第18夜【怖い妖怪】

 突然、くだけた雑文らしい題名になったので、面食らった方もいるだろうが、今現在の私が素直に怖い!と思っている妖怪を紹介してみるという企画だ。というのも、怪談と怪談妄想を交互に延々とやっていくのも芸が無いなぁ、たまには本当に気楽に読めるものも必要なんじゃないか、と感じたので……要は、書き手の飽き性対策である。申し訳ないがお付き合い下さい。ちなみに順位の優劣は無い。


【ヨナルテパズトーリ】

 水木しげる御大の『妖怪世界編入門』(小学館、1978)→現在は『水木しげるの世界の妖怪入門』(小学館クリエイティブ、2005、引用はこちらから)において、台詞こそないが、要所要所にイメージキャラクターのような扱われ方で登場するメキシコの妖怪。目が大きく毛むくじゃらで、いわゆるキモ可愛い造形なのだが、同書によると「人間の魂を支配する地獄の神」(p156)であり、姿を見にいって(呑気か)見つかると確実に命を奪われるという、洒落にならないラスボスレベルの力を持つ。

 基本的には山の怪にありがちな、木を切るような音を立てるレベルの怪異しか起こさないようだが、これも聴いてしまうと吐き気がするくらいは序の口、最悪、病気になってしまうというから、山彦や化けタヌキが裸足で逃げ出し天狗もコメントに窮するレベルの禍々しい御方である事に変わりはない。

 同書最大の謎は、なんでこんなマイナーかつ凶悪な妖怪がイメージキャラクターを務めているのか、である。色んな説が戦わされているが(たぶん)、私は水木御大以外の、デザイナーや担当編集者といった制作スタッフの誰かが、コイツ可愛いじゃないですか!的な熱意で推したんじゃないかと妄想している。


【夜の洗濯女】

 ジョルジュ・サンドの『フランス田園伝説集』(篠田知和基訳、岩波書店、1988)は題名から想起される長閑なイメージに反して、「フランスの田舎は夜になると魑魅魍魎のテーマパークやないか!」と慄然とすること間違いなしの怪奇民話集なのだが、同書で「これは恐ろしい幻の中でもとりわけ不吉なものだ」(p34)と紹介されているのが、夜の洗濯女と呼ばれるものである。

 なんと彼女たちは「嬰児殺しの母親」(p34)が成仏できずに妖怪化したものであり、自分の子どもの遺体を夜な夜な洗い続けているのだ。遺体が遠くから見ると洗濯物に見える、というわけだ。では、日本でいうところの姑獲鳥の如く、哀しい妖怪なのかと思いきや、魔女や鬼婆のような危害を加えてくる魔物というから驚く。

 同書は、夜の洗濯女に関する話の殆どは蛙の鳴き声を聞き間違えたものだ、と大人すぎるコメントをする一方で、いきなり知人男性の実体験を開陳してくるのだから油断も隙も無い。

 その男性は、二度ほど全然違う場所で、異なる洗濯女に出くわしたことがあるらしいが(そんなに居るのか、洗濯女?)、二度目の体験では、三人の女が無言で洗濯らしき行為をしているのを目撃。何とか目を合わさずに通り過ぎたが、三人ともそれぞれに距離を開けて後ろから付いてきた。影から察するに一人は真後ろに居る。声をかけても反応は無い。停めてあった馬車に何とか着いたので振り向くと、いつのまにか、女は三人とも元の位置に戻っていた。

 それだけではない。女たちは「狂ったように跳んだりはねたり身をよじったりして」(p40)おり、「そんなに髪をふり乱して踊り狂っているのにひと言も」(p40)言葉を発していなかったという……。いや、普通にメチャクチャ怖い実話怪談なんだが。少なくとも、私は夜道で絶対に彼女たちと出会いたくない。


【しちぶ】

 たまたま入手した『岡山の妖怪事典 妖怪編』(木下浩、日本文教出版株式会社、2014)で、サラッと紹介されているだけの詳細不明の妖怪なのだが、あまりにも衝撃的だったのでツイキャスの放送でも言及した記憶があるし、「怪談帖」の執筆者である後輩の余寒君にも時間帯を考えずに電話をかけてしまった。あの節は申し訳ありませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます。

 しちぶ、とは、こんな妖怪である。「【岡山市】 お寺にしちぶというものがおり、これに噛みつかれると体の七分が腐る」(p108)。……これ以上の説明は無い。

 いや、最強毒生物やん。そもそも、なんでお寺に居るんだろうか。廃寺に危険な生物が住み着いたということなのだろうか。色々と想像は膨らむが、答えは無い。シンプルに怖い妖怪である。


【からかさお化けの本気】

 一本足に一つ目のからかさお化け……と言えば、昔から可愛い妖怪の代表格。具体的な逸話がないのでキャラクター先行で生まれた妖怪であろう、とされている。

 しかし私が愛してやまない昭和を代表する怪奇作家、佐藤有文先生だけは、からかさお化けの本当の怖さについて知っていた。佐藤先生による妖怪研究の総決算というべき『決定版 妖怪大全科』(秋田書店、1980)から引用してみよう。

 からかさお化けは、普段はとても大人しい妖怪なのだそうだ。「しかし、この妖怪をバカにする人があると、すごくおこりだす」(p57)。いや、ヨナルテパズトーリの項目でもそうだったけど、みんな妖怪をなめすぎでしょうよ。

 しかし、怒髪天を突いた(たぶん。すごくおこってるし)からかさお化けの次なる行動は、当時小学生だった私の想像を遥かに上回っていた。「長い舌でペロリとなめて人間をしびれさせ、毒針で殺してしまう」(p57)というのだ。痺れるということは、唾液にも毒が含まれているのだろう。二重の毒攻撃で、相手に確実な死を与えるというわけだ。

 今、この項目を読んでいる読者からすれば「何言ってんだよ」と苦笑して、それで終わりなのだろうが、当時の私は、この時、怒りが爆発したからかさお化けの凶行を通じて「外見で人を判断してはいけない」「必要以上に人をバカにしてはいけない」という大事なことを、佐藤先生に教えてもらった気がする。いや、結構本気で。

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