第13話 マヒルの過去
ソラはピンク色のジャージ姿で、肩に黒いバッグを掛け、学校――鉄格子で閉ざされた裏門の前に立っていた。夜空を見上げると、大きな満月と目が合い、いつもなら美しいはずなのに、今宵は恐ろしく映った。
(ドレインを発動させなければ勝てる)
ソラは満月をにらむ。
『ウルフマンなら、私ひとりで対処できる』とマヒルに言ったが、あれは事実だ。魔法使用の隙を与えず、一気に攻めれば良い。
もし、ドレインが発動すれば――目的は分からないが、死人が出ていないことから、相手に殺意はない――と思いたいが、今回のドレインは転送タイプ。スーパームーンの影響で理性が消え、死ぬほどのエネルギーを吸収されてもおかしくはない。
スマートフォンで時間を確認する。7:42分。学校の完全消灯は8時。ウルフマンが動くとしたら、誰もいなくなってからのはず。
バッグから、昼間のうちに買っておいた、折りたたみナイフと小型の催涙スプレーを取り出す。
(使いたくないけど)
ナイフを広げ、刃を見つめた。
人殺しが罪になる現代。積極的な使用は許されず――殺せない。戦いにおいて、大きな制約だ。
ナイフと催涙スプレーをポケットにしまい、校舎の窓の電気が消え始めたのを見計らって、ソラはジャンプで鉄格子を飛び越え、校庭に着地した。素早く走り、玄関から校内に侵入する。
廊下を歩くと、辺りは暗く、赤いランプの光が空間を照らしていた。2階の廊下にやってきたソラは、2年6組の教室が見える位置に身を隠す。
ウルフマンはテリトリーでしか魔法を使えない。満月のパワーアップでテリトリーが拡大し、学校全体で魔法を使う可能性もあるが、教室に現れると考えるのがセオリー。ウルフマンに変身する前、人間の状態で話し合いをして、解決するのがベストなのは変わらない。
20分後、教室に人影が入って行くのが見えた。
バッグを置き、教室に近づいて中を覗くと、窓の近くに知った人物がいた。
ソラも教室に入る。「ウルフマンの正体は先生でしたか」
「夏目さん⁉」
田村カフェがおどろいて振り向く。
田村は地肌の上に白いワイシャツを着用し、裸足で、伸縮性がありそうな黒のズボンをはいていた。
「なぜ、ドレインを?」
「ここにいてはいけない! 早く逃げてください!」
「どういうことです?」
「私が抑えます! 早く!」
突然、どこからか、
「させるか」
とノイズの掛かった、低い男の声が聞こえてくる。
「なに!」
ソラは身がまえ、辺りを見渡すも、声の出所が分からない。
「うう!」田村が頭を抱え、苦しみだす。タバコを吸っていないのに口から黒い煙がもれ、歯が尖って牙へと変わる。
黒い煙が全身を包み――背が伸び、煙が毛へと変化し、目が銀色に光る。
「グガアアアアア‼」
ワイシャツを爪で引き裂き、ズボンだけを残して、田村カフェがウルフマンに変身した。
身長2メートルを超えた、灰色の毛の人型オオカミ。筋肉で腕や胸が太い。
(やるしかない)ソラがかまえ、「グガアア!」とジャンプしたウルフマンが爪を振り下ろす。
********
ベッドの上で、マヒルは三角座りを続けていた。消えることなくふくらむ不安に押しつぶされ、
「……わたしが行っても邪魔になる」
と腕の中に顔をうずめる。
視界が暗くなり、ソラに言われた『待っていて』という言葉が脳内で再生され、思い出す。心の古傷を。
********
前世。
ポネがまだ、体の小さい仔馬だったころ。
セロニカと一緒にポネは草原にきていた。街を出てすぐにある草原で、運動不足解消のため、セロニカがよく連れてきてくれる。
「ポネ、取ってこーい」
糸を丸めたボールをセロニカが投げ、
「くぅーん」
とポネが走って取りに行く。
ポネはセロニカに遊んでもらうのが大好きだ。地面に落ちたボールを口にくわえ、尻尾を振りながら、主人の元へ届ける。
「もう一回、行くぞ」
「くぅん」
ボール遊びを何度も繰り返す。
ポネがいる草原は、地面にふくらむのある土地だ。小高い丘に落ちたボールを、ポネが拾おうとし、視界に影が動く。
丘の下に広がる森。その入口のところに小人が2匹いて、トカゲを捕まえ食べていた。
全身灰色の小人で、頭に小さな角がはえ、空洞のように目が真っ黒。口元には犬歯が見え、舌の先端が長く尖っている。
初めて見る謎の生物に「くぅーん……」とポネは見入ってしまうが、距離があるため、向こうはこちらに気づかない。
「どうした、ポネ?」
歩み寄ってきたセロニカが、ポネの視線の先に目を向け「ゴブリン……こんな近くに……」と腰の剣に手をそえ、表情を険しくする。
ポネは理解した。ゴブリンという灰色の生物がよくないものだと。
トカゲを食べ終え、ゴブリンが森の中へ消えていく。
「ポネ、ここで待っててくれ」
ゴブリンを追って、その場を去ろうとするセロニカ。
「くぅ~ん」
悲しそうに鳴いたポネが、セロニカの背中――服を噛んで、引き止める。
「ダメ、ダメ。おまえがきたら危ないだろ」
目をうるませ「くぅーん」と鳴きながらポネは、去りゆく主人を見送った。
見知った場所とはいえ、一匹にされ、ポネは不安でいっぱいだ。
「くぅんくぅん」鳴いて、セロニカがいなくなった方をずっと見てしまう。
やがて……
20分が過ぎ、30分が経った。
もしかしてゴブリンに殺された? そんな嫌なイメージが浮かび、不安に飲まれたポネは、耐えきれず走り出す。森の中へ飛び込み、木々を避け疾走し……前方にセロニカの姿を捉えた。
「くぅーん!」
嬉しさでポネが飛び出すと、そこは木々のない開けた場所で、テントが並び――光る剣を持つセロニカと、ゴブリンの群れが戦っていた。
旅人から奪ったのか、ゴブリンは手に斧やナイフを握っている。
その場にいた全員がポネに気づき、「ポネ!」とセロニカが叫ぶ。
斧を持つゴブリンが、
「ゴワアアアア!」
と奇声を上げ、ポネに飛びかかった。
「くん⁉」ポネは動けない。
剣先から光を放射し、地面をすべりセロニカは移動する。そして斧を持つゴブリンを真っ二つに斬った。
「ポネ! さがってろ!」
セロニカがポネに視線を向けた、その一瞬――ゴブリンが石を拾い、セロニカに向かって投げた。
石がセロニカのひたいに当たり、血が流れる。
「くぅん!」前足を上げ、おどろくポネ。
肌が切れただけで傷は浅く、血のせいで視界が悪くなるも、セロニカは戦闘を再開した。
戦いを終えたセロニカ。ハンカチで傷口を抑え「ポネ、どこだー?」と森を歩く。
「くぅーん」
木の影から、耳をたらし、目をうるませたポネが顔をだす。
「大丈夫か?」
「くぅん……」
地面に腹と首をつけ、反省のポーズをみせるポネ。
「気にするなって。ごめんな。ひとりにさせて」
そんなポネの頭を、セロニカは優しくなでた。
**********
現在。
馬だったころ、『待て』の指示を破り、セロニカに怪我をさせた。それ以降、勝手に動くのをやめ、大人しく待つようになった訳だが――あの時の経験が、いまもマヒルの足を重くしている。
フレアさんを助けたい! と強く思うのに、体が動かない。
ずっとこの調子だ。ソラが死ぬ嫌なイメージが浮かび、それを必死に追い払うも、すぐに同じイメージが浮かんで、不安がふくらむ。
抜け出せない負の連鎖。
止まらない反芻思考。
そんな連続するネガティブの隙間に、マヒルは気づく。
(昔と同じだ。不安に耐えて帰りを待つだけ……)
戻ってくるのか分からない恐怖に怯え、セロニカとフレアの帰りをいつも待っていた。指示を待つだけの馬だった。
そんなの…………
「もう、待つのは嫌」
スカートを握り締め、マヒルは立ち上がった。
そして、
(わたしにできること、わたしにできること……)
と部屋中を歩き回る。座っていても、不安に飲まれるだけ。だったら、動いた方が良い。
ふと、マヒルの視線が、一冊の本に向く。机に置いていた、読みかけのファンタジー小説、HEROES TRAIN。
「…………」
吸い込まれるように本を手に取り、栞を挟んだページを開くと、挿絵が描かれていた。勇者を乗せた馬が、大地を疾走している。
「……はあ!」挿絵を見つめ、目を見開く。狭くなっていた視界が広がり、気づきを得た。
馬の本懐は走ること。
悩むことではない。
(わたしはポネ・パッカー。誇り高き、勇者の馬!)
自分の役目を理解したマヒルは制服を脱ぎ捨て、黒のジャージに着替え、家を飛び出し――道路を走りながら、スマートフォンで電話を掛けた。
********
ベッドの上で眠っていたハルだが、充電中のスマートフォンが鳴り「うう……」と目を覚ます。体を起こし、画面を確認すると「ポネ?」マヒルからの着信だ。
「どうした?」電話にでる。
「パパの家に行くからわたしの名前を何回も呼んで」
「え、なんで?」
「いいから! 馬の耳は4000メートル先の音を聞き取るから!」
「おお……」
勢いに押され、意味も分からず外に出たハル。口に手をそえ「ポネー。ポネ・パッカー」と声を上げる。
「……はずかしいな。これ」
高校生がひとりで発声練習。近所のおばさんに目撃されたら大変だ。間違いなく、変人扱いで噂が広まる。
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