第10話 決意
ハルを送ったあと、夏目ソラは帰宅した。
ソラは制服――ブレザーとスカートをぬぎ、ハンガーに掛け、白いワイシャツ姿になる。パンツがワイシャツに隠れ、きれいな太ももが強調される。
浴室に移動して、ワイシャツのボタンを外し、胸の谷間と黒いブラジャーが現れた。ブラジャーを取ると、ほどよくふくれた胸がこぼれ揺れる。
パンツをおろし――おろしたパンツがヒップと太ももを通過して、曲線を描き足先を抜ける。
はだかになった彼女の体は美しく、透明な肌には傷ひとつない。もし胸に触れたなら、やわらかな脂肪に指が溶けるはずだ。
彼女はシャワーを浴びた。水の跳ねる音が聞こえ、空間が曇っていく。
「…………」目を閉じ、ソラは思い出す。春休みが始まる前、生徒の半分が休んだ事件を。
********
過去。2021年、1月。
電車を降り、首に黒いマフラーをまいた制服姿のソラが、生徒の群れと一緒に住宅街を歩いていた。晴れた良い天気だが、きのう降った雪が街を白くし、冷たい風が静かに吹いている。
この時のソラには前世の記憶がなく、視界の片隅に春風ハルオが映るも、気づかない。
学校についたソラは、1年4組の教室に入り、席に座った。
「ああ、寒い」
「私、前世がペンギンだから、寒くないんだ」
ハハハ、と聞こえてくる女子の笑い声。
そのうち、担任の田村カフェがやってきて「冬休みが終わり、今日から新学期ですね」と黒板の前に立つ。
授業が始まり、1時間目、2時間目と時が流れる。そうして3時間目となり、席に座った生徒たちが、数学の練習問題を解いていた。
誰よりも早く問題を解き終えたソラ。なんとなく、問題用紙をながめて待つ。
「先生」
ふと、ひとりの男子生徒が立ち上がった。
「気分が悪いので、保健室に行かせてください」
声からして、本当に元気がない。
「分かりました」
田村先生が生徒を連れ、教室を出ていく。
次の日。
朝の教室は冷たかった。暖房が入ってからは暖かくなるも、きのう早退した男子の姿はない。授業がスタートし、平穏な時が過ぎる…………が、4時間目、化学の授業で事件は起きた。
女子生徒が椅子と一緒に落ち、ガタン! と豪快な音がひびく。
「どうしました!」化学の教師がすぐに駆け寄る。
顔を青くした女子生徒が倒れ、気を失っていた。
教室がざわつく。
「貧血か?」
「平気かな?」
その後、赤いサイレンと共に救急車がやってきた。
次の日。
2時間目、歴史の授業中――ガタン! と音が鳴り、椅子に座っていた男子生徒が倒れた。
「なんですか⁉」歴史の教師がおどろく。
この時はまだ2回目で、みなの困惑は小さい。
「おい、またか?」
「毒でも浮いてるのか?」
次の日。
4時間目の授業が終わり、昼休みになる。男子生徒が椅子から立ち上がり、バタン! とそのまま倒れた。
さすがに、みなが異様さに気づき始める。
「3日連続だぞ」
「どうなってるの?」
怯えた女子生徒が「前世が関係してるんじゃ……」友達と肩を寄せ合う。
そして次の日も人が倒れると思いきや、そんなことはなく、生徒たちが安心した翌週……やっぱり人が倒れ、倒れる日と倒れない日を繰り返しながら……最終的に生徒の半分が欠席し、春休みに入ったことで、問題が先送りされた。
********
現在。
生徒が倒れた原因は不明だが、いま思うと、確実に闇が関係している。図書室の帰りに遭遇した闇の男。あれが係わっていると考えるのが自然。
シャワーを止め、
(私が動いた方がいい)
ソラは決意する。
ハルがやる気でなくとも、危険があることには変わりない。もし事件が起きて、目の前に困っている人がいたら、ハルはきっと助けに行ってしまう。恐がりでも、深淵病でも、正義の心が染み込んでいる。
彼はもう、十分に戦った。
フレアだった自分を救ってくれた。
平和に暮らして欲しい。
翌朝、ソラはいつもより早く登校し、誰もいない教室の天井を見上げた。
(闇……)
一般人には視覚できないほど弱っているが、天井近くに黒い煙が残り、雨雲のように浮いている。
(なにか分かれば良いけど)
席に座り、目を閉じ、空中の闇に意識を向ける。闇の特徴を把握し、それに近いオーラの持ち主を探せば、男の正体を特定できるかも知れない。男と話し合い、事件を未然に防ぐのがベストだ。
********
春風ハルオは廊下を歩いていた。学校に危険が潜んでいると分かったせいか、ドクン、ドクンと心臓が高鳴り、指先が緊張する。
教室に入ると、ソラが席に座り、目を閉じていた。
(フレア、闇を探ってるのか?)
聞かなくても、なにをしているのか想像がつく。
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