第12話 魔法円

 赤く色づく夕暮れの教室。生徒がいなくなり、魔法円を調べるため、夏目ソラが動く。最初に、早退したセロニカの友達――入折ルカの机の前に立ち、目に力を入れた。

(……魔法円)

 椅子の尻を置く部分に、うっすらと浮かぶ円。円の線があわい水色になり、消えかかっていて、危険な雰囲気はない。

 ソラは腰を落とし、魔法円の上に手を置いた。

(……魔力が……吸われる)

 弱い掃除機で肌を吸引される感触。手から魔力が抜けていく。

(そういうことね)円に宿っている魔法の正体を理解した。


(同じね)

 授業中に倒れた生徒の椅子を確認すると――やはり魔法円が残っていて、吸いつく感じがし、同一の魔法で間違いない。

(……この気配)

 ふと、魔法円とは別の気配に気づき、視線を向ける。魔力を発する一本の毛が、床に落ちていた。

(……獣の毛?)指先で毛を拾い、観察する。どう見ても人間のものではない。灰色で、太く硬い毛。

「……⁉」

 突然、毛が黒い煙となり、蒸発し消えた。

(……いまのは闇)

 あごに手を当て思考する。なぜ、毛が闇になったのか?

「夏目さん?」

 背後から男の声。

「⁉ ……先生」

 振り向くと、扉のところに田村先生がいた。

「どうかしました?」

「忘れものを取りにきただけです」

「危ないですから、早く帰ってください」

 自分でも下手な言い訳だと思ったが、先生は何も聞かずに去ってくれた。



 ********


 生徒である夏目ソラを残し、田村カフェは廊下を歩く。そして悔しそうに拳を固め、くちびるを噛んだ。



 ********



 星のない夜空。暗い住宅街を歩き、ソラはあごに手を当てる。

 椅子に仕掛けられた魔法円、床に落ちていた闇の毛。収穫が多く、敵の正体が浮かんでくる。

「フレアさん」

「……日向さん」

 駅につくと、入口に泣きそうな顔のマヒルがいた。



 二人は横に並び、ホームに立つ。帰宅時が過ぎているため、生徒の姿はなく、点滅する照明に蛾が集まっている。

「パパのクラスで人が倒れたって」

 学校は密室。噂はすぐに広まる。

「ええ、二人ね」

「どうして倒れたのかな?」

「倒れた生徒の椅子にドレインが仕掛けてあった。ドレインはエネルギーを吸収する魔法。体力を奪われたことが原因ね」

「……やっぱり、きのうの闇が……」

 生徒の半分が休んだ事件と、図書室の帰りに遭遇した闇が、マヒルの中で結びつく。

「パパ、落ち込んでない?」

「落ち込んではいると思う。でも、安心して。私が犯人を見つけて話し合いで解決する」

「犯人? ……フレアさん! わたしにできることはない? わたしもパパを助けたい!」

 拳を固め、マヒルはやる気だ。

「そうね…………。明日の朝、私と一緒に学校に行ってくれる? 馬の五感で魔法円を調べて欲しいの。魔力の特徴を把握して、それに近いオーラの持ち主を探せば、犯人を特定できる」

「くぅん! 任せて!」



 ********


 自室のベッドに寝転び、ハルは天井を見上げ、

「俺の願いって、なんだ?」

 と考えていた。

 願いを知った時、迷いが消え戦う理由が分かる。

 そんな、確信に近い直感があった。



 *********



 翌朝、ソラとマヒルは電車を降り、住宅街を歩いた。

「ねえ、フレアさん。どうして教室でドレインを使うのかな? エネルギーを吸いたいなら、街で吸えば良いのに」

「そうね。椅子に仕掛られたドレインは保存タイプ。闇の毛を考えると、敵はウルフマンの可能性が高い」

 ウルフマン。それは銀色の瞳を持つ、人型のオオカミだ。

「ウルフマンにはふたつの特性がある。ひとつはテリトリーで強くなること。もうひとつは魔法が苦手なこと。能力が向上するテリトリーでしか、ウルフマンは魔法を使えない。犯人は、教室をテリトリーにする誰かね」

 現在2年6組に在籍し、去年1年4組だった人間が犯人の候補だ。

「そっか。でも……ウルフマンって、オオカミだよね? 学校にオオカミいるの?」

 学校は動物園じゃない。サルみたいにバカな奴がいても、それは比喩の話。教室に獣がいるなど想像できなかった。

「おそらく、生まれ変わったことで変身能力を得ている。昼は人間の姿で学校に通い、夜になるとオオカミに変身する。図書室の帰りに遭遇した時は、変身途中で爪だけが尖っていた」



 学校について教室に入ると、ひんやりと肌寒く、誰もいなかった。

「嫌な感じだね」マヒルが天井を見上げる。

「おかしい。きのうはこんなに強くなかった」

 一般人に視覚できるほどではないが、天井近くに浮かぶ黒い煙――闇が強さを増し、息を吸うだけでのどに違和感を覚える。

「この音……」

 ふと、馬の聴覚が、不快なノイズをキャッチする。髪をかき分け、両耳を出し――耳に手をそえ、マヒルが空気中のノイズを辿る。

 ノイズの発生源となっている椅子を見つけ、それを引くと――


「フレアさん! 魔法円!」

 椅子の尻を置く部分に、黒く邪悪な円が浮かんでいた。

「私の席」

「え⁉」

 自分の席に仕掛けられたドレイン。視覚できるトラップなど恐くない。魔法円に向かって、ソラが手を伸ばす。

「大丈夫?」

「さわった方が魔力の特徴を把握できる」

 ソラの指先が魔法円に触れた、その瞬間、腕に闇の雷が走った。

「なに!」

 衝撃におどろき、ソラは飛び跳ねる。

「……フレアさん」マヒルの声がふるえる。「背中に……魔法円、ついてるよ」

 椅子の魔法円が消え、ソラの背に、黒い円が移っていた。

「これは……転送タイプ」

 背中の魔法円が段々とうすくなり、ソラの体内に染み込んで見えなくなる。

「少し待って、考える」

 焦りを抑え、ソラはあごに手を当てた。

(ドレインが進化してる? なぜ?)

 きのうまで保存タイプだったドレインが、上位互換の転送タイプに変わった。

 どんな要因で、急にパワーアップしたのか? 魔法が苦手なウルフマンに、転送タイプが使えるとは思えない。

(…………)

 思考するも答えがでず、脳を活性化させるため無意識に歩き、窓の外に視線が向く。

「⁉」

 晴れた青空に浮かぶ、白銀の月。ポケットからスマートフォンを出し、ネット検索をする。

「……完全に忘れていた」

「どうしたの? フレアさん」

「満月に近づくほどウルフマンは強くなる。今日がその満月、しかもスーパームーン」

 月の引力というのは、海の流れを変えるほどに強く、闇の存在を活発にする。その上、今夜はスーパームーンで、月が最大になる日。ウルフマンの強さが最高値に跳ね上がる。

 険しさを増すソラの表情を見て、「え……」とマヒルの目がうるむ。

「転送タイプのドレインって、なにが起きるの?」

「保存タイプと違って、転送タイプは遠くの対象からエネルギーを吸い取る。どこにいても逃げられない」

 保存タイプのドレインは、魔法円に触れた者からエネルギーを奪い――円の中にエネルギーをためておく。

 それに対し転送タイプは、電波のやり取りのように、遠距離にいる相手からエネルギーを奪う。

「ドレインの解除はできないの?」

「魔法が使えない状況で、それは難しい」

「だったら、魔法の使い方、考えよう?」

 マヒルは必死だ。

「色々と試したけど、分からなかった。魔法法則が違うのかも知れない」

 魔法の使用法をインターネットで検索しても、ヒット数はゼロ。おそらくは混乱を避けるため、政府が情報を規制している。

「じゃあ……パパに相談しよう」

「ダメ!」

 ビクッ、とマヒルの肩が跳ねる。

 声が大きくなったことに気づき「……ごめんなさい」とソラは努めて冷静になる。

「セロニカは戦いを恐れている。それにウルフマンなら、私ひとりで対処できる。日向さんは待っていて」

 安心させようと、微笑するソラ。

 だが、マヒルは。

「え……」

 待っていて。その言葉に心の古傷を刺され、瞳を揺らした。



 ********



 腕を組み、ハルは廊下を歩いていた。

(俺の願い、俺の願い)

 珍しく頭を使っているせいか、脳が熱い。

(う~ん、難しいな)

 将来の夢を作文に書くなら、適当なうそで済むが、これに関しては本当の願い考える必要がある。お金が欲しいとか、童貞を卒業したいとか、そういうことではない。もっと根源的な自分を成立させている何か。



 教室につき、席に座ってからも「う~ん」と呻り、ハルは願いを考えた。

 そのうち「おはようございます」と田村先生がやってきて、ホームルームが始まる。

(ルカとフレア、休みか……)

 きのう倒れた生徒プラス、入折ルカと夏目ソラの席が空いていた。


 授業中、ずっと願いを模索するも、答えは見つからず、放課後になる。

(願い、願い)

 スクールバッグを肩にかけ、腕を組み、外に出ると――



「パパ」

 校門のところに日向マヒルがいた。

「ポネ、待ってたのか?」

「うん」浮かない顔でマヒルはうなずく。「待つのは得意だから」

 横に並び、二人は住宅街を歩く。ハルが道路側で、マヒルが壁側だ。

「パパ、調子はどう?」

「調子か。よくはないな」

「闇のことで悩んでる?」

「それもあるな」

「……やっぱり、恐いのは嫌だよね」

 暗い表情でマヒルがうつむく。

「ポネ……どうかしたか?」

「…………」足を止め、なにか言いたそうにくちびるを動かすマヒルだが、「うんうん、なんでもない」と作り笑顔で首を振る。

「そうか……」




 マヒルを駅まで送り、帰宅したハル。

「俺の願い、なんだろうな」制服を着たままベッドに倒れ、両手を広げた。いまのところ、答えが出そうにない。




 *********



 家に帰ったマヒルは、ベッドの上の隅で、三角座りをした。

「フレアさん……大丈夫かなあ」

 口止めされハルには言えなかったが、今夜、ソラはひとりでウルフマンを倒しに行く。フレアが強いことは知っている。それでも、胸のうちがギュッとなって、不安でいっぱいだ。

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