第14夜【かなしばり】

 「怖い体験ですか? そうですねぇ……金縛りに遭ったことがある、くらいですかねぇ。大した話じゃないですけど」テンプレートに近い文言だが、本当だろうか。


 A君が金縛りに遭ったのは高校二年生の、まだ実家暮らしだった時分で、当時は二階に自室があったのだが「耳鳴りがしたと同時に身体が動かなくなって困っていたら、追い打ちをかけるように」(メールの文章より)、二階の窓をコツコツと叩く音と、同時に数を数える中年男性の声が聞こえてきた。明り取りの窓なので外に人が立つスペースはなかった。しかし、この話の肝というか禍あつめに採用された理由はそこではない。「数え出しが、じゅうにーッ、って12回目だったんです。この場合、11回目まで私が聞こえていなかったのか、それとも誰かのところで行ったノックの続きを行っていたのか、今でも気になります」(同)。18回目で金縛りが解けたそうなので、山陰地方で金縛りに遭った時に、じゅうきゅーうッて言われた経験のある方はお便り下さい。よろしくお願いします。


 牧野さんは三十代の会社員なのだが、三か月ほど前に仕事のストレスで痛飲して爆睡したら変な時間に尿意で目が覚めた。この時点でハッキリと酔いは冷めていたと言う。突然の自己申告はさておき、トイレを済ませて部屋に戻ると布団の上に、牧野さんによると掛け布団の上に、スーツを着た見知らぬ女性が、「気をつけ」の姿勢で仰向けに横たわっていた。「ひッ」と声を上げつつも、女性を観察すると、女性は姿勢を崩すことなく、目だけを動かして牧野さんの方を怯えた目で見つめている。何故か「この人、金縛りに遭っているんじゃないか」と思った。相手の指先がヒクヒク動き始めたので、この人、金縛りが解け始めているんだ……と感じた彼女は慌ててサンダルを履いて部屋を飛び出し、住んでいたマンションの駐輪場に避難した。一時間ほど経って戻ってみると幸い、誰もいなかった。その後は何も起きていない。「まあ酔って現実と夢を混同したんでしょうけど」と牧野さんは意外と冷静なコメントで自身の体験談を締めくくるのかと思いきや、「でも、あたしのまったく知らない、疲れてスーツのままで布団に倒れこんだ誰かさんが金縛り体験している最中に、部屋が似てたとか心境が同じだったとかみたいな、良く分からない理由で、私がお化け役をする羽目になった話なのだとしたら、面白いよね」と言ってきた。体験者まで一言多いご時世だ。


「俺のベスト金縛りは、大学二年の時、友達の部屋で雑魚寝していたら食らったヤツですね。いや、非常階段の扉を開けたら露骨にお札が貼ってあるような不穏なマンションだったんですけどね、ソイツの住んでるトコは。……で、ド深夜に、何か部屋の中がザワザワしてんなって感じで目が覚めたんですよ。でもみんなグッスリ寝てるんですね。あれっ、と思ったら、いきなり全身が攣ったみたいな感覚に陥って金縛りに遭いました。困っているとね、もう口に出すのも嫌なんだけど、左足の小指と薬指の間にニュルッて冷たい指が滑り込んできて、小指をギュッ、ギュッと二回握られたんです。失神しましたね流石に。それで次に目が覚めたと同時に、朝六時くらいでしたけど、あッ、そーだ、今日は実家から親が来るんだった、掃除しなきゃとか猿芝居して逃げました。それから二度と友達のマンションには行ってません。だってほら、自分の意思じゃないですけど、其処に居るヤツと、何らかの指切りをしちゃってるわけだから、俺」


 マシュマロで頂いた話なのだが、投稿者のFさんは社会人一年生の時に会社の同期何人かと楽しくドライブをしていた……と思ったら最終目的地が廃墟で、彼女曰く「納涼無許可不法侵入」(投稿文より)を強要されそうになった。迫りくる同調圧力に対し、山道を走ったので気分が悪い……と懸命の演技をした結果、そもそも、あまり乗り物に強くないので助手席に乗っていたのも幸いして、車に独り残ることに成功した。そっちの方が怖いような気もするが、Fさんはお化けよりも法律違反が怖かったのだそうだ。

 そのまま助手席でウトウトしていると、不意に耳鳴りがして、右向きの姿勢のまま金縛りにあった。中高生時代、寝入りばなに何度か体験したことはあったが、こんな状態で起きるなんて不自然過ぎる。身構えていると、誰も居ないはずの後部座席からブツブツと呟く声が聞こえてきた。「ひとりふえていたらこわいね」と「ひとりへっていたらこわいね」という二つの台詞を早口で交互に呟いている。高い声を無理やり出しているような、性別も年齢も分からない声だった。脂汗を流しながら後部座席の声に耐え忍ぶこと十数分後、廃墟の中からゾロゾロと不満げな表情を浮かべた(何も起こらなかったらしい)同期が帰ってきたのが視界に入ると同時に、声は消えた。誰にも言えずに乗り物酔いキャラを貫徹したまま帰宅して、流石に、その晩は身構えたが、その後は、特に何も起きなかった。

 ただ廃墟に入った同期の一人が、一か月後に家庭の都合で急遽辞めることになり、最後の勤務日に突然、メモを渡して去っていったのが関係があると言えばあるような気がするそうだ。メモには「答え合わせの際に同席できないのが残念です」と殴り書きで書かれていた。だから、これから何か起きた場合には、また連絡を頂けるのだそうだ。ありがとうございます!(眩しい笑顔で)


 11話準備したのに既定の分量に到達した感があるので、今回はこれまで。第15夜は有名怪談を妄想するシリーズとして【きさらぎ駅】か【猿夢】をやるので、【続・かなしばり】は次々回の第16夜にお届けします。ではまた。






 

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