったけど。悠と......なら、その......。いや、今、その......。」


可愛い。(語彙力の放棄)

私は頭の中の全てを手放した。流れ込んでくる情報量に私の頭は耐えてくれなかったのだ。


「よ、要するに、要約すると......悠と、ち、ちゅ、ちゅー......したくて、その......。」


理性が既に限界を迎えていた私はすかさず怯える紗良ちゃんの唇を奪った。

私のファーストキスも紗良ちゃんのファーストキスも、あまりにあっさり消えた。

再び涙目になる紗良ちゃん。


「......へ?」


「もう1回。」


もう1回した。

今度はちょっと強く。あんまりにも柔らかい唇の感触。

私はもう何も理解出来なかった。


「悠......。そんな強引に、だめだよ、はしたないし、だめ、まって」


混乱する紗良ちゃんに、3回目の口付け。理性も感情も放棄した私の身体を動かしていたのは、百合作品で得た知識だけだった。

だが安心して欲しい、最後まで、舌は入れなかった。


「っはぁ......悠、だめだよ、私、ちゅー初めてだから、そんなっ、激しいのっ......」


私の頭の中に残ったのは、幸福感だけだった。

きっと紗良ちゃんもそうだった。1日のうちに、あまりにも新しい幸福を植え付けられ、きっと頭は何も受け付けなかった。

ただただ快楽(健全)に身を任せ、幸せな時間を過ごした。


夜はまだ始まったばかりだ。

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